第97話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ 15th.Stage

 ◇◆


 ――地岳巨竜アドヴェルーサは、怒り狂っていた。


 悠久の時を生きて来た。何者にも囚われず、何者にも遮られず。ただそこに在るだけで圧倒的強者としての立ち位置を確立し、自身に群がる有象無象など気に留めた事など無かった。

 数百年ぶりに太陽の下に出た此度も、やる事など変わらない。ただ喰らい、ただ進むのみ。邪魔な物は踏み潰す……ただそれだけの、筈だった・・・


 しかし、現実は違った。初めて、明確に自分を傷つけてくる者達と出会った。あろう事か、その相手とは自身よりも遥かに小さき存在――人間だった。


 これまで地上に出た時、幾度か人間に纏わりつかれた事はあった。だが、今自分の周りにいる人間達は過去に相対した者達とは違うという事を、地岳巨竜アドヴェルーサは血を流す事で理解した。


 敵とすら認識していなかった存在に、痛みを伴う傷を付けられた。その事実が、地岳巨竜アドヴェルーサは許せなかった……故に、吼える。


「グルアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」


 紅蓮の憤怒を伴う、咆哮。先程の痛みに対する雄叫びではない、猛り狂う己の怒りを矮小な者達に示す為の大咆哮だった。


 許さぬ、赦さぬ。この羽虫共は、ただでは済まさぬ。数千、数万を生きた中で初めて発露させる激情。

 その時、地岳巨竜アドヴェルーサはピクリと鬱陶しい気配を感じ取る。ぎょろりと視線だけを動かせば、先に居たのは二人の人間だった。

 苛立ちを覚える気配は、そのから流れ出ていた。そして、地岳巨竜アドヴェルーサはその人間の少女がかをよく覚えている。


 歪な、この上なく不味い・・・魔力エサを生み出す不快な人間。思わず治癒の殻ヒーリングシェルに籠ってしまう程の忌まわしさだった故、人間――ラトリアの姿は、地岳巨竜アドヴェルーサの脳内に深く広く焼き付いていた。

 だからこそ、動く。足元で動く虫を潰す前に、アレを消してしまおうと。


「――カァァアア」


 自由の効く三本の脚で、しっかりと地面を踏み締める。超重量故に大きく足場が沈み込むが、やがて沈下は止まり地岳巨竜アドヴェルーサの巨体はがっちりとホールドされた。


 そして、その一連の動作は人間四人……とりわけ、直ぐ傍で全身の神経を尖らせていたムサシには不気味なほど鮮明に映った。


(やばい……あれは、


 腕の中で耳をピンと立て、微かに震えるコトハをぐっと抱き締めながら、ムサシは頭をフル回転させる。

 地岳巨竜アドヴェルーサが発した、周囲の生物を圧殺しかねない密度の殺気。射程距離からして、間違いなくリーリエ達にも届いているだろうとムサシは考えた。

 しかし、今は遠方に居る二人の事を気に掛ける余裕は無い。何故なら、直後に地岳巨竜アドヴェルーサが上げた咆哮によって、周囲の地形が一変したからだ。


「グルオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」


 天と地、全てを打ち払う怒号。コトハは反射的に両手で耳を塞ぎ、ムサシはコトハの手からこぼれた雷桜らいおうを慌てて口に咥えて地面に落ちるのを阻止する。

 このまま留まるのは危険と判断したムサシは、迷う事無く地岳巨竜アドヴェルーサに背を向け、一目散に走り出した。


くっほクッソはひりふれぇ走り辛ぇ!!」


 ふがふがと悪態を吐きながらも、ムサシの両脚は不安定な地面をしっかりと踏み抜きぐんぐんと体を加速させる。

 硬い筈の地面はぐわんぐわんと波打ち、さながら嵐で荒れる海原の様だった。一体どれ程の声量なら、こんな非現実的な現象を起こせるのか。

 恐らく、これを可能とするのは地岳巨竜アドヴェルーサだけだと思った。否、もしかするとこの広い世界の何処かに、同じ事をやってのけてしまう様なまだ見ぬドラゴンが居るかもしれないが、少なくともムサシが知る範囲の中では、単体で天変地異紛いの事を出来るのは地岳巨竜アドヴェルーサだけだ。


(チッ、どうすっかなコレ。正直隙を狙うどころの話じゃねぇかも)


