第104話:まったりメイド

 約束通り、シイ隊長は夕食をご馳走してくれた。


 ジューニなどはそこで独立した流通があるけれど、ここはアムニスからの出向先みたいなものだ。だからそれほど、贅沢な食材などは用意されていない。


 それでも近隣で獲った獣の肉なんかを捌いてくれて、お金を払うとすればそれなりの物を食べさせてもらっただろう。


「もう何か分かってるんですかねえ」


 一泊させてもらって、砦に居ても邪魔になるだけなので、アムニスに徒歩で戻ろうとしていた。町が見えると速度を落として、暇潰しがてら聞いてみた。


「昨日の人たちのことお?」


 ディプロマ伯の先触れを名乗った人たちについて、部外者のボクたちは何も教えてもらっていない。何も見ていないことにするよう脅されなかったのが、不思議なくらいだ。


 まあ、あのシイ隊長がそういう工作をするとも思えないけれども。


「鎧なんかは、本物だったみたいだけどねえ」

「あれ? エコで逃げた人も捕まったんですね。よく知ってますね」

「何人か捕まえたけど、その時には死んでたみたいだよお」


 ボクが暢気に寝ている間に、どこかで盗み聞きでもしていたのだろうか。さすがコニーさんは抜け目がない。


「逃げきれないと思って、自害――ですか」

「そういうことなんだろうねえ。毒を飲んでたみたいだし」

「はあ……すごい覚悟ですね」


 御者の人もそうだったけれど、任務を果たせれば自分の生き死には計算に入っていない。ボクにそんなことはとても出来ないけれど、何か「これが大事」というものがあればそうなるのだろうか。


「そんなことより、用事は終わったんだよねえ。どうするのお?」

「ああ――そうでした。どうしましょう」


 アレクサンド夫人に頼まれた先は、全て見て回った。だからどうするかといえば、帰るしかない。

 ただ達成目標を示されていないので「本当にこれでいいのか?」という思いが拭いきれない。


「どうするのか決めるのに、ヒントになるかもしれない物はあるけどお」


 コニーさんは懐から、折り畳まれた紙片を取り出した。何度も広げては畳んだ物のようで、くたびれている。


「ヒントになるかもしれないって、随分あやふやですね」

「アビたんが見たら後悔するかもしれないし、頑張ろうって気になるかもしれない物でもあるよお」

「何ですかそれ。えらく恐ろしげに見えてきましたけど」


 かもしれないばかりで、はっきりしたことは何も出てきていない。それでも分かることは、要するに「四の五の言わずに見ろ」とコニーさんは言っている。


「そうだねえ。だから見るかどうかは、お昼ご飯を食べてからでいいよお」


 微笑んでいたコニーさんの視線に、ほんの一瞬だけ緊張感が走った。しかし紙片を懐に戻す以外は、それまでと変わらずに歩く。


 コニーさんが見ていた先にボクも視線を送って、木陰に座っている人が居るのを見つけた。


「あのメイドさんです?」

「メイドさんだねえ」


 コニーさんがメイドという職業の人に、何かトラウマを抱えているなんて話は聞いていない。ということはボクにはごく普通に見えるあの人に、何か危険を察知したということだろうか。


 お互いに意識していることは、隠していなかった。それでもお互い、ボクたちは談笑しながら歩く姿勢、メイドさんは木陰で休んでいる姿勢を崩さなかった。


 ここでそれを変えるのは、攻撃の前動作と受け取られても仕方がない。キトンの前に出した手を急に動かせば、ひっかかれるのと同じことだ。


 いよいよという距離になって、メイドさんはゆったりとした動作で立ち上がった。

 スカートに付いた草の葉なんかを払う仕草もおっとりしていて、もしかするとあれが素なのかもしれない。


「初めましてえ。ユーニア子爵家にて、キッチンメイドをしておりますう。オクティアさんですよう」


 わあ……。

 時間の流れ方がニ、三割くらい遅い感じの喋り方だった。いや別に文句をつけるつもりはないのだけれど、ずっと話していると疲れそうだ。


「初めましてえ」


 オクティアさんが深々と頭を下げたのでコニーさんもそれに倣い、ボクも倣った。

 もういいかなと頭を上げようとすると、オクティアさんはまだ動いていない。慌てて顔を伏せて、待っていても一向に動く様子がない。


 コニーさんも待ちきれなくなったようなので、顔を上げて


「あの、そろそろ頭を上げませんか」


と申し出てみる。


「あらあ、ここはお屋敷ではありませんでしたねえ。いつもは、ご主人さまが顔を上げるように言ってくださるまで、待っているものでえ」

「あ、そうですか──すみません、気がつかなくて」

「いえいえ、こちらこそお」


 何となくこちらが悪い気になって、謝ってしまった。でもオクティアさんも、にこにこと笑ってくれたからまあいいか。


 ……じゃなくて!


「ええとユーニア家ということは、クアトさんとかと?」

「はいい。クアトさんはハウスメイドで、お友達ですよう」


 やっぱりそうだった。というかあの人、メイドだったのか。それっぽい格好は見たけども。


「おいらたちに、何か用かなあ?」

「そうですう。オクティアさんのお話を聞いてほしいのですが、よろしいですかあ?」


 ぱちんと両手を合わせて、オクティアさんは朗らかに言う。まるで、これからお茶会をしましょうとでも言っているように。


「お話?」

「そうですねえ。忠告でも警告でも脅迫でも、好きなように受け取ってもらえと言われてますう」


 オクティアさんの様子は変わらない。誰かからの伝言ではあるようだけれど、そんな物騒なことを言っているのに。


「聞きましょう。ここで?」

「オクティアさんはお腹が空いたので、町に戻りたいのですう。歩きながらにしましょうねえ」


 向こうが忠告と言っている以上、聞いておいて損はないだろう。

 それに酷く妙な感じではあるけれど、どうにも逆らい難い空気が流れていた。

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