第11話 GMは狸爺

 ◇◆


「お、おい。俺が先頭なん?」

「それはそうですよ。私達のリーダーなんですから」


 観音開きの大きな扉を前にたじろぐ俺を、後ろに控えるリーリエとコトハがぐいぐいと押す。ラトリアは彫金が施された金や銀の装飾がふんだんに施された扉を興味深そうに眺めていた。マイペースだね。

 "グランドマスターと会ってもらう"――そう言ったハンブルさんは、既にこの場にいない。

 俺達だけで部屋に来いとの事だったので案内するだけに留めたらしいが、だからと言ってさっさと引けちまうのはどうかと思う。

 しかし文句を言っても始まらない。トップオブトップから呼び出されたんだから、後に退く訳にもいかないからな。


「あー……よし、行こう」


 腹を括り、俺は扉をノックする。コンコンと硬質な音が廊下に木霊して一泊置いてから、声が聞こえた。


「――入りなさい」


 落ち着いた声音だった。今まで聞いた誰よりも年季を感じさせる声で、持ち主が相当に歳のいっている人物だと分かる。

 許可を得た所で、俺はドアノブを捻る。軋み一つ上げず開いた扉の向こうにあった光景が、俺達四人の目に一斉に飛び込んで来た。

 本、本、本――図書館にでも来たのかと錯覚するほどに視界を埋める大量の書物。左右のバカでかい本棚に収まりきらず、床のあちこちにあぶれた書物が置いてある。

 真正面には、ガレオの執務室に置いてある奴より二回りほど大きな木製の机があった。色合いを見るに、相当長く使い込まれている。

 執務机の上には書物と書類の山。その向こう側の椅子に、一人の老人が腰掛けていた。


「よく来てくれたのう」


 深く皴の刻まれた顔に歳を感じさせる白髪。だがその茶色の両目と体から感じるのは、静かながらも強烈に匂い立つ気配。

 齢を感じさせぬ強者の空気。間違いなく、この老人こそ俺達を呼び出した張本人――グランドマスターだ。


「は、初めまして。えー……」


 やっべ、どんな挨拶したらいいんだ? 学校の校長先生に呼び出されたんとは訳が違う、何て切り出したらいいのか分かんねぇ!

 思考を右往左往させている俺を見て、グランドマスターは少しだけ目を見開いてからくくくと笑った。


「いや、すまんすまん。そんなに緊張せんでもいいからまずは座りなさい」


 こちらの心情を察したグランドマスターはそう言って、自分の対面に用意してあった椅子を指さす。

 これ幸いと俺達はいそいそと椅子に座る。腰を落ち着けた事で、大分心に余裕が出来た。


「悪いのう、わざわざ足を運んでもらって」

「いえそんな……えっと、俺はムサシって言います。初めまして」

「お初にお目にかかります、グランドマスター。リーリエです」

「コトハどす。何卒、よろしゅうおたの申します」

「ラトリア……です」


 各々が頭を下げながら名乗ると、その様子を見たグランドマスターはふるふると首を横に振った。


「いや、そんな畏まる事は無いぞ。今この場には儂とお主達しかおらんわけじゃしな」


 いやそうもいかんでしょと内心で突っ込みを入れる。グランドマスターはは一度咳払いをしてから座ったまま背筋を伸ばした。


「――ダグザじゃ。このセントラルギルドでグランドマスターをやっておる。四人とも、よく来てくれたのう」


 朗らかに笑いながらも、その言葉には全スレイヤーのトップに君臨する重みを感じた。自然とこちらの心も引き締まった。


「さて、今回足を運んで貰ったのには理由があっての……と言っても大した理由ではない。叙勲式を前に一度顔を突き合わせて話をしてみたいと思ったんじゃ」

「はぁ、成程」

「うむ。ところで確認したいんじゃが、ハンブルはもう帰ったのかの」

「そうですね。俺達をここまで送った後、どっか行っちゃいました」

「よしよし、ちゃんと儂の言いつけを守った様じゃな」


 うんうんと頷いてから、グランドマスターは大きく息を吸う。そして吐き出すと、ぐぐっと伸びをした。


「いやー、本当によく来てくれた! 地岳巨竜アドヴェルーサを倒したお主達とどうしても邪魔が入らない状態で話してみたくてのぉ! 年甲斐もなく駄々をこねてハンブルに無理を言ってしもうたわい」

「は、はぁ」


 何だ、様子が可笑しいぞ。今目の前にいるグランドマスターからはさっきまでの威厳は無い。ただの気の良い爺ちゃんって感じだ。

 いや、もしかしてこっちが素なのか? 困惑する俺達を前に、グランドマスターはかっかっかと笑った。


「あ、いきなり笑ってすまんの。一応最初位はグランドマスターとしての威厳は見せとかんといかんからのぅ。舐められても困るし」

「そ、そんな不遜な態度を取ったりしませんよグランドマスター……」

「あーダグザでよいぞリーリエちゃん。長くて呼び辛いじゃろ、グランドマスターって」


 リーリエちゃんって、滅茶苦茶ラフだなこの人! 何か色々と腹括ったのが馬鹿らしく感じてきた。


「コトハちゃんもラトリアちゃんも、ムサシくんも。儂しかおらん時は名前で呼び捨てにしてもらって構わん」

「いや呼び捨ては無理っすよ」

「何じゃ、意外とムサシくんは真面目か」

「意外!?」


 さらっと馬鹿にされた気がするなぁ! この爺さん、間違いなく狸爺の類だ!!

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