第134話 魔法少女、卒業

 俺と並べば大人と幼女レベルの身長差があるフィーラ先生だが、背後から鬼の様な気配が立ち上っている所為で寧ろ俺よりでかく見える。端的に言うと、怖い!


「全く! 仲がいいのは結構な事ですけれど、そういう話は二人だけの時にしてください!」

「はい……」

「スイマセェン……」


 仁王立ちでこちらを見上げるフィーラ先生を前に、俺とリーリエは二人揃って頭を下げる。ほぼほぼリーリエの暴走が原因な気もするんだがなぁ。


「なんや、随分と踏み込んだ話してはりましたなぁ」

「……そういった話は、夜に全員でするべきかと」


 ひたすら縮こまっているど、後に続いてコトハとアリアが建物から出て来た。いずれも数人の子供を引き連れており、中でリーリエと同じ様に子供たちの相手をしていたと見える。


「触れるな触れるな、今怒られたばっかなんだから……てかフィーラ先生、もうここで働いてるんですね」

「ええ。早くここの空気にも慣れておきたくって」


 悪戯っぽく笑うフィーラ先生だが、今日に至るまで相当バタバタしていたのを俺達は知っていた。


 魔法科学研究部の一件を経て、フィーラ先生は学院での職を辞していた。カシマ達が起こした一連の騒動に学院の上役達の一部が絡んでいた事が発覚し、事件が解決した後からといってこのまま不信感渦巻く学院に留まっていいものか悩んでいたらしい。

 そんなフィーラ先生の背中を押したのは、魔法科学研究部の研究棟から救出された子供たちの存在だった。

 彼等はみなラトリアと同じ様にして様々な経路から連れて来られた哀れな孤児だ。包み隠さずに言えば、ラトリアが駄目になった時の為のスペアである。

 ラトリアの様に属素喪失症エレメンタルロストを患っている訳では無い事から、もしかしたらカシマは体質を問わず六曜を統べし者エクサライザーを生み出す研究にも着手していたのかもしれない。


 フィーラ先生はそんな子供たちを放っておけなかった。そのまま放置すれば元いた孤児院に戻される訳だが、引き取り手を見誤った場所へ再び帰すのははっきり言って躊躇われる。形は違っても、また同じ様な事件に巻き込まれるかもしれない。

 そう考えたフィーラ先生は大胆な行動に出る。救出された子供たちの身柄を一時的に預かり、全員揃って≪ミーティン≫のこの孤児院に入れるように各所へと働きかけたのだ。

 人数が増える事によって生じる孤児院側の負担を軽減すべく、学院での地位を捨てて自身も一人の職員として孤児院の運営に携わる事を伝え、掛け合った。

 学院で培った魔法医学の知識もあるので、何かあった際には救命救急要員としての活躍も期待できる。孤児院の院長は快諾したそうだ。

 問題は≪グランアルシュ≫から複数人の子供を≪ミーティン≫へと引っ越させる事だった。手続きが面倒な上に、子供を連れだすという点でかなり役所で難色を示されたらしい。

 だが、協議すると言われて追い返された翌日。再び役所へと向かうと、驚く程スムーズに手続きが済んだらしい。どうやら裏で誰かが取り計らってくれたおかげだった様だが、その人物が誰だったのかまでは分からなかったという。


 多分だけど……ガレオだろうな、うん。あいつ何かとフィーラ先生の事気にかけてたし、色々と手を回したんだろう。

 先生はいつかお礼がしたいって言ってたから、さっさと名乗り出りゃいいのに。変なところでカッコつけだよなぁあいつ……ああでもアレか、立場的に大っぴらには言えないのか。圧力掛けたとも取られかねんし。

 ともあれ、そんな感じでフィーラ先生と子供たちは無事≪ミーティン≫へと引っ越せた。ちなみに今の話はフィーラ先生が≪ミーティン≫に居を構えた日、お祝いに≪月の兎亭≫で飲んだ時に聞いたものである。


「見た感じ、子供たちの方は問題なく馴染んだみたいですね」

「そうですね。元々ここにいた子たちが優しい子ばかりでしたから」


 相変わらずわいわいと周囲で騒ぎ立てている子供たちを見て、フィーラ先生は頬を緩ませる。ぶっちゃけると俺には≪グランアルシュ≫からやってきた子とそうでない子の見分けがつかない。まぁ分ける必要なんてないからいいんだけど。


