第11章:戦場駆く者達の奏鳴曲
第158話:執事のお仕事ー10
なるほど、と。全て納得ともいかなかったが、執事は色々と合点のいく事実に感心した。
まず、リマデス辺境伯が悠々と布陣していることは置くとしても、なぜ執拗に兵士を森の中へ送り込んでいたのか。それがようやく理解出来たのだ。
「フロちはこちらで預かることになったにゃ。苦情は受け付けないにゃ」
「構いませんよ。そもそもエリアシアス男爵夫人は、リマデス辺境伯から計画のために借り受けていた物。本来は持ち主に返却すべきなのでしょうが、こちらに不利益もないことですしね」
身柄がどこにあろうと構わないですが生きていてもらっても困りますので、その後はそれ相応に――というのは言わなくても良いですね。
白く立ち昇っていた煙も全く見えなくなって、雨は急速にその勢いを減じていった。
どう見ても誰かの明確な意思によってコントロールされている変化に、また執事が言わずにおこうと考えている明け透けな魂胆にも気付いているだろうに。キトルの集団の団長、ショコラと名乗った女は動じた様子がない。
あの少年ほど分かりやすいのも、どうかと思いますけれどね。
執事の目は、エリアシアス男爵夫人――というのは方便で付けられていた名なので、本来は単にフラウとしか名を持たない少女に向けられた。
彼女を全身で守るように立つ少年の目が、執事を睨みつけていた。きっとフラウを物品と同様に言い表したことが、気に入らないのだろう。
私にもあのようなころが――さて、ありましたでしょうか?
「しかしそれには条件と申しますか、今度こそこちらに助力をいただきたいのですが。よろしいでしょうか?」
「謀略とか戦争を手伝う気はないにゃ。でもリマっちには用があるから、誰か一緒に行くっていうなら拒否はしないにゃ」
「それで十分に助かります」
この女はあの悪名高い盗賊団、ミーティアキトノの頭領だという。
貴族の執事という立場からも、市民にもてはやされているだけの道化者というイメージが強かったのかもしれない。
しかし噂を全て信じるならば、海軍の駐留場所そのものであるカテワルトにおいて好き放題に暴れ回りながら、僅かな例外を除いては捕縛された記録さえないという。
名を出していない暗躍を入れるとその活動範囲はハウジア国内全土に及び、構成員と協力者の数は一つの軍団をも凌駕するとか。
暗躍なのにその内容が噂されている時点で、信憑性はないのですけれどね。
ただ話を半分――いや、十分の一や百分の一ほどに考えたとしても、さほど準備をせずに仕掛けたこちらの目論見が成功に至らなかったのは、ある程度において仕方のないことだったと言えるのだろう。
それはつまりその責任は部下たちでなく、相手をよくも調べずに計画を進めた執事自身にあって、相手の実力云々でなく舐めてかかったことに問題がある。
とは言え、運の要素も多くあったでしょうに。女神キスニアの身びいきにも困ったものです。
「私が誰かなど承知だろうが、ここはあえてしらを切らせてもらう。だからこの場での共闘は可能だ。しかしこの騒動のあとについては約束できない」
執事も驚いたのは、この場に第六軍の副軍団長が居ることだった。一体全体、何をしているのやら。
これは少しの沈黙を以って、背景を考える必要がありそうだった。
リマデス辺境伯の手にあったフラウを奪還するのが盗賊たちの目的だったようですから、その援護でしょうか?
いえ、それはあり得ませんね。
この方の人となりについて私の知るところと伝聞によるものとを合わせても、悪人のレッテルを貼られている者に公然と協力する人物ではない。
ではフラウを救出、若しくは何か他の作戦行動中に、たまたま共闘することになったのでしょうか?
フラウを救出というのはあり得ませんね。他の行動中にというのもなくはないでしょうが、その偶然が続いて今ここに立っているというのは、どうも難しい。
それではどうして――と考える執事は、メルエム男爵の後ろに居る数人に意識を向けた。
あれは港湾隊の隊長ですね。それ以外は装備品を見る限り、役の付いた者は居ないようです。
ここまでで脱落したとも考えられますが、それにしては疲労の度合いが薄い。
港湾隊の面々は、表情に出る疲労がそれほどでない。装着している衣服や鎧なども汚れてはいるが、死者を置き去りに逃げ延びてきたという風体にはほど遠い。
ならば、と。執事は当たりを付けた。
「難しい条件を出されるので、少々の時間を頂戴しまして申しわけありません」
「いや。それで?」
「聞くところによりますと、アムさまはエリアシアス男爵夫人と特に懇意だとか。今後において私どもの悪事についてどうこうという事態になれば、あなたもお困りなのでは?」
二人が懇意と聞いているなど、でまかせだった。
もちろん執事の裏の仕事の性質上、貴族や軍人同士で交流のある者や、フラウが接触した人物などは把握している。
しかしそれは、表向きの関係性だ。
その中の誰と誰が、いやさその中にさえない関係性まで含めて、自身を省みずに行動することの出来る間柄など把握しきれるものではない。
要は、鎌をかけた。
しかしてその鎖に、男爵は引っ掛かる。
「……分かった。私も狡い人間でね、自分自身はともかく身内まで巻き込みたくはない」
「そのお気持ちには賛同致します」
非正規の行動までを咎められたと男爵は理解したのだろう。こういう時に根が真面目な人間は扱い易い。
などという感想を執事が得ているのを知ってか知らずか、男爵は美しい顔を歪めて小さく舌打ちをした。
「何、信用出来ぬかもしれませんが、アムさまには相応の役割を担っていただこうと思います。非正規から、正規に立ち戻る行動として相応しいものを」
「せいぜい期待しておくよ」
気持ちを鎮めるためにか、細く息を吐き出して、男爵は表情を常に戻した。
自分の気持ちをすぐさまリセット出来るところは、さすが一流の軍人と褒めるべきだろう。
「それではお互いの立場も理解したということで、これからについてご相談と参りましょう」
ガルダの森を覆っていた暗い雲は一片も残らずに消え去り、理不尽に退場させられていた時間を取り戻すかのように、鋭く日光が地面に差し込んだ。
上がってくる水蒸気はゆらゆらと景色を揺らし、おあつらえ向きだと執事は密かにほくそ笑んだ。
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