第93話:サテとルス

 牧場の仕事は、日が落ちるよりも随分前に終わっていた。ボクもお手伝い程度に作業をしたが、牧場主のレンドルさんはとても優しいお爺さんだった。その息子のイルスさんも、きさくなおじさんだ。


 まあ……山賊の人たちがやっている作業はかなりの重労働で、よくやっているなあと感心するものではあったけれども。


 捌いた肉や自家製の燻製。乳なんかを酒場などに直接売って稼いでいるそうで、山賊たちはその時に出るはしたの金銭を使っていいことになっているらしい。


 大勢で行くと目立つので、その機会ごとに四、五人で行っているそうだ。だから今日は、ボクもそれに便乗させてもらうことになった。


「端って、総額でいくらになったんですか――」


 もうなんだか有頂天の、サテとルスに聞いた。何度も顔は見ているが、名前を聞いたのも話すのも、今日が初めての二人だ。


「そりゃあ秘密ってやつよ。なあサテ」

「そうだなルス」


 手配書の出回っている親方は来れるはずもなく、一緒に来たコニーさんを挟んだ二人はかなりの上機嫌だ。


 もしかして、何か勘違いしてるのかな?


 売った店の壁には、焼いた肉の絵にレンドル焼きと書かれた獣皮紙が貼られていた。聞いてみるとレンドルさんが作った燻製をステーキにしたものだそうで、大銀貨一枚では食べられないらしい。


 それも言うと「高級料理だよねえ。でも本当においしいんだよお」とだけコニーさんから返事があった。


 誰も質問に答えてくれる気はないらしい。まあいいけど。


 カテワルトとは比べるべくもないけれど、アムニスも港町だ。たぶん、どちらかというと漁船のほうがメインなんだろう。

 港の目の前は揚がった魚を食べさせる店がたくさんあって、出来上がった船員さんや漁師さんらしき人が溢れている。


 きな臭いからといって、酒を飲むのだけは変わらないらしい。

 新街区とは違う賑わいが興味深くて、ボクもついついあちこちへと視線を向けてしまう。

 そんな落ち着かない様子を見せることは不用心だと分かっていても「おっ、あれは何だ?」と目を向けてしまう衝動には勝てなかった。


「ん?」

「どうしたのお?」


 ある路地に目を向けた時、そこに居た誰かがすっと身を引いた。自然な動作ではあったけれど、周りに居る酔客の動きとは明らかに違っていた。


「いえ、気のせいではないと思いますけど――よく分かりません」

「そお? 楽しまなきゃねえ」


 どれだけ路地に目を凝らしても、これという発見はない。であればここで騒ぎ立てても仕方ないのだろう。「そうですね」と、二人の山賊が選んだ店に入っていった。




「お前が羨ましいぜ。いつもコニーちゃんみたいな美人に囲まれてよ」

「そうですか? 色々と気にならないんです?」


 食べる物も食べて相当に飲んだところで、山賊の二人に絡まれた。

 いやコニーさんが美人なのは認めるが、そう言われて当人はどう感じるのだろう。


「団長も美人だったし、一緒に来てた子も可愛かったなあ――」


 ボクが捕まった時の話だろうか。いつ見に来たんだろう。ということはボクが撒いた惑い花は、ほとんど意味がなかったということか。効果がなくなっているとかはないはずだから、撒き方が悪いんだろうな。


「そう思いますけど、種族なんかはいいんですか」

「美人にいいも悪いもないっ! なあサテ」

「そうだなルス」


 酔いのせいか、本当に普段からそう思っているのか、よく分からない。

 他の種族に何の偏見もないというハンブルは、とても少ない。ボクの感覚的には、一人も居ないのではと思う。


 中でもキトルは疎外されることの少ない種族ではあるけれど、それでも団員がそういう目に遭っているのを見たのは一度や二度ではない。


「差別がないのは、いいことですね」

「そう思うだろっ?」

「ほら、あいつもそう言ってるぜ。たまには二人でどこかに行かないか、コニーちゃん」

「嫌だよお」


 抜け駆けをしたサテに「二人でとはどういうことだ」とルスが突っかかるが、コニーさんとボクは構わなかった。


「見て回らないといけないところがあるんですけど」

「どこお?」


 貰ったメモを見せると、コニーさんは「明日一緒に行くよお」と言ってくれた。単に見るだけならば、難しいところはないらしい。


「――まあ最初は三人でといこうじゃないか。なあサテ」

「そうだなルス」


 どうやら話はまとまったらしい。またもめる前に帰るとしよう。


 サテとルスを引き摺っていくと、市門はもうすぐ閉じられる時刻になっていた。あやうく牧場に帰れなくなるところだ。

 二人はレンドルさんの使用人として認知されているみたいで、そんな時間に外へ出ても怪しまれることはなかった。


 コニーさんと一緒だったからか、飲みすぎた二人を連れて丘を登るのには苦労する。最終的には痺れを切らしたコニーさんが、水袋二本分をひっかぶせて何とか帰り着いた。


「コニーちゃん、お帰り」


 親方以外の山賊の誰もが、コニーさんにそう声をかけた。その光景に、ボクは心配をしてしまう。

 いやいや「美人にいいも悪いもない」そうだから、これは余計なお世話なのだろう。

 コニーさんが男だというのは、ボクが言うまでもないことだと自分を納得させた。

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