第47話:団長を探せ
シャムさんの行く先には、心当たりがある。まず多いのは、酒場の裏口。それも女性従業員の多い店。この時間なら、今から店に出る人や休憩の人が居るだろうから確率は高い。
そうは言っても、酒場はあちこちにある。全部回っていては、団長を探すどころではなくなってしまう。
こんなことならシャムさんがどこの女性を可愛いと言っているか、真面目に聞いておけば良かった。
適当に聞き流していた微かな記憶を頼りに、シャムさんの口から出たことのある名前の店を回った。
「おおアビス。どうした」
十軒目で、何とかシャムさんの姿を見つけた。それも途中の路地で偶然に出会った、何人かの団員から目撃情報を得てのことだが。
「シャムさんこれは一体――」
それはいいとして、この有り様はなんだ。ボクは言うべき言葉を暫し見失った。
「混ざるか?」
「――いえ、遠慮しておきます」
シャムさんの首に回された、肌も顕わな女性の腕。シャムさんの腕の先は、相手の腰どころか尻のほうへ伸びている。
しかもそれが一人でなく、シャムさんの周囲には全部で五人の女性がしなだれかかっていた。
皆さん知ってますか、一応ここは屋外ですよ。
「あら、アビスくんだったかしら。何か大事なお話?」
中の一人がボクの名を知っていた。確かに以前にもこの人とは会ったことがある。
「いえ、団長を知らないかと」
「団長? いやもうだいぶん前に別れたな。どこへ行くとも聞いてない」
「そうですか、困ったな……」
シャムさんを探すのにも思った通り走り回らされたが、団長の現在地もその道中である程度分かると思っていた。シャムさんと一緒に居る可能性も高かったのだ。
その両方の当てが外れ、どう探したものか見当もつかなくなった。あの人の行動は全く読めない。
「すぐに会わないとまずいのか?」
「いえ、そこまでではないと思うんですが。出かけていた時のことを、すぐに話しておけとトイガーさんが言ったもので」
「トイガーがか」
内容はともかくトイガーさんが言ったということで、シャムさんは引っ掛かったらしい。目を瞑って少し考える素振りをした。
そうやって真面目な顔をしている時くらい、女性の体をあちこち触るのを休んではどうかと思うけれども。
「もしかしたら詰所のほうかもな」
「港湾隊のですか?」
この町で詰所と言えば、海軍内の組織である港湾隊の詰所しかない。この分かりきった質問は、ボクたちの職業でどうしてそんなところに行くのかという意味だ。
「色々物騒だからな」
「はあ、そうですか。よく分からないけど行ってみます」
「おう」
カテワルトは遊興の街として、交易の街として、それから美食の街として有名だ。そういうところではやはりトラブルは多い。それにフラウが襲われた山賊のこともあって、物騒というのは間違いない。
でも今更それで詰所に行って、情報交換でもあるまいし。
そうは思ったが、シャムさんの周りの女性たちがボクに遠慮してくれているのが伝わって、退散せざるを得なかった。
「ありがとうございました」
シャムさんにも女性たちにも言って立ち去ろうとすると、「ああ」とシャムさんに呼び止められた。
「一人で行くなら気をつけろよ」
「はあ――」
呼び止めてまでどうしたのか訝しくは思ったが、振り返った時にはもうボクの口からは形容しがたいほどに絡み合っていた。何がとは言わない。
あれもあの人の強みだから、何も言えないけど……。
赤面しながら、早々にその場をあとにした。
アジトのある古街区から酒場の多い新街区に来て、今度は公共施設の多い旧街区へ移動した。
海軍の
シャムさんの言には「そんな馬鹿な」と思ってはいたものの、他に当てもないので従ってみたというところだ。
詰所は、旧街区でも古街区寄りにある。歴史的に見れば急激に規模を大きくしたカテワルトだけに、大きな通りを行けばかなり面倒臭い。
でもボクは歩き慣れた裏路地を通って、ほぼ直線で行ける。暗がりをたむろしているキトンたちの間をすり抜け、順調に詰所へ向かっていた。
「ん?」
走り抜けた後ろから、口笛のような音が聞こえた。かなり離れたところだったから、ボクとは関係ないかもしれないが。
なんて、それは希望的観測が過ぎる。
口笛のあと、ボクを追う足音がいくつか聞こえた。ただそれは、ボクの脚に追いつけるものではない。
いつかの黒い集団か? あの人たちなら、ボクを追う理由はないはずだけれど。
足音からは追いついて取り囲もうという意思が、明確に読み取れた。このままであれば問題ないが、この先には詰所がある。速度を維持することは出来ない。
最も近い大きな通りに向けて方向を変え、速度を上げた。
人通りの多いところに出て、どこかの店に入ってしまおう。そこからボクも動けなくなるが、まずは落ち着くことだ。
あと二つ。裏路地を抜ければ大通りが見える。そこでボクは、黒い影が高いところから落ちてくるのを見た。
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