第219話:影たちの進撃
どうすればいいのか、これという何も思いつかなくて縋りたい一心だったのだと思う。でもあの人が、ボクの期待そのままに動くことも珍しいのだ。
戦線は順調に押しているようだ。ワシツ将軍の隊も着実に一人ひとり、目の前の相手を倒し、追い返している。
しかしそれよりすごいのは、少し前までメルエム男爵が指揮を執っていた隊。
今はユーニア子爵がその先頭に立って、葉野菜の皮を剥くかのようにべりべりと陣を剥ぎ取っていく。
子爵が先頭に居るというのは、指揮していることを比喩として言っているのでなく、本当に先頭の一団の中に居た。
その一団は子爵の隊を構成する警備隊の隊員とは、身を包む装備が違っている。
警備隊のそれは普段に街中で見るのとそれほど変わらず、鎖帷子の上に金属の胸当てを重ねた物だ。徒歩で戦う重装の戦士としては、至って普通と言えた。
しかし先頭にいる数十人は、夜の闇から絞り出したかというような、くすみのない黒い衣服を纏っていた。
きっと分厚い革で出来ているのだろう。上下の裾はひらひらとはためきそうな形状をしているのに、手足の動きにぴたりとついてくる。
一見すると巡礼の神官服を着ているようでもあって、それだけでも他にはない異様な風貌ではあった。
頭に同様のフードを被っていて、顔も布で隠されている。しかしボクには分かる。あれは影たちだ。
ウナムやクアトの身のこなしは、いくら姿を隠してもそのままだ。
でもあれは──?
先頭の中の先頭。そこに全身を、完全に金属鎧で固めた戦士が居た。
鉾槍を構え、それが一閃する度にいくつかの命が消えていく。何人かのギールがまとめて襲いかかっても、全て受け止めて揺らぐ気配さえない。
あんな屈強な戦士が居たのか。
その重量はただ歩くだけでも難儀するだろうに、足の運びは軽快だ。
鎧のおかげで大きく見えるけれど、恐らくそれほど大柄ではない。メルエム男爵と同じくらいの背格好だと思えた。
あれが何者なのか、心当たりはない。もちろん影と呼んでそのように扱う部隊のことを、全て明け透けにもしないだろう。
単純にボクがまだ知らない人物。きっとそうだと結論付けた。
それにしても……。
何か妙だった。影たちの戦闘能力は確かなもので、それが勢いとしてそのまま表れているというのも否定しない。
でも、簡単すぎないか?
うちの団員たちとどちらが優れているとかいう話をしても仕方ないけれど、仮にこちらが劣っていたとしてもそれほどの差はないはずだ。
それがどうしてうちの進行は止められて、ユーニア子爵はまだ押していられるのか。
もちろん人数は違う。相手の疲労度もさっきより増しているだろう。
そうなのか? 本当にそれが理由なのか?
「どうしました?」
余裕が出来たので、港湾隊の四人は一人ずつ傷口の手当てをしたりしていた。
最後にその順番が回ったミリア隊長は、ボクがユーニア子爵を気にしていることに気付いたらしい。
「やめてください。君が何かに気付くと、状況が悪くなる」
「何ですかそれ──」
「小官の中では、もう確定しつつある説です」
まあ、否定は全く出来ないけれども。
「いや、何ていうか。手心を加えられているのかなあ、なんて」
「ふん?」
「あ、いや。そんなはずはないですよね。すみません」
何を言っているんだ? そんなことを戦場でするはずがないだろう。そんな台詞が、ミリア隊長の顔に見えた。
だから慌てて否定したのだけれど、それはそれで気に入らないようで、彼女は探る目をあちこちに飛ばし始めた。
「見てきた限り、怠慢はあっても手加減をする理由はないですしね。辺境伯を直接に見た印象としても……」
いくらか見回して、やはりあり得ないと言いかけたミリア隊長の目が止まった。それはボクたちが進んできた後ろ。ギールやハンブルが入り乱れて、揃って息をしていない。
数えきれないくらいの死体は、肉の絨毯として地面を覆い尽くすほどだ。
「どう──しました?」
今度はボクが聞いた。
ほんの数秒ではあったけれど、ミリア隊長は驚愕の表情のまま硬直してしまっていた。
「副長!」
ボクの問いには答えず、トンちゃんと並んで戦うメルエム男爵が呼ばれた。
呼ばれた男爵は隙を見て振り返り、呼んだのがミリア隊長であることを確かめると、また正面の相手に向き合った。
視線を合わせることなく、トンちゃんと何か確認したように頷きあって、次の相手を切り伏せると同時に戦列を離れた。
「どうかしたのかな?」
ボクの周りは休憩所ではないのだけれど、どうも実情がそうなりつつあった。
手拭いで汗を拭きつつ尋ねる男爵に、ミリア隊長は余計な言葉も動作もなく告げた。
「謀られています!」
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