「あれ、そういえばラトリアは?」

「ラトリアなら……」

「いる」

「ホアッ!?」


 突如としてぬっと現れたラトリアを見て、俺は思わず声を上げた。い、いつの間にそこにいたんだよ。そのステルス技術はどこで身に付けたんだよ……。


「……驚きすぎ。少し、傷つく」

「す、すまん。いきなり出てきたもんでつい」


 ぷくっと頬を膨らますラトリアの頭をわしゃわしゃと撫でながら謝った時、俺はラトリアの後をついて来たと思われる二人の女の子を見てある事に気付いた。


「あれ? その子達が抱えてる本って」

「ん……“プリズム☆りりか”。二人が、読みたがってたから」

「……買ってあげた、って訳じゃなさそうだな」


 ラトリアはこくりと頷いて、女の子たちを見る。その瞳には年齢にそぐわない深い優しさが溢れていた。


「……孤児院ここに寄贈しようと思って、持って来たんだけど……この子たちが、すごく興味を惹かれてたから……あげた」

「良かったのか?」


 ラトリアにとってこの漫画は、特別な物だったはず。暗闇の中で小さく燃えていた希望の灯、夢への道しるべ。人生の教科書バイブルとまで言っていたのだから、手放そうと考えたのには理由があるだろう。


「ラトリアは……スレイヤーに、なった。ドラゴンと戦って、たくさんの人達を守る……スレイヤーに」


 ラトリアは子供たちの顔を一人一人確かめ、庭へと視線を移し、そのまま街並みを眺める。活気と共に人の営みを取り戻した≪ミーティン≫の姿が、そこにはあった。


地岳巨竜アドヴェルーサを倒して、たくさんの人達が暮らすこの街を……守る事が、出来た。ずっと憧れてた、主人公りりかみたいに」


 いつの間にか、皆聞き入っていた。一言たりとも聞き逃すまいと耳をそばだてて。ラトリアはとても大切な事を言おうとしていると分かったから。


「夢を、叶えたんだって……思った。でもりりかは、あくまでも空想の中の存在……ラトリアと同じ世界の住人じゃ、ない。ラトリアは、現実に生きてる……一人の、人間として。そんなラトリアが、ずっと夢を見る子供・・・・・・でいる訳には……いかない。背負わなくちゃいけないものが、出来たから」


 ――だから、卒業する。ラトリアはもう、“スレイヤー”だから。


 揺るぎない決意と覚悟が滲む宣言だった。風に乗って溶けていくラトリアの意思表明を聞き、暫く沈黙を保っていた俺達だが……フィーラ先生が、ふっと笑って口を開く。


「……いつの間にか、すっかり大人になったわね」

「先生……ごめんなさい、折角貰ったものだったけど――わぷっ」


 申し訳なさそうに眉尻を下げたラトリアを、フィーラ先生は有無を言わさず思いっきり抱き締めた。突然の事に、ラトリアはばたばたと手を動かしてから「ぷはっ!」と顔を上げた。


「いいのよ、そんな事気にしなくても。ラトリアが決めたのなら、わたしは何も言わないわ」

「……ほんとに?」

「ほんとほんと! それにね、わたしは今とっても嬉しいの。ラトリアの瞳が凄く、輝いてるから」


 フィーラ先生は、少し涙ぐんでいた。この中で一番近くで、一番長くラトリアを見ていたフィーラ先生だからこそ……力強く、今を生きているラトリアの姿を見て、万感の思いがこみ上げてきたのだろう。


「さて! せっかく皆さん揃って来てくれた訳ですから、ぜひ子供たちと遊んでいってやって下さい。院長やわたし、他の先生たちが食べ物と飲み物を用意していますので」

「え、別にそこまで気を遣って貰わんでも」

「いいからいいから!」


 ぐいっと目元を拭ってラトリアを解放したフィーラ先生は、溢れんばかりの笑顔を見せてから建物の中へと消えていった。


「……いい恩師もったなぁラトリア」

「ん……ラトリアの、自慢の先生」


 ふんすと胸を張るラトリアを見て、俺もリーリエもアリアもコトハもくすりと笑った。


「つーわけだから! 目一杯遊んだるぞガキんちょどもぉ!!」

「「「「わぁぁああーーーー!!」」」」


 声を張り上げれば、大人しく事の成り行きを見守っていた子供たちが一斉にわき立つ。その熱気を全て受け止め、俺達は全力で日が暮れるまで子供たちの相手をし続けたのだった。

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