第81話:海軍基地へ
探していたって――ミリア隊長が、ボクを?
不自然な間を空けずに考えられるのは、それくらいが限界だった。
さっと振り向いて、五人の部下を連れたミリア隊長と対面してから悔やむ。団長がどうしているのか、視界の端ででも確認するべきだった。
「どなたかと思ったら、ミリア隊長じゃないですか」
「――ふむ。以前に比べると、随分親しい感じで良いですね。部下に呼ばれるのとは何だか違います」
ミリア隊長が何を言っているのか、理解するのに数拍の間が必要だった。それから「しまった」と、早々に二度目の後悔をした。
うちの団員は、彼女のことをミリア隊長と呼んでいる。逆らう必要もないのでボクもそう呼んでいたのが、今ここで出てしまった。確か先日に出会った時は、堅苦しく「ミリアさん」と呼んでいたはずなのに。
「お仕事中の軍人さんにミリアさんというのも、何だか失礼な気がして。逆効果でしたね」
「とっさにそんなことまで気を回して。君は頭の回転が速いですね」
三度目。もう何だか泥沼だ。状況をフォローしようとするほど、ボロが出る。
ミリア隊長の笑みさえも、ボクを見透かそうとする意地の悪い表情に思えてしまう。
「そんなことはないですけど、ありがとうございます。――それで、ええと。ボクを探していたと仰いましたか?」
これ以上の失敗を重ねるよりはと、強引に話題を変えた。
ミリア隊長も、そうと察したに違いない。「まあいいでしょう」という風に、ふっと息を一つ吐いた。
そう受け取ってしまうのも、ボクの勘ぐり過ぎなのかもしれないが。
「はい、そう言いました――ああ失礼、お一人ですか? このまま話しても良いかお聞きするのを、失念しておりました」
「一人です。大丈夫ですよ」
よし、今度は堪えた。これで団長の居る方向を見ようものなら、ボクは相当の粗忽者だ。
ミリア隊長が「それは良かった」と、ほんの少し場所を移すことを提案した。露店の前で話し込むのも迷惑なので、それには了承する。
「実は用があるのは小官でなく、メルエム副長なのですよ」
港の共用物でも置いてあるのか、露店の間に建っている小屋の前に移動した。元居たはずの位置に、団長の姿はなかった。もちろんその周囲にも。
動いてすぐミリア隊長の話した本題に、ボクは首を捻らざるを得ない。
「男爵がですか。ボクなんかに何の用でしょう――」
ミリア隊長自身が用と言うならば、あまり考えたくはないがボクの身分が知れたとかが考えられる。しかしそれがメルエム男爵となると、ミリア隊長との間にいくつも飛び越えられた人物の頭があることになってしまう。
となるとそれは、この人たちの仕事の話ではない。
フラウのことかな……今更何を聞かれても困るけど。
「小官の口から、勝手にそれを言うことは出来ません。こちらの都合ばかりで申し訳ありませんが、もしこれからでもよろしければ、ご同道願えませんでしょうか」
ボクが表情を変えたのを、迷惑がっていると受け取ったのかもしれない。ミリア隊長は言葉通り、本当に申し訳ないという態度で頭を下げる。
「都合は問題ないですけど、どこへ行くんです?」
「もちろん海軍基地です」
ボクの職業的には、踏み入ることが禁忌とも言える場所を告げられた。
これにはさすがに「へっ」と、颯爽と歩き始めたミリア隊長の背中に向かって、間抜けな声をぶつけてしまった。
「一般の方には、なかなか入りづらいでしょうね。でも大丈夫ですよ、取って食いはしません」
よくあるリアクションなのか、ははっと笑いながら言ってくれたので、ボクも愛想笑いくらいは返すことが出来た。
けれども続けて言われたセリフには、愛想笑いを収めることになった。
「アビスくんに対してどうこうではないですが、あまり良い話でもないとだけは言っておきましょう。老婆心というやつです」
ミリア隊長は抑えめに、かといって重々しくならないよう気を遣って言っているようだった。
しかし、良い話ではない――と。
やはりフラウのことだろう。よく考えればフラウは、首都で山賊にさらわれたことになっている。その辺りのことを、ワシツ夫人が届け出ない理由がない。
そんなことがありながら、のほほんと露店を見ていたことは言い訳が付くとしても……一体何を問われるのやら、いくら考えても想像し尽せない。
人の波を避け、露店の商品に気を取られる振りをして、団長の姿を探した。でも見つからない。
冷静に考えれば、それくらいで見つかる位置に居てもらっても困りはする。しかしそもそもついてきてくれているのかも分からない状況では、心細いことこの上ない。
情けなくはあるけれど、これから向かうのは海軍の本拠地なのだ。不安に感じるなというほうが無理な注文と言って間違いない。
ため息も我慢して歩いていくと、やがてボクは海軍基地の前へと辿り着いた。
いかにも堅固な砦という風貌の建物を見ると「つかなくても良かったのに」などと言いたくなる。
ミリア隊長が用件を告げて開かれる通用門が、ボクには地獄の蓋にさえも思えた。
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