第230話:急転

「服を剥げ」

「何だと?」

「何度も言わせるな。そいつも全裸にしろと言っている」


 どうしてそんなことをさせるのか。ボクが疑問に思う以上に、ヴィリス王子も聞きたかっただろう。

 けれども辺境伯の意気は、そんな質問を許さない。

 気圧された王子は弟の装備品や衣服に手をかけて、言われた通りに全てを脱がせた。


 直接にこの光景を見ている人数だけでも、数百人以上。ここから生還した人たちに、ここでのことを黙っていろと言っても無理だろう。

 戦場の只中で脅され、一糸纏わぬ姿の男が二人。

 それはどちらもこの国の王子で、最も栄える町も首都もすぐそこという場所で起こっている出来事だ。


 どれだけの人が、どれだけの恥辱を覚えればいいのか。その王子が王位を継ぐとなった時に、果たして国民が何も言わずにいるだろうか。

 もちろんそれを無視することは簡単だけれど、それが元で暴動なんかが起こったら、ますますこの出来事は語り継がれてしまう。

 しかもまだ、終わったわけではない。


「しゃぶれ」

「しゃぶる? 何をだ」

「とぼけるな。交尾は得意だろうが」

「交尾? ……悪ふざけにもほどがあるぞ。敗者を弄ぼうという時点で、どうかというのに」


 男同士で、兄弟で、性交をしろと。つまりはそういうことらしい。ユヴァ王女が性を以て苦しめられたのなら、その犯人にも同様にしてやろうと。

 その思考経緯は分かる。同じ立場にあったなら、誰だって一度はそんなことも考えるだろう。実際にそうするかは別として、頭がどうにかなったのではなどと言われるようなことではない。

 やはり恨みが深いのだなと、納得しさえする。


「悪ふざけだと? 俺が趣味や酔狂でやっているとでも思うのか。こうされても仕方がないと、理解しているはずの貴様が言うか!」

「黙れ下郎! 殿下の仰る通り、敗軍の将への仕打ちとしても余りに過ぎる。もう十分にいたぶったであろう、ここで切り上げよ。さもなくば、儂も黙ってはおれんようになるぞ!」


 辺境伯の怒りは、爆発的に。油を足された炎のように、燃え上がった。そこへ落ちたのは将軍の怒号。長らく轟いてようやく光った稲妻が、炎を真上から叩きつける。

 しかし炎は些かも勢いを減らさなかった。むしろ稲妻のほうが、先に見たほどの力を保っていなかった。

 そもそも王子の働いた悪事を見て見ぬ振りをしての言葉なのだから、それも無理はないのだろう。


「ワシツ将軍。清廉を以て鳴る貴方までが、そう仰るか。俺が何に怒っているのか、知らぬとは言わせん」


 鋭い眼光を突きつける辺境伯に、将軍は睨み返すも言葉はない。何も言わないのか、言えないのか、それは本人にしか分からない。

 でもその硬い意思を感じる表情に、気後れやそれに類するものは見つけられなかった。


「――良かろう。ならば白黒つけようか」

「白黒? どういうことだ」

「知れたこと。俺が難癖をつけているだけなのか、当人に事実を語ってもらう。それを聞いた兵士たちに、どちらに義があるか答えてもらおうじゃないか」


 それは辺境伯が、王子たちに対して最初に言っていたことだ。その時には市民を集めて正式な発表として行えということだったけれど、ここでまずその予行演習を済ませておこうということか。

 もちろんこれだけの人数が聞いてしまえば、それを王子が自分の口で語ったのであれば、もう予行演習どころではなくなる。辺境伯がそうしようと思っていたのと、ほぼ変わらない先が待っているだろう。


「……それは私刑だ。応じるわけにはいかん」

「裁判に立てと? 今の今まで、事実をひた隠しにしてきた国家の運営する裁判を信用しろと? 俺にはよほどその言い分が、悪ふざけに聞こえるがな」


 そういえば――事実はどこかで語られたんだろうか。

 ボクも全て知っているような気で聞いていたけれど、話してくれたワシツ将軍からも、誰からどのように伝えられたのか聞いていない。

 ここまでなかったことにしてきた事実を考えれば、少なくとも国王やその側近には王子が話したのだろうか。


 それにしたって、王子が自分を庇おうと思えば庇えたかもしれない。

 そう言い出してしまうと、これからその話があったとしても結局は同じことだけれども。


 辺境伯と王子たち、それにワシツ将軍も、全員が言葉を発しなかった。怪我をしているリンゼ王子と、拷問を受けた兵士たちの呻き声だけが、吹き抜ける強い風と共に陰鬱な曲となって流れていった。


 と。

 唐突に、場違いにも賑やかな音が鳴り響いた。

 ニズとツバエ。戦場でよく使われる、二つの管楽器によるファンファーレ。式典の時に聞こえてくる長く華やかな感じでなく、短く厳かなものだった。


「国王陛下が出陣されるようです」

「国王って、国王です? 戦場には出られないんじゃ――」


 何が起こったのか、周りの人は分かっているようだった。ボクは一人できょろきょろとしていたので、親切にマイルズさんがそう教えてくれた。


「ハウジア国王、ガレンド・アルゼン=ハウゼングロウ陛下のご登場である! 両軍共に、そのまま手を留めよ! 此度の反乱について、陛下からお気持ちを述べられる!」


 先触れだろう。一人の騎士が高らかに叫んだ。風を突き通して聞こえてくる、堂々とした声だった。

 その騎士の遥か向こう。岩盤回廊の出入り口方向から、全員がエコに乗っているらしい一団がこちらに向かっている。

 五百――いや千人ほどだろうか。先頭に白と黒の旗がある。武器を携えてはいるものの、まずは戦闘をしようというのではないらしい。


 辺境伯はイスタムを近くに呼び寄せ、何ごとかを耳打ちした以外には何もしない。悠々とこれを待ち受けていた。

 

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