第133話 孤児とゴリラ

≪ミーティン≫のギルド。避難民の帰還がほぼ完了したのに合わせて、ギルドにも活気が戻り一階のホールは数多のスレイヤーで溢れかえっていた。

 その活気は地岳巨竜アドヴェルーサ襲撃以前の――否、それ以上のものだった。開拓以来の危機を乗り越えた事にみな気持ちが昂っているのかもしれない。

 そんな中、俺はこそこそとガレオの元を訪れていた。ひょっこり正面から堂々と入ろうものなら、あっという間に他のスレイヤー達がわらわらと寄って来るからだ。


「だからといって、窓から入って来る奴があるか!」

「しょうがねーだろ、下通れねぇんだもん」


 トントンとつま先で地面を叩きながら珈琲の入ったカップに口を付ける俺を見て、ガレオは「はぁ」と溜息を吐く。

 咎めながらも俺の話を聞き飲み物まで用意してくれるあたり、人が良いよな。スレイヤーや職員達に慕われる理由も分かる。


「……で、今日は一体何の用だ。世間話でもしに来たのか?」

「まさか。ただでさえこのクソ忙しい時期にわざわざギルドマスターを雑談で拘束しに来たりなんかしねぇよ」

「ほう、お前でもそんな気配り位は出来るんだな」

「うっせ」


 ガレオの皮肉に軽口を返して、俺はぐいとカップを呷って中を空にする。それから壊さない様に気を付けながらカップをガレオの執務机に置き、口を開いた。


あの女カシマは、どうなった」


 細かい前置きを抜きにして、俺はガレオに問う。一時の空白を置き、ガレオは視線を細めた。


「身柄は、既に≪グランアルシュ≫に移送された。ただ裁判自体はまだ始まっていない」

「順番待ちか?」

「そうだな。今回の件に関しては、関わっていた人間が多すぎる。廃人・・よりも先にまずはそっちという訳だ」

「廃人?」

「ああ」


 珈琲を口に含みながら頷いたガレオに、俺は首を傾げる。カシマの症状の進行度合いが俺の予想よりもずと早かったからだ。


「……まだまだ、猶予はあると思ってたが」

「オレもそのつもりだった……が、実際はそうじゃなかった。事情を伏せて診せた医者によると、本人が無理をして記憶を思い出そうとして脳に過度な負荷がかかった結果、かえって記憶とそれに連なる人格の崩壊を悪化させたのかもしれないという話だった」

「成程ねぇ」

「……不満そうだな」

「そりゃあな」


 あいつには、じっくりと死の道程を辿ってもらうつもりだった。それこそ十年以上の時間を掛けて、ゆっくりと。

 ラトリアが苦しみに喘いだ時間から考えれば、最低でもその位は必要だろう。だが実際には、一ヶ月にも満たない間にカシマという人間は死を迎えてしまった。


「まぁなっちまったモンは仕方がない。納得出来なくても、納得するしかないわな」

「ほう、なら物分かりの良いお前にもう一つ話しておく。恐らくだが、カシマは牢屋には入らない」

「は? 何で?」


 さしもの俺も、異を唱えずにはいられなかった。牢に入らないのならば、折角捕まえたのに野放しになってしまうじゃないか。だが、すぐに俺は察する。


「……病院か」

「ご名答。現状のカシマは、一人では身の回りの事一つ出来ない。着替えや食事はおろか、排泄さえも。流石に看守にそこまでやらせる訳にはいかない。だから、裁判が終わったのち≪グランアルシュ≫郊外にある精神を病んだ罪人のみが入れられる治療院に身柄を預ける事になるな」

