第7章:揺れる心の受難曲

第80話:失踪

「お、引っ掛かったにゃ」


 無理をしすぎだと叱られた。その人も「者ども聞いたにゃ!」の時に居たと記憶しているのだけれど、それはそれだと言われた。

 確かに脇腹の色が悪くなって、熱を持っている。それで二、三日は外出禁止と言われた。


「ああ――弾かれたにゃ」


 フラウのことは、もう終わった。

 もちろん彼女自身にはまたあれこれあるのだろうけれど、ボクが関われることは何もない。そのつもりもない。つもりがあったとしても、あんな別れ方のあとにどの面さげて行けるものか。


 たった今の正直な気持ちを言えば、何人も団員についてきてもらったのに、帰れと言われたから帰ってきたみたいな状況が恥ずかしくて堪らない。

 その団員たちのかなりの人数が、せっかく出かけたのだからとそれぞれ別の用事で残ったのが、ボクとしては気休め程度にはなった。


 それでもそもそも残っていた団員は居るし、一緒に帰ってきた団員も居る。怪我は安静にしてさえいればいいのだから、何もこのアジトに居る必要はないのだ。どこか別の場所に引きこもっていたい気持ちは多分にあった。


 しかし、そうもいかなかった。いざカテワルトに戻ってみると、また別の問題が発生していた。


 ――メイさんが居なくなった。


 ボクが様子を見に行った次の日。やはり様子を見に団員が行ってみると、姿がなかったそうだ。


「二つ、一度に掛かったにゃん」

「ああもう、何をしてるんですか」


 前にお気に入りだったソファと似た物を運んでもらった広間には、団長とトイガーさんが居る。

 トイガーさんは優雅にお茶を飲みながら、いつものように大量の何かの資料を見ている。


「輪投げにゃ。知らないかにゃ?」

「それは知ってます。どうしてボクに向かって投げるのかと聞いてるんです」


 団長はそこら辺に落ちていた指の太さくらいのロープを輪にして、輪投げに興じていた。怪我をすることはないけれど、まあまあ痛い。


「やっぱり知らないにゃ。輪投げはポールに引っ掛けて遊ぶものにゃ」

「ボクはポールでないことを、団長が知らないみたいですよ」

「知ってるにゃん」


 団長は、にゃにゃと笑う。


「少しは悪びれてください――というか心配じゃないんですか」


 メイさんの行方は、残っていた団員の人たちがもちろん探したそうだ。町の中をくまなく探して、目撃証言を合わせるとどうも西の門を出たことは間違いないらしい。

 それでもまだ、町の中や外を見回っている団員も居る。


「心配はしてるにゃ。でもメイは、自分でどこかに行ったにゃ。危ないことはしないと思うにゃ」

「あの怪我で出て行ったことが危ないと思うんですが」


 そこまで言ったからと、団長が「それもそうにゃ」と言うとは考えていなかった。メイさんも大人なのだから、理由もなくそんな無茶はしないだろうとボクも思っている。


 それに団長のことだから、お気楽そうに見えて何かは対策をしていると思う。ただそれを教えてもらえないことに、不満を持ってはいたかもしれない。

 わざとらしく難しい顔を作って「んん」と団長が唸った。


「それなら街でも見に行くかにゃ。アビたんもそろそろ外に出たいにゃ?」

「ボクはいいですけど――」

「けど、何にゃ?」


 今更に街を見て回ったって、メイさんが見つかる可能性は低い。かといって、じゃあどこを探したものか見当もつかない。


 ああもう、いつもこうだ。


 狙っているのかいないのか、団長の言動で気付かされることがあまりにも多い。

 そうしてもらわなければ頭の中も整理できないボク自身と、整理したところでどうにもならない立ち位置とに腹が立つ。


「何でもないです」

「じゃあ行くにゃ。外に出れば気分も変わるし、何かいいことも思いつくかもしれないにゃ」


 苛ついたのを、団長に悟られたくなかった。だからもう、団長の言うなりにした。



 ――カテワルトの大きな通りは、どこもかしこも活気がある。古街区だけは例外だが、今は置いておくとして。

 今からだと、港湾区の午後の市にちょうどいいかもしれない。朝から昼にかけて漁に出ていた船が戻ってくるのだ。


 海に突き出しているカテワルトの、東の海べりは貿易港。西の海べりは漁港になっている。その長さはどちらか一方だけでも、世界に並ぶものは少ないそうだ。

 そんな港に隣接した区域のほとんどが港湾区と呼ばれているので、港湾区の面積もとんでもない。出入りする人口は最早想像もつかなくて、そこに目を光らせている港湾隊の苦労は察するに余りある。


 まあ、盗賊に言われたくはないだろうが。


「今日も賑やかにゃん」


 アジトから港湾区までは、どれほどの距離もない。すぐに賑わいの中に入った。楽し気な雰囲気の好きな団長も上機嫌だ。

 ――しかし。人が多いのは確かだが、いつもと違う。

 人が集う場所に兵士が配置されているのは当然として、いつも居るよりも数が多い。何人かで組になって巡回しているのも、やたら目に付く。


「賑やか過ぎませんか?」

「仕方ないにゃ。事件があれば、調べるのも彼らの仕事にゃ」


 ぼけっとしていたボクと違って、団長はもう何か知っているようだ。当然その内容は気になるが、それより先に気にするべきことがあった。


「ボクはともかく、団長は大丈夫です?」

「誰でもがあたしの顔を知ってるわけじゃないにゃ。ミリア隊長とでも出会わなかったら大丈夫にゃ」

「それはまあ」


 言っていることに間違いはないが、度胸が据わっている。ボクならば、ずっとアジトにこもりきりになりかねない。

 そんななら盗賊団など率いていない、という話でもあるのだろうけれど。


 歩いているうちに、露店の陰に座り込んでいるキトンを見つけた。団長が「にゃにゃ」と話しかけて、ボクはその露店の商品を眺める。


「やあアビスくん。探していたんですよ」


 背中から女性の声がした。それは間違いなく、ミリア隊長の声だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る