 こちら側の予想を悉く超えてくる地岳巨竜アドヴェルーサに、ムサシは内心で大きく舌打ちをする。

 人知を超えた存在である事は、重々承知していた筈だった。だが、いざこうして次々とイレギュラーなアクションを起こされれば、苛立ちの一つくらい覚えたくなる。

 しかし、ムサシはそんな己の雑念を即座に振り払った。今は少しでも頭を冷やして最適解を見つけ出さなければいけない状態である。心の乱れは、最小限に留めなければならない。


『コトハ』


 周囲の轟音を避ける様にして、ムサシは密着した状態のコトハへと念話を飛ばす。弾かれた様にして、コトハの顔が上がった。


『取り敢えず、リーリエ達と合流する。こっちだけじゃ、どうにもならん! スピード上げっから、しっかり掴まっとれよ!!』

『う、うんっ!』


 ムサシの求めに応じ、コトハは耳から手を外してぎゅっとムサシの首に手を回した。

 ぐんと、一段階ムサシが大地を駆ける速度が上がる。加速したムサシが地岳巨竜アドヴェルーサから離れるにつれ、徐々に足場が安定していった。


『コトハ、すまんが雷桜らいおう取ってくれ!』


 喋り辛そうにしているムサシの口から、慌ててコトハは自分の得物を受け取る。ガチガチと何度か口を開閉させ、顎を慣らしてからムサシは一つ息を吐いた。


「ふぅ、とりまあのクソみてえな場所からは離れられたな。コトハ、怪我は?」

「大丈夫。まだ少し、体が重いけど」


 それを聞き、ムサシは一つ胸を撫で下ろす。

 “決め”の段階で、コトハが己を奮い立たせて限界を超えた攻撃を行ったのは分かっていた。その反動が相当な傷となって現れていないかを危惧していた訳だが、どうにか大丈夫だったと知れて、ムサシは安堵する。

 だが、安心したのも束の間。ある程度耳が落ち着いた所で、ムサシの後方から不気味な音・・・・・が聞こえた。



 ――ガコッ――



 閉じていた硬い物が開く様な音に、ムサシは思わず足を止めて背後を振り返る。


「……何だ、ありゃ」

「え?」


 ムサシの口から零れた言葉に、コトハも地岳巨竜アドヴェルーサへと視線を向ける。そして、同じ様に言葉を失った。

 怒髪天と呼ぶに相応しい咆哮を披露した地岳巨竜アドヴェルーサ。開いたままの口は、真っ直ぐに正面を向いている。


 ……その大口が、更に大きく・・・・・開かれていた。


 口の端が、みるみるうちに拡がっていく。頸を守っていた複合外殻は、側面が予めそう組まれていた様に、綺麗に分割された。

 内側から現れたのは、頸の根本まで続く巨大な咬筋。極太の筋繊維が幾重にも絡み合ったそれが、顎の開閉に合わせてぐぐぐっと縦に引き伸ばされていく。


 そうして、遂に変形・・が完了する。出来上がったのは、山一つを飲み込んでしまいそうなほどに開かれた、だった。

 呆然としているムサシ達を尻目に、地岳巨竜アドヴェルーサが次なる行動を起こすと、途端に辺り一帯のが変わった。


「何だ……一体何をするつもりだ」


 強引に意識を目の前の現実に引き合わせて、ムサシは注意深く地岳巨竜アドヴェルーサとその周囲を観察する。

 集中によって空気の動きを見て、ムサシは今何が起きているのかを理解した。


(空気を、吸ってる?)


 強烈な速度で地岳巨竜アドヴェルーサの咥内へと吸い込まれていく大気を見て、ムサシは未来への予測を膨らませた。

 魔力吸収、ではない。空気の流れは一直線であり、地岳巨竜アドヴェルーサの周囲全体から吸い込まれている様子が無かったからだ。

 では、あの吸気は何の為か。再び超咆哮ハイパーシャウトを行う為かとも考えたが、次に目に飛び込んで来た光景にムサシは即座にその可能性を捨て去った。



 ――仄暗い口の奥。そこに、ぼうっと薄緑色のが宿ったのだ。



 同時に、後方から感じる強い気配。触れ慣れたその気は、間違いなくラトリアの六属性結合魔力の物だ。


 これから、一体何が起こるのか。カチリと未来予想図が組み上がった瞬間、ムサシは再び走り出す。未だ遠い場所に居る、リーリエとラトリアの下へと向かって。

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