第37話:軍事拠点

 ジューニへは、総勢で六人の旅路になった。

 フラウとセクサさん。護衛のコムさんとタトスさんに、メイドのエレンさん。それとボクだ。


 とはいえ道中のほとんどは、大きな街道であるアーストゥードと宿場を辿るだけだ。だからこれといったトラブルは、途中で野獣の群れに出会ったのが一度あっただけだった。

 しかもそれさえ護衛の二人が、すぐに夕飯のおかずにしてしまったくらいだ。


 だからつまり七日の予定はその通りに進み、ジューニは目前となった。


 この林を抜ければジューニが見えると言われて、しばらく走ったあと、コムさんに「前を見てみろ」と言われた。

 どんな街並みが見えるのかと期待して、素直に窓から顔を出した。


「う――」


 どんな光景だろうと想像を膨らませていたボクだったが、まず最初に声を失った。そして次の瞬間


「うあああああ!」


と、絶叫した。


 なんだこの町は。ボクの乏しい語彙では、すごいとしか言いようがない。


 今までに見たこともないくらいに高い城壁。その向こうに見える、更に高い尖塔。城壁と尖塔とを結ぶ、いくつもの橋。

 城壁の外は、これもまた見たことがないくらいに広い堀があって、水面は太陽の光を眩しく反射していた。


「期待以上に驚いてもらえて光栄だ」


 うははと笑うコムさんの横で、ボクは尻もちをつくようにベンチに座った。


「何ですかあれは。まるで町の全部がお城みたいです」

「そうさ。だからみんな言ってるだろう、要塞都市だって。あれは町じゃなく、丸ごと全部でジューニ城なのさ」

「それは、納得です――」


 呆然としていたボクの視界に、フラウの姿が入っていることに気が付いた。

 彼女はボクを興味深げに見ていて、顔を向けると、くすっと笑った。とても気恥ずかしくて、急いで会話を探す。


「フラウは、前に来たことが?」

「ええ、二度目ね」


 優しく頷くフラウは窓から前方を覗くようにして、続けて言った。


「でもやっぱり、この威容には圧倒されるわね」

「――そうですよね」


 気を使って言ってくれたのか、本当にそう思っているかは分からなかった。でもその言葉を肯定することに、自分の見栄以外には邪魔するものはなかった。


 ――それから間もなく、エコリアは堀に架かる橋を渡り始めた。木製だが重厚な造りらしく、不安定さを感じさせる揺れは全くない。

 そのまま、入門を待つ短い列に加わった。


「ここは正面から入るんですね」

「ん――? ああ、そうだな。主に通るのは東西の門に絞ってある。別の入り口から入れるのは、基本的に軍関係だけだ」


 首都やカテワルトでは、貴族も優先的に入れることをボクが言っているのだと、コムさんはすぐに気付いた。



「いかにも軍事拠点って感じですね」


 順番はすぐに回って来た。

 ワシツ家のエコリアに乗って、コムさんたちも乗っているボクたちはすぐに通れるのだろうと思いきや、綿密に調べられた。


 これが最前線か……。


 聞いたところでは、やはり隣国とは休戦協定が結ばれているらしい。それでもこれだけ軍事的な面を前に出した都市に、不定期に訪れる人は少ない。

 だからといって定期的に訪れる人たちの扱いが簡易になるわけでもないみたいだけれど、ともかく人も物も、しっかりと調べられた。


「これでも今は簡単になったほうさ」


 無事に門を抜けて中央に向かう途中、コムさんは言った。調べている門衛の人とも、親しく話していた人が言うと説得力がある。


 やがて、いかにも砦という雰囲気の建物に着いた。


「ここが敵地だったころ、我々の拠点は唯一ここだけだった」


 何とも重々しい紹介に、思わず唾を飲み込んでしまう。


 うん? ワシツ家の招待ということは、まさかここに寝泊まりするのか。


 どこで寝起きするか、そういえば全く聞いていなかった。ここまで散々に軍事、軍事と言われてきたから、泊まる施設なんて他にないと言われれば断る気はない。

 でも、ボクの職業的に大丈夫なんだろうかとは思う。それにそんな重要な拠点の中核に、ボクみたいにお気楽な人間が滞在していいものかと躊躇する思いもあった。


「ではワシツ邸へ行こう。お二人とも、そこへ宿泊していただくようにと言いつかっている」


 あ――なんだ。


 さすがに前の戦いから年月が経てば、太守の住む場所くらいは余所へ用意するか。

 自分で勝手に追い詰められた気持ちに、ボクは落ち着きを取り戻すことが出来た。

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