「あー……そうか、そりゃそうなるよな」


 ガックリと頭を垂れて、俺は深く息を吐く。その辺の扱いは日本あっち異世界こっちも大して変わらないらしい。嫌になるねぇ、全く。


「他に聞いておきたい事はあるか?」

「いや、もう大丈夫だ。悪かったな、時間取らせて」

「構わん。いずれ伝えておかなきゃならない事だったからな……これから用事か?」

「おう。リーリエ達待たせてる」

「なら行け」


 しっしと手を振るガレオにひらひらと手を振り返し、俺は入って来た場所から外へと飛び出る。後ろから「だから窓を使うな!!」と怒号が聞こえたが、気にしない事にしよう。


 ◇◆


 ギルドから十分ほど歩いた場所に、とある建物が建っている。緑が生い茂る広めの庭を備えており、一般的な家屋とは少し違う建物だ。

 立派な庭では、何人か子供たちが遊んでいる。それを横目に見ながら、俺は入口にある門をくぐった。


「あ、ムサシさん!」

「よ」


 迎えてくれたのは、リーリエだった。その周りには数人の子供たちがいて、突然現れた大男にぎょっと目を見張っていた。


「ギルドでの用事はもう済んだんですか?」

「おうよ、少しガレオと話しただけ――」


「「「「ゴリラだ!!!!」」」」


 話の途中で、周りにいた子供たちが声を上げる。そして一気に俺の周りに纏わりつき、ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。


「うぉっ、ちょ!?」

「すっげー! でっけー!」

「囲め囲め!」

「登れ登れ!」


 止める間もなく、子供たちは俺の体をよじ登り始める。慌てて体の向きや角度を調整する俺を見て、リーリエはくすくすと笑った。


「良かったですね、ムサシさん。人気者じゃないですか」

「他人事だなオイ!」


 盛大に突っ込みながらも、内心嫌な気持ちはしなかった。大体怖がられる事の方が多い俺にとって、この状況はかなり新鮮だったからだ。


「この子たちはムサシさんの事を怖い人だとは思っていないみたいですね」

「こいつ等位の歳だと何でも好奇心の対象だろうし、大人と違って見た目とかあんま気にしないのかもな……あっコラ! ズボンずり下げようとすんな!」


 しっちゃかめっちゃかに人の体を弄ぶがきんちょ共の相手に四苦八苦しながらも、自然と笑みが零れる。


 ――ここは、俗にいう孤児院だ。早くに親を亡くして身寄りが無くなった子供たちを預かり、勉強を受けさせるとともに里親を探す場所である。

 殆どは、竜害によって親を喪った子供たちだ。病気や不慮の事故で孤児になった子もいるが、割合で言えば圧倒的に少ないと聞いている。

 今こうして見る限り、とてもそんな過去を背負っているようには見えない。それはきっと、この子たちがひたむきに前を向いているからだろう。ドラゴンによる人死にが絶えない世界だからこその強さ、とも言えるかもしれないな。


「あれ、そういえば他の三人は?」

「中で他の子供たちと遊んでいますよ。ムサシさんの声は聞こえている筈ですから、多分出て来るんじゃないでしょうか。にしても……」


 リーリエは言葉を切って、まじまじと俺の姿を見詰める。何故だか、妙に熱が入っている気がするがどうしたんだ?


「……いつか私も、母親になるんですよね」

「へ?」

「あっ!? い、いえその……将来! 将来の話です! 今すぐにって訳じゃないです!!」

「そ、そりゃ分かる! ただちょっとこう、グッと来ただけだ!」


 やべぇ、リーリエがあまりにも男心を刺激するような事言うもんだから脊髄反射で俺も言葉返しちまった。これは、悪手だ!


「っ!? あ、あのっ! ムサシさんが望むなら、私は今すぐにでもいいです!!」

「いやそこで話し続けんなよ! 迂闊な事口走った俺も悪いけれども!!」


 顔を真っ赤にして目をぐるぐると回すリーリエとそれを沈めようとする俺を見て、子供たちは首を傾げる。すると、建物の扉がバーンと開け放たれて中から女性が飛び出してきた。



「――貴方達! 子供たちの前で何という話をしているんですか!!」



 明らかに怒っている様子でずんずんと歩いて来たのは、魔法科学研究部で起きた一連の事件に深くかかわって来た人物――フィーラ先生だった。

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