第130話:中央突破

 当人が言っていた通り、ミリア隊長のくそ度胸には恐れ入った。五十人対二万人の状況で、あれだけの啖呵を切るとは。


「必要以上の戦闘は許さない! ミーティアキトノにもだ!」


 彼女と彼女の部下たちは、ボクたちの前を突き進んでいく。整然と並んだ隊列の間を、エコで駆け抜けていく。

 それをリマデス辺境伯の軍勢は、持て余しているようだった。


 いかに反乱軍であっても、治安維持を目的としている港湾隊を目下の敵とすぐに意識を変えられなかったのだろう。それに行きがかり上で、取り押さえろとも何とも指示は出ていない。


 必要以上の戦闘というのは余計な死傷者を出すなということだろうけど、メルエム男爵はその外なのかな?


「団長! 後ろに!」


 オセロトルに乗ったボクたちと、自分の脚で並走する団長に向かって叫んだ。駆け出す前に見た別集団が、ボクたちの後方を追走しているのに気付いたからだ。


 しかし団長が後ろに視線を投げたのは、ほんの一瞬だった。

 そんなことは先刻承知だったのだろう。団長の向こうを走るトンちゃんに手で何やら合図して、二人共が速度をぐんと上げた。


 まっすぐでなく、弧を描くように。つまりは若干の遠回りをして、二人がミリア隊長の前に回るのが見えた。


「ミーちゃん、こんなところまでお疲れさまにゃ」

「ショコラ! トンキニーズ! どこに紛れていた!」


 走りながらにしては、随分と間抜けな会話だった。しかし団長もミリア隊長も大真面目だ。あ、いや――団長はいつも通りか。真面目なのかからかっているのか、分からない。


 隊列を組んだ部隊の中を通っているので、ミリア隊長にとって方向を変えるのは容易でない。無理をすれば出来るだろうが、エコでそれをやっては徒歩の兵に被害が出ることは避けられない。


「全体、エコを降りよ!」


 部隊と部隊の合間の、ちょっとした空間にミリア隊長はその指示を出した。

 それもまた無謀なと思われた指示は、見事に実行された。降りなかった数人に先導されて、残されたエコも隊列の外へと離れていく。人もエコも、とんでもない練度だ。


 これに困ったのは、ボクとメルエム男爵だ。前の速度が落ちたので、追いつかないように速度を緩めるしかない。


 そうなると、ボクたちの更に後ろが気になる。どう見てもミリア隊長の仲間だけれど、ボクたちに気付いているのだろうか。

 同じ懸念を抱いているらしい男爵と目が合って、


「あれは面倒だ! ペルセブルが居る!」


と叫んだ。

 上司であるはずの男爵が言うのだから、相手にすれば相当に手強いのだろう。手強いの意味も、色々ありはするけれども。


 どうにも出来ずにはらはらしていると、団長たちは中心から街道とは離れる方向に少し進路を変えた。その先にはエコに乗った兵士や騎士が大勢見えて、どうもそこが本隊らしい。


「今です!」

「おうさ!」


 オセロトルの首すじを叩いて合図をすると、つがいである彼と彼女は一気に速度を上げる。

 まだ遠いと思っていた目標のエコリアが、ぐんぐんこちらに迫ってくる。もちろんその上に載った、檻も見える。


 一つ、問題がある。

 金属製のその檻をどうするのか、聞いていない。


 もちろん事前に質問はしたが「あたしに任せるにゃ」と答えた人は、今や遥か彼方を走っている。

 それでも言われた通りやるしかない。オセロトルの首すじを二度叩く、と。


 ……途轍もない大音量の咆哮。


 無理に真似をするなら「ぐおおおおお」だろうか。

 それを正面から聞いた兵士のうち何人かの手から、武器が滑り落ちていく。表情も呆けたようになっている。


 魔獣であるオセロトルの咆哮にかかった、魔力によるものだ。抵抗できなければ、僅かな間だが記憶が飛ぶ。


 しかしそれでは、檻を開けることが出来るはずもない。もうどれほどの距離もなくなって、一旦はこのまま通り過ぎるしかないかと考えた。


 そのエコリアの周りは、主に糧食を運ぶ部隊だ。その荷の中の一つが弾け飛ぶ。

 一躍、注目を集めたその場所から、褐色の肌もきらきらと眩しい女性が躍り出る。


「やっと出番かに!」

「サバンナさん!」


 咆哮はサバンナさんへの合図だったのか。

 彼女が居るならば、もう考える必要はない。その鉄をも刻む爪でまず檻の天井が飛び、続いて格子が切り裂かれた。


「ひ、ひぃ──」


 それを目の当たりにした兵士たちは、サバンナさんから距離を取る。おかげでオセロトルに乗ったまま、エコリアのすぐ隣まで辿り着けた。


「フラウ!」


 サバンナさんの抱き上げたフラウは、ぐったりとしていた。顔色はそれほど悪くないが、檻に入れられたままの行軍で体力を奪われているに違いない。


「何をぼけっとしているか!」


 辺境伯の軍勢にとって、思いがけない事態の連続だっただろう。しかしここにきて、立て直しの声が飛んだ。

 彼らからすれば、フラウも主人から預かった大切な荷物だ。むざむざそれを渡してしまえばどうなるか。


 呆けていた兵士たちも、一度は怯んだ兵士たちも、自分たちの使命を思い出したらしい。

 エコリアに取り付いたボクたちを中心に、武器を抜き放った兵士たちがぐるりと包囲した。

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