第50話:ワシツ邸への贈り物

 広大と言って差し支えないカテワルトの港が、煌々と照らされた。たくさんの篝火によるものだ。


 そろそろ日も変わろうかという時間になって、岸壁からいきなり帆を張って出て行く漁船があれば、ましてや逃げた山賊が潜伏中となれば、そうもなるだろう。


 町そのものが外洋に突き出したような格好のカテワルトでは、夜になると海に向けての風が強く吹く。その風に乗って先行している帆船を捕まえるのは、いかに海軍の快速艇でも難儀するのは間違いない。


「何かあったんですか?」

「逃げてた山賊どもが、船で海に出たらしい。捕まるのは時間の問題になったな」


 カテワルトの北門と岩盤回廊の間に設けられている、通関の兵士はそう言った。


「そうなんですね。やっと安心して眠れます」

「確かに住民には心配をかけたな。だが今のところは何の被害も届いていない。言った通り、もうすぐ捕まるしな」

「海軍の皆さんのおかげです。ありがとうございます」


 最後のお世辞は余計だっただろうか――いや、返事こそしてくれなかったものの、兵士はまんざらでもない顔をしている。


「それで、これを全部ワシツ邸に? 多いな」

「アレクサンド商会の荷ですから。何かのお礼だそうですよ」

「はあ。あのアレクサンドが恩義に感じるなんて、どんな豪儀な話やら」


 ボクが御者を務める幌なしのエコリアには、木箱が満載されていた。ぎちぎちと音を立てるロープがなければ、すぐに引っ繰り返りそうなほどだ。


「それはよく分かりませんけど。中身は果物とか香辛料と聞いてます」

「うはっ。中身も豪儀だ」


 驚いた顔の兵士はそれでも役目を忘れず、荷台に上っていくつかの蓋を開けていた別の兵士に「どうだ?」と声をかけた。


「これを全部調べるのか?」


 聞かれた兵士が面倒そうに答える。積んでいる木箱を全部調べるなら、一度全部を下に降ろさなければ不可能だ。一つ一つの木箱はキトンを二、三匹入れられるくらいなので、数で言えばかなりのものだ。


「構わんだろう。そもそも人が入れる大きさじゃなし、山賊が逃げるのにこんな金も使えないしな」

「じゃあ問題なしだ」


 検分役の兵士が開けた蓋を元に戻すのを確認すると「手間をかけたな」と送り出してもらえた。


 エコリアをゆっくり走らせて回廊に入り、かなり離れたところで息を「ぶはあああっ」と吐き出した。

 頭の中が真っ白な状態で、よく受け答えが出来たものだ。意外とそういうセンスがあるのだろうか、ボクは。


 木箱の揺れてぶつかる音しかしない荷台を振り返って、また溜め息を吐いた。

 ――それから何ごともあるはずがなく、首都の南門の前に到着した。しかしそこも、カテワルト側で貰っていた検分済みの札を渡すことで、あっという間に通り抜ける。


 ワシツ邸までの道も、ちゃんと覚えていた。内壁を二枚越えて、生垣に囲まれた邸宅に迷わず辿り着く。門の前を通り過ぎたところでエコリアを止めた。


「アレクサンド商会からお届け物です。そこで荷を降ろしても大丈夫ですか?」

「アレクサンド? 聞いてないが――確認してこよう。荷は先に降ろしておいていいぞ」


 二人で立っている門衛に言うと、一人が敷地の中へと入っていった。もう一人はもちろんそこから動かず、ボクが荷を降ろすのを手伝ってくれるはずもない。


 御者席に戻って、すぐ後ろの木箱をいくつか抜き取る。ランタンの明かりで、中に詰め込まれている山賊たちが折り重なっているのが見えた。


「出てください」


 小声で言うと、詰め込まれた時とは反対の順番でもそもそ這い出てくる。中々機敏にとはいかない体勢だったろうに、ささと出て来た四人はすぐに姿を消した。


「助かった。必ず礼はすると団長さんに伝えておいてくれ」


 最後に出て来た親方も、渡したタガネをしっかりと握って口早に言うと、夜の中へ消えていった。


 団長が教えてくれた排水路まで、無事に辿り着ければいいけど……。


 さて――心配は尽きないが、検分さえ嫌がられた山のような木箱は実際にそこにある。


 これを一人で降ろすのかあ……。


 手早くロープを外したボクは、怪しまれないうちに荷降ろし作業に取り掛かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る