第24話:瓦礫の山
一夜が明けて。
いやあまり早朝でも怪しいので、朝市が終わるくらいの時間。ボクたちのアジトがあった建物を見にやってきた。
「おい、こっちを手伝ってやってくれ! 遊んでんじゃない!」
建物の倒壊は珍しくも何ともないが、それが爆破によるとなれば過去に例を見ない。調査のために港湾隊が現場を掘り起こしていた。
「ミリア隊長が来てますね」
「真面目なお姉さんみゃ」
肩書きは小隊長だっただろうか。五十人くらいの部下を叱咤して、自身も走り回っている。
彼女と顔を合わせるのも何なので、ボクたちは隣の建物の屋根の上に居た。最も背の高い建物だった、アジトがなくなって見晴らしはいい。
「お姫さまはいいのかみゃ」
「宿で朝食は出るんだそうです」
いつも適当っぽいトンちゃんは、意外とこういう気を遣ってくれる。ボクの答えに納得して「そうかみゃ」と、また建物の跡へ視線を戻した。
別に港湾隊の調査を邪魔しに来たのではない。いくら調査されたところでボクたち個人や、ミーティアキトノがここに居たと証明出来る物は何もない。
キトンにしては長すぎる体毛はたくさん落ちているだろうから、それで推測は出来るかもしれない。しかしそこが限界だ。
「本当に上から下まで、全部ぺしゃんこですね」
「すごいものみゃ」
昨夜このアジトに居た団員の数は、そう多くなかった。しかしそれでもあの老人の言った通り、手傷を負わされていた数人を助けて避難するには、余りにも時間が短かった。
それでも何とか全員が脱出した。仲間の脱出を最後までフォローし続けて、自分が怪我をしてしまった人は居たが……。
「やっぱり来たみゃ」
トンちゃんが言って、目配せをする。
三つ先の建物の屋根に、跳ねるようにして登ってきた人物が居た。昨夜は顔も髪も晒していなかったが、恐らくあれはクアトだろう。長い髪が靡いていた。
彼女は迷いなくボクたちのほうへ屋根を飛び移って、握手も出来そうなくらいに近くまでやって来た。
「お久しぶりい」
「何時間かしか経ってませんよ」
クアトは昨夜と同じく黒い服ではあったが、ドレープのついたスカートの落ち着いたワンピースを纏っていて、かなり印象は違っていた。纏わりつくような喋り方はそのままだけども。
トンちゃんはそもそもクアトに会っていないと思うのだけれど、どうして分かったんだろうか。
――この時間にこの場所で、あの身軽さでボクたちに近づいてくる人間なんて限られているか。
「何しに来たみゃ」
「取引だよ」
団長が言っていた。昨夜の相手とこれから何度か接点があるとすれば、次に示してくる対応は交渉だろうと。
懐柔策か、不干渉か、その中身までは予想がつかないとも言っていたが、まずはずばりと的中している。
「お前たちも日陰者なんだろう? あたいたちもそうさ。だからあたいたちのご主人は、お前たちと協力したいと仰ってる。昨夜の手並みも見事だったしね」
こちらが怪しんで黙っているのを、喋って良いと勝手に受け取ったらしいクアトはそんなことを言い出した。懐柔策を取るようだ。
「何も難しいことはないさ。お前たちは、あたいたちのやることを邪魔しない。あたいたちが何か手伝って欲しい時には手伝ってくれればいい。もちろん報酬だって支払うさ。どうだい、中々に破格じゃないか」
確かに破格だ。こちらの動きには制限が加わって、向こうにとってはいい使い捨ての駒になる。
「それは、そっちが動く時には教えてくれるって話かみゃ? でないと邪魔してしまうみゃ」
「そんな面倒なことはしないさ。現場でぶつかった時に、素性を確かめてくれればいい。何なら合言葉でも決めておくかい? それまでに被害を受けるようなやつは、間抜けだったってことでいいよ」
まさかトンちゃん、この申し出を本当に破格の好条件だと思っているのか? その質問は乗り気だとしか思えなかった。
現にクアトも顔に貼り付いた、にやにやとした表情を増している。
「これは交渉だからね。いい話ってのはすぐに尻尾を掴んでやらないと、すぐに逃げてっちまう。でもまあ、あんた達もリーダーの意見くらい聞かないといけないだろう? 一時間くらいなら、待ってやるのもやぶさかじゃないよ」
「その必要はないみゃ。そっちの言い分は了解したみゃ。好きにするといいみゃ」
「ちょっとトンキニーズさん!」
思わず制止の声をあげてしまった。でもこれは仕方がないだろう。どう考えたって、相手はこちらをいいように使おうとしている。
――いやそれならば、まだいい。こちらの動きを制限して、適当に使い潰して、どこかの段階で壊滅させようとしているのかもしれない。
けれどトンちゃんは鋭い視線を走らせ「お前は黙ってるみゃ!」と、切って捨てた。
「意見はまとまったようだね? 交渉成立だ。また次の連絡はこちらからするよ」
笑い面のように、クアトは口角を大きく上げた。背筋が寒くなるようなその笑いは、似たように下卑たものを最近見たような気がする。
「ああそうだ。次に連絡する時は、引っ越し祝いでも贈ろうじゃないか。欲しい物はあるかい?」
「それも好きにするみゃ」
一応はトンちゃんも返事をしたが、こんなものは端から皮肉だ。
その事実を嘲笑うように低く笑いながら、クアトは屋根伝いに少し先の建物まで行って、姿を消した。
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