第61話:報告会
どうやらテーブルを囲んでいるのは、三郭に住む商人がほとんどらしい。顔を見知っていたわけではなく、簡単な自己紹介があって分かった。
被害を見たり遭ったりした人を全てここに呼んでいては何もまとまらないので、流通の要になっているような商人ばかりを選んで、情報を集めさせていたそうだ。
「リベインで起こった最大の事件ですから、身分など気にせずに遠慮なく発言していただきたい。むしろそうしていただかねば、私が困る」
誰が最初に発言するのかと無言で牽制しあっていた商人たちにも、ユーニア子爵は態度を変えることなく、静かな口調のまま言った。
それが余計に迫力があって、怖いという気もするけど――。
「誰でもいい、早く言わんか!」
とうとう伯爵が怒鳴った。拳でテーブルを殴りつけ、置かれていた物が跳ねる。それでもまだ踏ん切りがつかないと見ると、伯爵は隣に座っている男を睨みつけた。
最初から偉そうだったその男は、伯爵の腰ぎんちゃくなのだろうか。自分に直接の矛先が向いたと見るや「はっ、もちろんでございます。ええ、ただいま」と汗をかきながら調子良く答え、背後に居た使用人から獣皮紙の束を受け取った。
発言の用意もしてなかったんだ。と呆れたのはボクだけだろうか?
「それでは僭越ながら。私、布織物取り扱いのパンノがご報告させていただきます。ええ、まず――」
前置きの長さに伯爵はまた苛としていたが、それは堪えた。
パンノさんはそれから、建物やそこにあった物品などの被害を概算の金額で表した状況を流暢に話し始めた。が、またそれに対して伯爵の怒声が飛ぶ。
「待て待て待て! お前は何の報告をしておるか!」
「は、あの、被害の状況をでござ――」
「誰が金勘定の報告をせよと言ったか!」
パンノさんは何を怒られているのか、全く分からないという表情だ。怯えて声も震えている。
「ああ――ボナス伯爵。これは私が悪うございました。言葉が足らなかったようです」
全員を怒鳴りつけようと立ち上がった伯爵に、ユーニア子爵がやはり落ち着いた口調で言った。
「何なのだ。儂はこのあと、他の貴族や役人どもの話もまとめねばならんのだ。貴殿ほど悠長にはしておれぬ!」
「ですからこの通り、謝罪しております。商人の方々に被害状況を話せと言えば、それは先ほどのようになりましょう。ここでは被害がどのように始まり、どのように広がっていったのか。どこが酷い状況であったのかというような傾向を聞きたいと、そこまで言わねばならなかったのです」
なるほどそれで伯爵は苛々していたのか、気持ちは分かる。
それで抑えきれずに、伯爵は子爵にまで怒気を向けかけていた。更に全く謝っていない謝罪と、問題点を的確に把握してなおふてぶてしいとも言える態度に、怒髪天を衝きかけていただろう。
「今のは、お互いの認識の揃っている軍議などと同じように考えていた私の落ち度。例え事前に、被害の計算書を別途提出するよう言っていた事実を置いても、です。次は、しかとしたお話を聞かせていただけるでしょう」
言葉の上では、若干の嫌味を含んでいる程度だった。しかしこの発言を、子爵は声の調子を一つ落とし、ゆっくりと柔らかく言った。
それがボクには音が一つ発せられるたびに、この場が冷えていくようにさえ感じられた。
伯爵の後ろに居る男の一人が、身震いした。先だって、子爵に剣を振るわれた男だ。
この男が感じたのと同じ種類の威圧感を、今ボクたちは感じているのかもしれない。
──それから。それぞれたどたどしくはありながらも、整然と報告が行われた。
最初に被害を受けたのは三郭の西門に近い、穀物卸の大手商人の屋敷。南回りで弧を描くように、火付けと殺傷行為が拡大していった。
商人たちの報告を集めても、そんな風に新しい発見はほとんどなかった。自分たちの金銭的被害を慰めてほしい、という思惑でしか情報を集めていなかったのだから必然ではあったが。
これではまた伯爵の癇癪が起きるかと思いきや、パンノさんが最後に付け加えて言ったことで風向きが変わった。
「途中、生垣でしか敷地を囲っていない邸宅にて、大規模な建物の破壊を確認とのことです」
「ほう? そのように酔狂な家があるのですな、ワシツ夫人?」
「我が家ですね」
反応を楽しむように顔を覗きこまれても、夫人は表情を変えなかった。
本当に何とも感じていないのか、努めてそうしようとしているのかは分からない。
「我が家ですね、ではないっ! だからあれほど、堅牢な壁を設けるように言ったではないか!」
「建物の破壊だけで、周囲に被害があったのではないのでしょう?」
喧々と言う伯爵をなだめようとするように、夫人は柔らかく話す。しかし伯爵には、逆にそれが気に食わなかったらしい。
「それは結果論だ! 破壊行為というのは一つ基点が出来ると、そこから広がっていくものだ。小さな罅の入った堤防が見る間に決壊するように」
自分の弁に自信があって酔っているのか、語気は強いものの、声は抑えられていった。
「ご婦人には理解出来ぬかな!」
と思いきや、また最大音量で怒鳴る。
戦場で激をとばせば、奮い立つ兵士は多いのかもしれないな。
これがボクに直接向けられていたら、間違いなく怯んでしまっただろう。
でも夫人には、全くそんな雰囲気はなかった。毅然としながらもまだ穏やかな様子で、「恐れながら」と話し始めた。
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