第13章:怒りと寂寥の鎮魂曲

第216話:激突

 ボクがどれだけ叫んだところで、辺境伯がそれに気付いたところで、虐殺は止まらない。

 それをしているギールを含めた兵士たちは、辺境伯がやめろと指示を下すまで、或いは物理的な方法で止められるまで、やめる理由がない。


「こっそり近づけばいいものを、どうするみゃ?」

「すみません。考えてません」

「じゃあ、好きにするみゃ」


 突き放すような言い方ではあったものの、トンちゃんはボクのすぐ脇に来てくれた。これから楽しいことが待っていると、期待するような顔が少し怖い。


「みゅみゅう! メイも一緒みゅ!」

「ありがとうございます。期待してます」


 トンちゃんとは反対に回って、メイさんはボクの腕を取った。胸を擦りつけるようにしているのはわざとでないのだろうけれど、緊張感を失いそうになるのでやめてほしい。


「やれやれ、君も小官と同類のようですね。テンパると虚勢を張ってしまう」

「虚勢だったんです?」

「さて、どうでしょうね」


 腕の筋肉をほぐすように動かしながら、ミリア隊長はボクの前に立った。それからその両脇を固める五人の部下たちに、猛々しくも厳かに言う。


「これより作戦を開始する。全員、命を寄越せ! 使命を果たせ!」

了解シーク!!」


 この借りを、いつか返すことは出来るんだろうか。

 みんな自分にとっては何の得にもならないのに、そこに必ず誰かの死が待っているのに、ボクの勝手を誰も責めない。

 それが自分の役目だとさえ言うように、前を向いてくれる。


「姉御、こっちも作戦開始といきますか」

「そんなものはないに!」


 いつも通り好きにやれと、サバンナさんは言った。ただフラウを守るのに手いっぱいになるから、何人かは手伝ってほしいと。

 それもまた申しわけないけれど、今はそれをどうこう言っても仕方がない。


 ボクも覚悟を決めよう。何度も、何度も、決めては挫ける覚悟だけれど、今度こそそうしよう。

 なるべく人を傷付けたくはない。でも邪魔する人を、いちいち説得してはいられない。全て――。


 切り倒す、とは誓えなかった。やはりボクは弱い。

 それでもナイフを抜いた。武器を持っていれば、相手は尚のこと遠慮してはくれない。そうなればボクも傷付けざるを得ない。


 ボクは真っ直ぐ、辺境伯の方向に歩いた。

 どれだけの速度で歩けばいいのか、周囲の目が集まる中で余計なことを考えてしまう。

 当然すぐにギールたちの壁に阻まれた。

 その手にあるのはマチェット手斧ハチェット槌鉾メイス連接棍フレイル。恐ろしげなシルエットだけれど、そこは不思議と怖くなかった。


「通してください。辺境伯に話があります」


 顔を突きつけ合っているのは、ミリア隊長とその部下たちだ。ボクはその後ろに隠れる卑怯な親玉みたいな感じになってしまったけれど、トンちゃんとメイさんが前に行かせてくれなかった。


 もしかすると辺境伯が「聞こうじゃないか」と通してくれるんじゃないかと期待していた。

 しかしそんな声は、聞こえてこなかった。


「小さいのばかりが、そんなに頑張っても可愛いだけがう。とっとと帰らないと、踏み潰すがう」

「面白い、やっていただきましょう。やれるものなら」


 あれ――本当にテンパってるのか?

 ともかくその会話はお互いの意思確認に十分で、どういう意気込みで争うべきかを明確に表していた。


 ミリア隊長の頭上に高く上がった槌鉾が、唸りを上げて振り下ろされる。

 それを読んでいたのか、いやそれならばもっとやりようもあったと思わなくもないけれど、彼女は舶刀を鞘ごと取ってこれを受けた。


 数歩ながらも離れているボクにまで、その振動が伝わってきたかと思うほどの重そうな一撃。

 その足元からは乾いた地面の砂が舞い上がって、それはあたかもこの会戦の始まりを知らせる狼煙にも見えた。


 ミリア隊長は、僅かに肘を曲げている。ということは今の一撃を、体に見合わない筋力で受けたということだ。

 びりびりと震えていたのも収まって、にやと口元が綻ぶ。


「我らを潰すと言うならば、我らが副長の突撃チャージくらいはせめて持って来い!」

「ぐぶふっ!」


 回し気味の前蹴り。相手が怒声に気を取られた一瞬で叩き込まれた。

 そのギールは体を二つに折り曲げられるように、蹴られた腹部から吹き飛ばされる。

 その軌跡を吐瀉物が追随して、お世辞にも美しいとは言えない光景が見せつけられた。


「叩き潰せえっ!」

「迎え打てえっ!」


 どちらがどちらに言ったのか、双方の誰かが叫んだ。

 先方は港湾隊の六人を囲むように、こちらの団員たちはかき消えるようにその場から消える。


「メイ!」

「あいよだみゅうっ!」


 トンちゃんとメイさんのコンビは、側面から来ようとした一団をまとめて押し返した。

 メイさんは獲物を前に威嚇するワカンのように、足をざりざりと地面の感触を確かめて、右腕一本を前に突き出して突撃を。

 そこに空いた陣形の穴に、トンちゃんが飛び込む。

 左右の爪を左右の壁となるギールたちに撫でつけると、たちまち鮮血の雨が降り注ぐ。


 しかしハンブルの兵士と、ギールたちが異なるのはそこからだ。

 腰を落として待ち構える数人のギールに、メイさんの突進は止められた。その間から火でも熾きるのではというほどの、じりじりと音のしそうな力比べが咄嗟に始まる。

 トンちゃんに切りつけられたギールは、確かに傷を負った。浅い傷でもないだろう。一瞬は怯んだものの、すぐに平然とトンちゃんを追い始める。


「さすがだに」

「感心している場合では――」


 トンちゃんを追っていたギールたちが、脚をもつれさせたようにお互いも絡み合って転ぶ。

 土埃がもうもうと上がって、それが消えた時には動かなくなっていた。


「おお……」

「感心する場合だったに」


 ギールたちが転んだのは、何もない平原に張られた罠によるものだった。

 一瞬と言っていいくらいの僅かな間にそれだけの罠を置き、獲物の息の根を止めたのは、サバンナさんを取り巻いている団員たちだ。


 ミリア隊長たちはボクがゆっくり歩くのに合わせてボクを守り、隊列を崩さない。それでも突破してきた数人は、サバンナさんの右手の爪が八つ裂きにする。


 それさえも僅かに命を長らえたギールは、せめて道連れにかボクを目標に選んだらしい。

 もう力も速度も感じない鉈を受け流して、がら空きの喉に刃を突き立てる。

 ──ぐらりと。一度動きを止めた体が、またゆっくり動く。地面に向かって、ただそこに永遠の頬擦りをするために。


 もう哀れみも後悔もなかった。

 少しずつ、確実に、ボクは辺境伯に再びまみえようとしていた。

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