第139話:包囲
夜明けにはまだまだというころ、警戒に出てくれていた団員が帰ってきた。
ボクも眠りこけていたので最初は気付かなかったが、その団員たちは誰もかれもを端から起こして回っていて、その気配で目が覚めた。
「ん、目は覚めてるな。準備しろよ」
「どうしたんです?」
「団長には伝わってる。聞いてみろ」
大声を出さないように、数百人の一人一人に声をかけるらしい。それは邪魔してはいけないな。
フラウの様子に変わりがないことを確かめると、団長のところへ行った。
団長はうがいをした水を吐き出したところで、疲労とか眠そうな感じは全くない。ここ連日を思うと、どういう体力をしてるんだか呆れてしまう。
「アビたん、これをオッシーに飲ませておくにゃ」
言い終わるより早く、水袋が投げて渡された。
どうでもいいが、そういう時は軽く投げ上げるもので、最短距離を高速で投げるものではないと思うのだがどうだろうか。
「これは?」
「ペギーの血と、ポリゲマの汁を混ぜた物にゃ。オッシーが元気になるにゃ」
昨夜の食事として、野生のペギーを誰かが捕まえていた。ポリゲマはキトルにとっても色々な薬になる草で、探せばその辺にあるだろう。
その二つを合わせることで、オセロトルの疲労の回復が出来るとは知らなかった。
思えばボクを運んでくれたオセロトルを、ボクは何も労っていない。たっぷり飲ませてあげるとしよう。
「へえ、知りませんでした」
「飲ませすぎると逆効果にゃ。カップ二杯くらいにしておくにゃ」
「あらら、そうなんですね。でもそれだけ効果が強いってことですね」
それでうっかり立ち去ろうとして、思い出した。
違う。そもそもは質問したかったんだ。
「あ、それで団長。こんな暗いうちからみんな起こして、どうするんです?」
「今日はそのまま、首都までお出かけかと思ってたんだけどにゃ。奴らはやっぱりフロちが居ないと楽しくないみたいにゃ」
つまり、フラウを取り返しに来ようとしている?
街道を通り過ぎることなく森の中へ捜索に入ろうとしていると知ると、急に周りの草木にまで監視の目があるように思えてくる。
「囲まれてるんですか」
「それには人数が足りていないけどにゃ。でもそういうのは得意なはずにゃ」
騎士は単に戦争をするだけが仕事じゃない。街中で犯罪が行われれば取り締まるし、住民からの行政窓口の側面もある。
そういった中には、集団で犯罪を行う者の摘発だって含まれる。
盗賊や野党や山賊がこもる先と言えば、山や森と相場が決まっている。
「辺境伯の領地は、森やら山ばかりですしね……」
「そういうことにゃ。アビたんも早く用意するにゃ」
森の中を東に、つまり首都方向に移動しながら話し合った。
移動し続ける限りは追手との距離はそうそう縮まらない。移動できるのが森の中だけというのが問題なだけだ。
メルエム男爵に、いつもと変わった様子はない。昨夜見たのは、ボクの夢だったっけ? と思ってしまうほどに。
ただそれでも、口数は少ない気がした。今も主に団長と話しているのは、ペルセブルさんだ。
「北西はリマデス辺境伯、西はディアル候、南はサマム伯が囲んでいるにゃ」
「うん? ならば北は空いているのか。そちらへ行ってはどうか」
「あまりお勧めしないにゃ。お忘れかもだけど、子爵連合軍のみなさまはまだお戻りでないにゃ」
速歩に近い速度で進むエコとオセロトルに団長は自分の脚で並び、鼻歌でも歌いそうな雰囲気なことにはもう誰も驚かない。
「子爵の方々が寝返ったと言うのか、ショコラ!」
「寝返ったと言うと可哀そうだけどにゃ。たぶん逆らえない状況だと思うにゃ」
「いかに戦力の差があろうと、それを理由に反抗の気を失うものか。降伏はあってもな」
ミリア隊長は団長への当たりが強い。街中で追われている時にもそうだったけど、個人的に何かあるんだろうか?
まあ、集団を押さえようと思ったら頭をどうにかするのが一番なので、そういうことだろうけれども。
「信じるかどうかは任せるにゃ。あたしとしては首都の北を通って、東に抜けることを推しておくにゃ」
海軍の面々は考え込んだ。
ペルセブルさんの言うように、北へ抜けることも手ではある。でもそれは団長の言う子爵連合が、味方として機能すればこそだ。団長の言葉だけでなく、易々と道を譲る様を男爵が見ているので、団長の懸念を否定出来ない。
ついでにボク自身の意見としては、そちらには絶対に行きたくない。
対して団長の推しというのも、簡単ではない。
まずそちらへ行くと、フォセト川が横たわっている。街道を進むのなら橋があるが、今はそうでない。あの広い川を渡る間に敵が追いつけば、矢を防ぐ手立てがない。
それに首都周辺は、警戒の兵も多く出されているだろう。それに見つからずに行けるものか――。
沈黙のまま、どれくらい進んだだろうか。後方から猛烈な勢いで、トンちゃんが走って来た。
普段は音を立てることもなく走るトンちゃんが、後ろから近付いていることをボクに気付かれるなんて、相当のことだ。
「団長、やばいみゃ」
団長の斜め前へ土煙を立てながら止まったトンちゃんの、切羽詰った様子に善因が足を止めた。
「奴ら、怪我人が出ることも構わずに、
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