第102話:砦の向こう
今のように緊張感のある時期でもなければ、カストラ砦はさほど珍しい場所ではない。ガルイア王国方面と行き来する商人なんかは数えきれないほど居るし、アムニスまで来た旅行者が、ついでに見物に来ることもよくあるそうだ。
「いえ本当に、ボクは見たことがなかったんですよ」
「そうか。ならついでに、上からの景色でも見るか?」
興味は惹かれたけれど、出来れば早くこの人から離れたかった。悪い人ではなさそうだが、やはり暑苦しい。
「ぜひお願いするよお」
なっ、なんてことを――。
コニーさんは何度も来たことがあるだろうに、興味津々だった。勝手な言い分ではあるけれど、すごく裏切られた気分だ。
「上からでも下からでも、そんなに変わらないと思いますよ……」
「見てみなきゃ分からないよお」
「シイ隊長もお忙しいでしょうし……」
「俺は暇だ。部下が何もかもやってくれるのでな。本当にやることがない」
ご遠慮しましょうよと消極的に訴えたが、誰も取り合ってくれなかった。しかもついでに
「通常任務で褒められると、訓練の時間にシイ隊長が稽古をつけてくださるんだ」
という、これまた暑苦しい情報まで入手してしまった。
どうも最初はシイ隊長も、防げたはずのミスをした人への罰として厳しい稽古を課したらしい。
しかしこれがなぜだか好評で、それを目的にミスをされては堪らんということで、ご褒美になったそうだ。
「いや――おかしいでしょう」
他人の価値観を否定しても詮ないけれど、我慢できずにぼそっと呟いてしまった。
ついてきていた兵士――十人隊長でチームさんというらしい――は持ち場に戻り、シイ隊長が案内してくれることになった。
もちろんどこに行ったところでそこを持ち場にしている人は居るので、もしボクとコニーさんが何かしようとしても、すぐに包囲されてしまうけれども。
三階か四階分の階段を昇ると、空が開けた。
屋上部分にぽっかり空いた穴のような階段から顔を出すと、きっちり高さの揃った石畳がずっと目の前に続いていて、それ以外は全て空の色だった。
「おお――気持ちいいですね」
「だろう?」
鋸壁に手を置いて、その向こうの景色に目を向けた。
このカストラ砦から国境付近までは、湿地があったり凹凸もそれなりにあったりはする。が、基本的には平原だ。
高いところから見るとそういうものは全て押し並べられて、まっ平らな緑の絨毯が延々と伸びているように見えた。
「うん? 何か来るねえ」
しばらく眺めていると、コニーさんが一方を指さした。見てみると、確かに二両のエコリアを伴った一団が街道をこちらへ向かって来ている。
「ああ、本当ですね」
「どこだ?」
普通のハンブルらしく、シイ隊長の視力はボクたちと差があるらしい。
うんうん、これが普通なのだ。最近知り合った例の人たちは、どうもおかしい。
見えないものをどれだけ「あそこだ」と言っても見えるようにはならないので、一団の構成を教えてあげた。
マントか何かを羽織ってエコに乗った人たちが、エコリアを守るように走っていると伝えると、シイ隊長はアムニス側の端へ移動して馬鹿みたいに大きな声で怒鳴る。
「チーム! 上がってこい!」
チームさんはすぐに来た。その時間から考えると、ほぼ全速力で駆け上がってきたのではと思うけれど、全く息を乱していない。
「お呼びでしょうか」
「俺にはまだ見えんのだが、エコリアがこちらに向かっているらしい」
呼ばれた場所が屋上なのでこれを予想していたのか、チームさんは望遠鏡を持ってきていた。
位置を教えてあげると「確かに居ます」と、ボクが言ったのと同じ構成を口にした。
シイ隊長も望遠鏡を借りて、すぐに言った。
「お前たち、これが見えるのか――」
「おいらはキトルだからねえ。アビたんは――特異体質かなあ?」
お気遣いいただきまして。
心の中でお礼を言って、それはそうと何かあるなら、ボクたちは本当に邪魔になるのではと心配になった。
「ボクたちは帰ったほうがいいですか?」
「いや、すまんがもう少し監視役をしてくれ。晩飯くらいは奢ってやる」
ここで夕食ですか。すると町に帰るのは明日ですか、そうですか。
言っても通らないのは分かっているので、明るく「分かりましたあ」と答えた。コニーさんの「分かったよお」と抑揚が似ていたのは気のせいではないだろう。
少しの間を置いてシイ隊長たちの目にも見えるようになると、望遠鏡を覗いていたチームさんが言った。
「やはり構成が妙ですね。エコに乗っているのは騎士ですが、それにしてはエコリアに幌がかかっている」
「むう、亡命者……にしてもおかしいか」
騎士がエコリアを護衛する例はある。しかしそれは貴族や王族を乗せたエコリアに限られる。幌をかけたような乗り合いか荷物運搬用のエコリアを、護衛する理由がない。
シイ隊長は、どこかから亡命する途中なので目立ちたくない貴族という可能性を考えた。しかしそれなら、騎士もそうと見えないようにするだろう。
「あんな立派な鎧を着けてたら、騎士だと丸わかりですね。どこかの紋章まで入ってるし」
「紋章? どこにだ」
あれ、見えてなかったのか。
マントに隠れているけれど、たまにちらちらと見える胸の紋章を記憶する。
「ちらとしか見えないので、分かりにくいですよね。紙をもらえれば描きますよ?」
「何を――。紙に描くと言ったのか? 紋章を?」
シイ隊長とチームさんは、揃って驚きを顔に浮かべている。
「ええ。それほど上手な絵ではないですが」
ボクは愛想良く、そう答えた。
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