第144話:執事のお仕事ー9

「まずは良し」


 執事の部下で一、二を争う筋肉自慢といえば、ウナムとノーベンということになる。

 火薬を大量に詰めた爆裂弾を彼らに投げさせれば、下手な投擲器よりも良く飛ぶというものだ。


 指示した通り、辺境伯の手勢のうち、先行していた数百人の部隊ので爆発は起こった。


 単に火をかけるならともかく、火薬による爆発など見たことがある者は皆無だろう。分断されることが分かっていても、爆発した付近を通ることに大きな抵抗を覚えるはずだ。


「ドゥオ、クアト、オクティアに動けと」

「畏まりました」


 今はまだやることのないセフテムに、伝令役をやらせていた。適材適所。機を選んで仕事をするのは、当たり前のことだ。


 だから指示した三人にも意味がある。

 この三人は、大量の相手を一度に対処するよりも、少数を相手にすることを得意としている。

 それぞれに数人の部下を付けていることでもあるし、行き場を見失った数百人程度は、それで十分だろう。


 潜んで、殺す。また潜んで、殺す。それを各人が、十回か二十回ほどもやればいいのだ。


「ウナムとノーベンには、全周警戒を」


 セフテムと組ませている、もう一人の伝令役に命じた。その二人はすぐそこに居るので、執事の周りから伝令役が居なくなる心配はない。


 トリバとディチェムは、この場に居ない。

 トリバは表の仕事である交渉係として用があるし、ディチェムはこの戦場では目立ちすぎる。

 いや小さいのだから狙い打ちにされるなどという心配は少ないのだが、あとあと幼い子どもが居たなどと話が出ると困るのだ。


 セクサも来ていない。彼女にも別の用を言いつけた。


「さて――どうすれば表に出て来てくださいましょうか?」


 少し前まで枝の上を飛び交っていた、キトルたちの姿は消えてしまった。まあこれは、探してどうこうする必要もない。当面の目的は、ただ一人だ。




 予想した通りのことと、予想外のことが起こった。

 最初に殲滅を命じた数百人は、ほぼ一掃されたのが前者。不可解な爆発を恐れて、追加戦力の投入は遅くなると考えていたのが後者だ。


「この森に、どうしても必要な何かがあるということでしょうか?」


 実際に戦場を駆ける兵たちに、強く前進させるだけの理由があるはずだ。

 しかし執事が把握している情報の中に、該当する事柄は見つけられなかった。けれどもそれは、大きな問題ではないと結論を下す。


「ここに拘ってくださるのなら、引きずり出しやすいというものです」

「いっそ、裏からひと息にやって良いなら楽なのですが。政治とは難しいものですね」


 執事の言葉に、セフテムが応じた。軽口ではなく、彼の正直な感想なのだろう。彼は自身の欲求に忠実で、あらゆるしがらみを面倒なものと切り捨てている。

 頭は切れるのだからもったいないことだとも思うが、その感性がなければ彼は彼たりえないのかもしれない。

 執事にとっては、政治よりよほど難しい問題だ。


「首を取れば良いだけなら、ですけれどね。良い案があるなら、今からでも採用しますよ?」

「いえ。全くです」


 少し興味を覚えて煽ってみたが、やはりという反応だった――とその会話を打ち切ろうとしたところに、セフテムの言葉は続いた。


「ここまで味方をしておいて、土壇場で裏切る。お膳立てとして、私好みです。わざわざ変更する理由もないのですよ」

「なるほど? 楽しんで仕事をするのは良いことです」


 あれもこれも。これまで様々な工作を行ってきた。それはひとえに、リマデス辺境伯らによる反乱を有利に進めるためのものだ。

 しかし、手伝うのはここまで。有利な状況を作ってやったのは、そうしなければ反乱を起こせないからだ。


 王国への明確な敵対行為をさせ、しかし首都には危機に応じる適当な手段がない。これをユーニア子爵が鎮める。

 それが用意された筋書きだ。


 もちろん反乱軍を正面から打ち倒すだけの兵力は、ユーニア家にない。だから執事以下の影たちによって辺境伯の首を取る。

 これをセフテムが率いる、警備隊の精鋭が成し遂げたことにするのだ。


 そのためには警備隊が行える範囲の行動の結果だと、演出しなければならなかった。どこかから湧き出た何者かが暗殺したような所業では、ユーニア家の手柄に出来ない。


 その条件を達成すれば、ユーニア家は巨大な栄誉を手に入れるだろう。そうすれば当然のこととして、主人の権力も増大する。

 少なくとも辺境伯と侯爵、伯爵の椅子がそれぞれ空くのだから、どれかが回ってくる可能性は高い。


「まあ、それも目的への一歩に過ぎないのですがね――」


 展望を持つことは大切だが、今は目前のことをしなければならない。

 敵の更なる増援が押し寄せて来たのを見て、執事は自らも枝を降りて戦う用意を始めた。

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