第16話 記憶にございません

 口に手を当ててプルプルと震える俺を見て、キールの顔から笑みが消えた。


「おい、舐めてンのかデカブツ」

「舐めてません! ただ口の悪いチビッコにいきなり『おれの事知ってるよね?』的な態度取られて『こいつ自意識過剰なストーカーの類いか?』って思ってビビってるだけですぅ!」


 身体を縮こまらせてプルプル震える俺を見て、キールはピクピクとこめかみをヒクつかせる。


「ハッ! 図体ばかりデカくなって頭の方は空っぽなのかよ、見てくれ通りのバカだなお前」


 俺の態度の業を煮やしたキールは鼻で笑いながら挑発してくる。しかし身長タッパが俺の半分しかないもんだからぜーんぜん怖くない。

 

「うるせぇクソガキが、知らねぇもんは知らねぇんだよ。てかマジで誰なんだお前はよぉ」

「んなっ……!」


 スッと態度を入れ替えた俺に、キールは面食らった様子だった。俺達のやり取りにリーリエ達は完全に置いてけぼり、ガレオは必死に笑いを堪えていた。


「ふざけんなよデカブツ! てめぇが紫等級のおれ相手に生意気にも喧嘩売った事忘れたのか!?」

「は? それいつの話?」

「てめぇらが斬刃竜ハガネダチを討伐して帰ってきた時だよ!」


 ヘラヘラした態度が完全に消え失せたキールに捲し立てられ、俺は首を傾げる。斬刃竜ハガネダチを討伐して《ミーティン》に帰ってきた時の話……?


「おい、おいムサシ」

「んあ?」


 考え込む俺にガレオがボソボソと話しかける。


「お前、まさか本当に忘れたんじゃないだろうな」

「…………」

「マジかお前……」


 笑いが呆れに変わり、ガレオが溜息を吐く。いやそんな事言われたって覚えてねぇんだもん。


「む、ムサシさん。一体何があったんですか? お話を聞いている限り、えっと……キールさんとは面識がある筈なんですよね?」

「らしいんだよなぁ」

「何で他人事なんですか……」


 当時の流れを全く知らないリーリエは困惑していた。コトハも首を傾げ、ラトリアは手に持ったままの皿の料理をもりもりと食べている。


「はぁ……オレの方から説明するとだな。以前お前達が斬刃竜ハガネダチを討伐して帰還した際に、ムサシこいつとキールが少し揉め事を起こしたんだ。直ぐに収まった、というかシンゲンさんが収めてくれてその場は解散したんだが、キールは忘れていなかったし納得もしていなかった……って事で良いか? キール」

「……まぁ、そういう事ッスよ」


 ガレオに問われ、キールは憮然と答える。ほう、同じ紫等級でも序列的にはガレオの方が上っぽいな。


「なるほどなぁ、そんな事があったのか」

「ムサシはん、自分の事やのに興味無さそうどすなぁ」

「だって実際そうだもん。毛ほども興味無ぇ」


 鼻をほじりながら俺が答えると、びゅうとキールの身体から僅かに風が迸った。しかし俺は構わず続ける。


「つーかよぉ、何となくだけど多分俺がお前を殴るか何かしたんだろ?」

「殴ってはいないな。顔面を鷲掴みにはしてたが」

「あ、そういうパターンか。まぁ兎も角お前らなら知ってると思うけど大体の事を適当に返す俺が手を上げるってよっぽどだぞ?」


 それこそ初めてリーリエとクエストに行こうとしてジーク達に絡まれた時とか、カシマがラトリアを連れて行こうとした時とか。

 若しくは――相手が敵意むき出しで襲いかかってきた時とか。


「察するに、このチビ助は何かしたんだよ。リーリエ達によからぬ事しようとしたとか、俺に斬りかかろうとしたとか。違うか?」

「それは……」

「キールが腰に差していた剣に手を伸ばした瞬間だったな、お前が動いたのは」

「ほれ見た事か!」


 やっぱりな。つか戦闘能力バリ高の紫等級が自分に向かって得物使おうとしたらそら阻止するよなぁ? 正当防衛だよ正当防衛!


「一応補足しておくが、キールが激高したのは等級的に遙かに格下のお前にクソガキ呼ばわりされたからだぞ。最初にちょっとよろしくない態度を取ったのはキールの方だが、双方に悪い点はあった」

「あ、そうなんだ……でも謝らないぞ! 大一番終えてただでさえクソ疲れてる所で敵意向けられたんだ、荒っぽい対応にもなるわ! むしろお前が謝れ!」

「はぁ!?」

「開き直ったなこのゴリラ」


 睨み合う俺とキールに、ガレオは溜息を吐く。リーリエは頭を抱え、コトハは笑いを堪えるので精一杯で、ラトリアは飯を食っている。何だこの状況。


「……いい加減にしろよ。さっきからこのおれ相手にどれだけ無礼な態度を取れば気が済む!」

「だったら敬意を示されるに相応しい立ち振る舞いしろよ。人が仲間と美味い飯食ってる時に横やり入れてデカブツ呼ばわりして、言い返されたらそうやって癇癪を起こす。クソガキそのものじゃねーか」

「てめぇッッ!!」


 遂にプッツンと切れたキールから暴風が迸った。

 こんなに人がいる場所で正気か? 周りの来場者達も盛大に驚いてるわ、どうすっかなこれ殴って気絶させるか?


「おいキール、やり過ぎだ阿呆!」

「うるせぇ!」


 険しい顔つきになったガレオの制止を振り切り、キールは敵意をむき出しにして俺を睨む。


「――何をしている」


 ズンッ、と響く重い険しい声。

 いつの間にそこに居たのか、俺達の側に……ダグザさんが腕を組んで立っていた。ヤベッ!

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