第45話:帰り道

 ジューニに滞在中、フラウは毎日休むことなく慰問に出かけた。言葉にすることはなかったが、疲労がだんだんと溜まっていくのが傍目にも分かった。

 朝食の席と、夕食の席。それから、それぞれ自室に戻るまでの僅かな間に会話をする機会はあった。


 でも彼女は自分が疲れていることを認めず、むしろ気を遣ったボクの心配をする始末だった。だから何度目かには、ボクは彼女を気遣う言葉さえ言えなくなった。


 ボクはと言えば、おおよそ毎日、ひなたぼっこをしていた。何か変化のある日もあるかと思っていたら、そのままジューニを離れる日がやってきた。


「道中気をつけてな。また来るがいい」


 朝食を食べてすぐの出発だったので、ワシツ将軍も見送ってくれた。将軍は大きな袋を、手ずからボクに渡してくれる。


「うまいぞ、それを食えば疲れもとれる。夫人に食わせてやってくれ」


 甘酸っぱい匂いのする果物が、たくさん入っていた。そうか、口には出さなかったけれど、将軍も気付いていたのか。


「ありがとうございます。いっぱい食べてもらいますね」


 答えるボクの手をしっかりと握ったあと、将軍はエコリアから少し離れて手を振った。

 その隣に直立不動の姿勢を取ったデルディさんが、右腕だけは勢いよく振り始める。


 ボクたちがエコリアに乗り込むのと同時くらいに来たから、フラウと何も話していないはずなのだけれどいいのだろうか。

 フラウはフラウで、ベンチの奥に座って頭を僅かに下げるだけだった。


 御者を務めるエレンさんの「はいっ」という掛け声とともに、エコリアは進み始めた。

 道中は長いので、護衛の二人と併せて三人で御者を交代してやってくれるのだ。


 ワシツ邸が見えなくなると、フラウは天井を見上げて「ふう」と息を吐いた。

 役目が終わって、やっと一息吐けたということかな?


 そう思ったけれど、また「違うわ」なんて言われても悲しいので、将軍がくれた果物の皮を剥いて差し出してみた。


「お疲れ様でした」

「――ありがとう。おいしそうね」


 ミリア隊長に選んでもらったナイフは、やっとここで役に立った。購入の意図とはだいぶん違っているけれど、まあいい。

 ゆっくりと果物を食べるフラウに、気になっていたことを質問してみることにした。


「フラウは荘園に帰るんですよね?」

「そうね。首都で一晩くらい泊っていくように言われるかもしれないけど」


 そうか。ワシツ夫人ならそう言うだろう。フラウを大切な友人だと思っているようだし、愛する夫の話も聞きたいだろう。

 ボクまで泊まるわけにもいかないから、そこでお別れということだ。


「帰ったら――荘園では普段、何をしてるんです?」


 考えてみれば聞いていなかった。ボクが全く関わりのない場所で、彼女は何をして過ごしているのか。


「ううん――取りたてて言うほどのことはなにもないけど。薬草の世話をして、家を見てくれている侍女が二人居るから、その子たちとお茶を飲むくらいかしらね」


 フラウは「つまらないでしょう?」と自嘲した。「そんなことはないですよ」と否定はしたものの、そのあとに言うことが何も思いつかなかったので説得力はない。


「夫人の荘園までであれば、当家に言ってくれればお送り出来るのではないかな」


 それまで黙っていたコムさんが言った。突然に何をと戸惑っていると


「あそこまでは、都合のいい公共エコリアもないからな。時々であれば遊びに行っても良いでしょうか、夫人?」

「ええ、もちろん。出来れば事前に文は欲しいけれどね。料理も何も用意出来ないわ」


 微笑むフラウを指して、コムさんは「だそうだ」と言った。どうやらボクが、別れを惜しんでいると思ったらしい。その割に別れたあとのことを何も言い出せないでいると。


 それは否定しない。でもすんなりと「そうなんですよ、ありがとうございます」とも言えなかった。言ってはいけない気がした。


「分かりました。迷惑にならない時期を見て、ワシツ夫人に相談してみます」

「待っているわ」


 フラウが頷いて、エコリアはそのまま往路と同じく、何ごともなく街道を進んだ。

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