第98話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ 16th.Stage

 ざちっと、地面を踏み締めてラトリアは己の体をしっかりと固定する。

 一度は地岳巨竜アドヴェルーサの殺気に気圧されたが、リーリエに勇気づけられたお陰で何とか持ち直した。

 そこで、ラトリアはふっと考えた。リーリエの手助けがあったとはいえ、こうして既に順応・・し始めている辺り、やはり自分は普通では無いのだろうなと。


(っ、そんな事考えてる場合じゃ……ない)


 感傷に浸りかけた頭をぶんぶんと振り、ラトリアは詠唱の体勢に入った。


第三拘束式サードリミット解除レリース


 機械的に口上を紡げば、バラけていた魔力が再び収束を始める。

 今、遠くに映っている地岳巨竜アドヴェルーサは怒りの咆哮を上げた体制のまま固まっている。つまり、相変わらず大口を開けたまま喉の奥をこちらに向けたままという事だ。

 絶好の好機チャンス。ムサシ達から念話は飛んで来ていないが、このタイミングを逃す手はない。


魔力充填マナチャージ開始セットアップ


 体の周りに風が吹き始め、展開したマジカルロッドの砲身が光を帯びた。


トゥリアズィオエナ……魔力充填マナチャージ完了コンプリート


 五体に流れる六属性結合魔力が圧縮され、瞬く間にマジカルロッドへと満ちていく。合わせて、右眼の望遠魔法がキュイと音を立てて、地岳巨竜アドヴェルーサの咥内をロックオンした。


 ――その時、ラトリアはある異変に気付く。


「……えっ?」


 望遠魔法越しに飛び込んで来た光景に、ラトリアは呆気にとられた。

 巨大な地岳巨竜アドヴェルーサの口が、更に大きく・・・・・開かれている。それこそ、地岳巨竜アドヴェルーサ自身の体高を上回る程に。

 リーリエもまた、それに気づいていた。魔法を維持しながらも、困惑した様子で声を上げる。


「な、に。あれ」

「わ、わかんない……」


 太古の巨竜を相手に気を引き締めたのも束の間、めまぐるしく変動する事態に二人は言葉を失うほか無かった。


(わからない……わからない事、だらけだ。でも……凄く、嫌な予感がする……!)


 ざわざわと全身を包み込む不穏な気配に、思わずラトリアは体をぶるりと震わせる。不幸な事に、その予感は外れていなかった。

 ぼうっと、地岳巨竜アドヴェルーサの口の奥が薄緑色に光る。それを見た瞬間、リーリエとラトリア、双方の血が凍った。

 リーリエ、ラトリア共に魔法を主体とする戦い方を取る故に魔力には非常に敏感である。そんな二人だからこそ、地岳巨竜アドヴェルーサが何をしようとしているのかを直感的に察する事が出来た。


「まさ、か……竜の吐息ドラゴンブレス――」

「リーリエ、どいて!!」


 ラトリアの怒号に、リーリエは弾かれた様に真横へと跳ぶ。そして、ラトリアは間髪入れずに詠唱を完成させた。


「――【六華六葬六獄カタストロフィー】っ!」


 叫びとも取れる詠唱によって、マジカルロッドに貯め込まれた魔力が解き放たれた。



 ――――キィィイイイイイイイイイイイイン!――――



 ジェット機のタービン音を思わせる甲高い音と共に、極彩色の光線が一直線に地岳巨竜アドヴェルーサへと突き進む。地面に足を沈み込ませながらも、ラトリアは片時も地岳巨竜アドヴェルーサから目を離さなかった。


 竜の吐息ドラゴンブレス……そう、あれは間違いなく竜の吐息ドラゴンブレスの前兆だ。喉の奥に見えた超濃密な魔力が、何よりの証。

 地岳巨竜アドヴェルーサは自然災害と認定されてしまう程の強大な存在ではあるが、その正体はれっきとしたドラゴンである。当然、他のドラゴンと同じ様に竜の吐息ドラゴンブレスを扱えてもおかしくはない。

 だが、アレは既存の竜の吐息ドラゴンブレスとは訳が違う。技としての規模が、あまりにも桁違い過ぎると初見でも理解出来る……出来て、しまう。

 そんな代物と、正面から撃ち合う。はっきり言って正気の沙汰では無いし、まず勝ち目が無い。


 ならばどうするか。答えは明白……撃たれる前に、撃つしか無いであろう。


「ふっ、ぐっ!」


 全身に掛かる負荷を強化された肉体で受け止めながら、ラトリアは歯を食いしばる。

 様子を見るに、今はまだチャージの段階だ。ならば、本撃ちが来る前に口を通った奥底にある竜核を狙い撃てる。


(今しか……今しか、ないんだ!!)


