第1話 墓参り

 早朝の街の片隅に、二人分の足音が小さく木霊する。数本の花と手入れ道具が入った竹編みのかごを持った俺は、アリーシャさんの先導の元目的地を目指していた。


「あのー、アリーシャさん。ほんとに付いてってもいいんすか?」

「うん? 誘ったのはアタシなんだから構わないよ」


 何でもない事のように言うアリーシャさんだが、俺は内心かなり気まずい思いでいた。

≪月の兎亭≫では特に難しく考えず返事をしたが、改めて考えると俺が付いて行くのはかなり場違いな気がした。何せ内容が内容だからなぁ。


「俺、邪魔になりません?」

「ならないよ。アイツも、いい加減見るのがアタシの顔だけじゃ退屈になってるだろうしね……迷惑だったかい?」

「いや全然!」

「だったら細かい事は気にせず、ちゃっちゃと付いてきな。宿の開店までには帰るんだから」

「うっす」


 にかっと笑顔を見せたアリーシャさんに、俺はそれ以上何も言えなかった。まぁ折角誘って貰えたのだから、これ以上は難しく考えず気楽に行こう。


(……この世界って、念仏とか意味あんのか?)


 がさがさと竹かごを揺らし、俺はそんなどうでも良いようなどうでも良くないような事を考えながら、アリーシャさんに続いて歩き続けた。


 ◇◆


≪月の兎亭≫を出て十分ほど歩いた先に、その墓地はあった。予想よりも大分早く着いたことに驚きながら、実はまだまだ≪ミーティン≫の地理について知らない事が多いんだなと俺は思った。

 夜が明けきらない朝の静寂に包まれている墓地は、とても厳かな空気に満ちている。自然と口を引き結んで背筋を伸ばした俺を率いて、アリーシャさんはずんずんと墓地の奥地へと進んだ。


「この時間いつもは他にも何人か来てるんだけど、今日はアタシ達だけみたいだね」

「ですね」


 耳を研ぎ澄まして周囲の音を探っても、俺とアリーシャさん以外の人間の音は聞こえてこない。視線もまた、整然と並んだ数多の墓石を捉えるだけだった。


「……結構な数ですね」

「そりゃね、この街唯一の墓地だから。もっと規模の大きいところ、それこそ≪グランアルシュ≫くらいの都市になれば、墓地もいくつかに分かれて墓の数も増えるよ」


 墓の数も増える――増えた墓石の下に眠っている人間の中で、はたしてどの位が天寿を全う出来た人間なのか。どの位、帰る事が叶わずにドラゴンの牙にかかったのか……俺には、分からなかった。


「ちょっと、アンタ。何神妙な顔つきになってるのさ」

「ぅえ? 俺、そんな顔してました?」

「ああ、珍しくね。大方、ドラゴンに食われちまった奴等の事でも考えてたんじゃないかい?」

「よ、よく分かりましたね」

「やっぱりね、アンタ自分とは無関係な人間に対して妙に責任みたいなのを感じる時があるから……いいかい、よく聞きな。失われた命はもう戻らない」

「……はい」

「そうやって過去に散った命を哀れだと思うのなら、その感情をしっかりと"今"に向けな。それが出来なきゃ、今を生きる人間を守るスレイヤーはやってけない。引退したアタシはともかく、現役のアンタはそうしなきゃならないんだ。デカい修羅場をくぐり続けて来たなら、アタシの言っている意味が分かるだろ?」


 歩きながら語るアリーシャさんに、俺は頷いた。

 過ぎた命と、生きる命。この過酷な世界でスレイヤーとして生きる俺が優先すべきは、後者だ。過去は過去として割り切る胆力が必要なのだと、アリーシャさんの言葉で改めて実感した。


「……ま、アンタのそういう見てくれに似合わない優しい所はキライじゃないけどね。街にいる時はいいけど、せめてクエストに出てる時はアタシの言った事を思い出して目の前の相手ドラゴンに集中しな。じゃないと、自分だけじゃなくてリーリエ達まで危険に晒す事になるよ」

「肝に銘じます」

「よろしい。さて」


 一通り俺を諭した所で、アリーシャさんは墓地の端っこにある一本の木の前で足を止めた。根元には綺麗に磨かれて白い花が添えてある墓石がある。


「――来たよ、クルス.」


 長いスカートを手でたたみ、アリーシャさんはその場でしゃがみ込む。それに倣って、俺も隣にしゃがみ込んだ。


「今日は客も連れて来たんだ。アタシの宿を長く使ってる客でね、今じゃ一番のお得意さんさ」


 小さく笑って告げるアリーシャさんの声は、穏やかだった。ここに眠っている旦那さん――クルスさんに向けて、俺も口を開く。


「初めまして。えっと……ムサシって言います。アリーシャさんには、リーリエ達共々いつもお世話になってます。あ、リーリエ達っていうのはうちのパーティーメンバーです」

「そう、コイツ等は若い頃のアタシ達と同じスレイヤーなんだ。あの地岳巨竜アドヴェルーサを倒しちまう、型破りでとんでもない連中さ。現役だった頃のアタシ達より、ずっと凄い事をやってる」

「いやそんな事は……」


 ないと言おうとして、俺は口を噤んだ。隣のアリーシャさんが目を閉じて両手を祈る様に握り締めていたからだ。


「……大丈夫だよ、クルス。アンタがいなくなった後も、こうやって人々を守ろうとする連中が大勢生まれてる。だから、心配はいらない」


 そう言って言葉を噛み締めるアリーシャさんの横顔は、今まで見た事がないものだった。溢れ出る心からの祈りを携えたアリーシャさんは、触れてはならない神聖な存在に思えた。


 口を真一文字に引き結んだ俺は、アリーシャさんと同じように手を合わせる。スレイヤーとして生き、スレイヤーとして散っていったクルスさんが安らかに眠り続けられるように――安息を祈った。

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