 一瞬たりとも気を抜かず、ラトリアはマジカルロッドをキープし続ける。

 ムサシ達と出会って、ここまで来た。自分を当ての無い孤独から引き揚げ、荒唐無稽な夢を叶える手伝いをすると言ったムサシ達の存在は、ラトリアにとってかけがえのない物である。

 そんなムサシ達が守ると誓った≪ミーティン≫を、地岳巨竜アドヴェルーサによって壊される訳にはいかない。

 この大一番で大役を担ったのなら、尚更失敗は出来ない。考えに考え、見極めに見極めたこの瞬間に、全てを賭ける。

 あまり感情を表に出さないラトリアの心に渦巻いた、強靭な覚悟。それに応える様にして、【六華六葬六獄カタストロフィー】は一切の振れなく真っ直ぐに狙った場所へと吸い込まれていった。


(いける……!)


 極彩色の光が狂い無く伸びていくのを見て、ラトリアは一つの確信をすると同時に安堵を覚える。


 ――だが。悠久を生きた巨竜の怒りは、その安堵を無残にも圧し潰した。



「――……」



 ひゅっと、音が聞こえた。その正体を掴む間もなく、薄緑色の大爆発・・・が起きた。


「ゴォォオオオオオオオオオオオッッ!!!!」

「っ!?」


 直後、腕に伝わる凄まじい衝撃。思わずマジカルロッドを取り落としそうになるが、ラトリアは気合で耐えた。

 あと一歩、もう一歩で届くと思われた極彩色の光。それを、地岳巨竜アドヴェルーサが直撃寸前で放った竜の吐息ドラゴンブレスが無情にも塗り潰していく。

六華六葬六獄カタストロフィー】が丸太ならば、地岳巨竜アドヴェルーサ竜の吐息ドラゴンブレスは巨木である。その位、両者の繰り出した光線の太さ・・・・・には差があった。

 ラトリアは、確かに常人よりも遥かに保有魔力量が多く、宿している魔力も六属性結合魔力という特異で強力な物だ。

 しかし、それはあくまで人間基準の話。普通のドラゴンを相手にするなら兎も角、こと地岳巨竜アドヴェルーサが相手ではあまりにも分が悪い。


「そん、な……」


 みるみるうちに巻き返される自身の魔法を見て、ラトリアの心に絶望がよぎる。

 技術もクソも無い、強者にのみ許された圧倒的力押し。フルチャージが間に合わないと本能で理解し、中途半端な状態で撃ち出された竜の吐息ドラゴンブレスだったが、それでもこの威力だ。

 人間の扱う些細な魔法などこの程度でも十分だと、地岳巨竜アドヴェルーサは嗤う。事実、その余裕を覆す術を、ラトリアは知らない。


(いや……いや、だ)


 それは、迫り来る死へと向けられた懺悔か……否、違う・・


(いやだ、いやだッ! ラトリアはまだ何も、何もみんなに返せてない!)


 何も出来ず、何も残せず死ぬ。そんな未来など、絶対に認められない。普段あまり感情を表に出さないラトリアの胸中に、嵐が吹き荒れる。


 嵐の正体。それは破滅を与えんとする地岳巨竜アドヴェルーサと、無力な自分へと向けられた――猛り狂う、憤怒の灼火だった。



 《――――第二拘束式セカンドリミット解除レリース



 激情に心が焼き尽くされる中、不意にラトリアの脳内に機械的な声・・・・・が響く。同時に、学校の制服を思わせる防具の背面が、爆ぜた・・・

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