第84話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ 5th.Stage

「グォォォォォォォォォォォォ……」


 斬撃による衝撃が完全に抜けてから、地岳巨竜アドヴェルーサは身体を大きく揺さぶる。飛び散った外殻の破片等を振るい落とす音と低い唸り声がこちらまで聞こえる中、ラトリアは怯む事無く地岳巨竜アドヴェルーサと対峙した。


「ふぅ……」


 息を整えながら、ラトリアはマジカルロッドをぐっと腰溜めに構える。バシャリと砲身を展開させ、詠唱の体勢に入った。


「――第参拘束式サードリミット解除レリース


 最初の起動魔法トリガーが発動すると、ラトリアの周りの空気が、塵と一緒にふわりと舞い上がった。

 肩に掛かるコートがゆっくりとはためき、ラトリアの全身が光を帯び始める。直近では初めて見るその光景に、俺は思わず目を奪われていた。


魔力充填マナチャージ開始セットアップトゥリアズィオエナ……魔力充填マナチャージ完了コンプリート


 起動魔法トリガーの段階が進むにつれ、目に見えてラトリアのが圧縮されていくのが分かる。同時に、全身の筋肉が突発的に力を増すのも確認した。

 やはり、ラトリアの体に埋め込まれたあの機械が受け持つ役割はかなり多い。ムカつく事だが、魔法科学研究部で博士が行った施術が、今のラトリアを助けているのは間違いなかった。

 だからと言って、連中を擁護する事なんて絶対に無いし、やった事を許容するつもりも無い。非人道的手段を用いてラトリアの尊厳を踏み躙っている時点で、連中に大義なんざ何一つ存在しないからな。


「【六華六葬六獄カタストロフィー】――」


 手順を経て、遂に魔法が完成する。発生する衝撃波に備えて、俺は腕の中に抱えたリーリエを守る為に、体をずいと動かして盾とした。


「……点火イグニッション!!」


 直後――周囲の大気を根こそぎ砕く極太の光線が、マジカルロッドから放出された。

 極彩色の大魔法は、一切の抵抗に捕らわれる事無く一直線に地岳巨竜アドヴェルーサへと伸びる。出会った時や赤晶鉱殻竜カルブクルスを相手にした際に見た時とは違い、ほぼ水平に撃ち出された【六華六葬六獄カタストロフィー】のインパクトは、地岳巨竜アドヴェルーサ超咆哮ハイパーシャウトに迫るものがあった。


「――――――!!」


 己に迫る脅威を捉えた瞬間、地岳巨竜アドヴェルーサの瞳には明らかに警戒の色が浮かび上がった。だが、あの図体をしている以上回避は不可能。


(さぁ、どうする?)


 俺の斬撃を凌いだ時の様に、純粋な防御力で受け切るのか。それとも、魔力吸収を用いて切り抜けるのか。若しくは……ラトリアの魔法の前に、崩れ去るのか。

 当然、願うべきは【六華六葬六獄カタストロフィー】による完全撃破だ。しかし、どうしても心の中に居座ったもやもや・・・・が出て行かない。


 そして――俺の不安は、的中した。


「グルアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 地平の先までつんざく咆哮と共に、地岳巨竜アドヴェルーサの姿が突如として霞んだ・・・

 次の瞬間、その頭にブチ当たる筈だった【六華六葬六獄カタストロフィー】は、地岳巨竜アドヴェルーサの目と鼻の先で何か・・にぶつかり、六つの光の奔流となって飛び散った。


「んなっ!?」


 まるで、突然見えない壁が現れた様だった。恐らく、地岳巨竜アドヴェルーサの姿を霞ませているあの妙な靄が原因だ。


(障壁的な何かか……?)


 予測としては、地岳巨竜アドヴェルーサが自身が有する膨大な魔力の一部を使い、【防壁展開プロテクション】の様な盾を作り出したと考えられる。

 だが、もしそうであればその盾が持つ強度は【防壁展開プロテクション】とは比較にならない。赤晶鉱殻竜カルブクルスを消し炭にした【六華六葬六獄カタストロフィー】を弾き、あまつさえ強固に繋がっている筈の六属性結合魔力が魔法を正面から受け止められた事により、魔法全体に圧し掛かった自身の推進力で、元の六つの属性に分割されてしまっているのだから。


「うっ……ぐぅ……!」


 バキ、バキと地面に足を沈み込ませながら、ラトリアの体がじりじりと後ろに退がる。

 やばい、このままだと押し負けて後ろにける――! 咄嗟に動こうとした時、先にカバーに入ったのはコトハだった。


「【二式にしき強躯紫電きょうくしでん】ッ!!」


 詠唱と共に紫色の雷を纏って己に筋力強化を施したコトハが、体勢が崩れ掛けていたラトリアの体を後ろから支える。

 それにより、何とかラトリアはひっくり返らずに済んだ。しかし、依然として【六華六葬六獄カタストロフィー】は不可視の壁によって阻まれたまま。

 このままだと、障壁を突破するよりも先にラトリアが限界を迎える。そう考えた時、俺の両目はを捉えた。


(……! あの野郎、魔力を吸い始めやがったッ!)


 地岳巨竜アドヴェルーサが陣取っている場所にある木々が一斉に地岳巨竜アドヴェルーサ側に傾き始めたのを見て、俺は一つ舌打ちをした。

 やはり使って来たか。六つの光が一斉に地岳巨竜アドヴェルーサ側へと吸い込まれていくのを見て、懸念が現実の物となった事を俺は理解する。

 こうなってしまえば、もうどうしようもない。悪戯にラトリアが魔力を失う前に、もう止めさせるべきだ。


「ラトリアッ、もういい! 撃ち方やめ!!」


 俺が叫ぶと、ラトリアはちらりとこちらを振り返り、悔しそうな表情を浮かべながら徐々に魔力を収める。

 その時――俺達の耳に、聞き慣れない呻き声・・・が届いた。


「グ、オォォォォ…………」


 俺とコトハとラトリア、腕の中に居たリーリエでさえ顔を上げ、一斉に地岳巨竜アドヴェルーサを注視する。

 そこには、大分威力を弱めた【六華六葬六獄カタストロフィー】を弾きながらも、苦悶の表情・・・・・を浮かべている地岳巨竜アドヴェルーサの姿があった。

 今までとは明らかに違う状態の変化に、俺達の間に疑問の嵐が巻き起こった。【六華六葬六獄カタストロフィー】を無効化し、魔力吸収まで始めていたアイツが、何故このタイミングで苦しむ?


「……ふっ!」


 前触れなく生じた隙に、ラトリアは咄嗟に反応し再度魔力を込めようとした――が。


「あうっ!?」


 魔力を流し込んだ瞬間、バシュン! と言う音と共に【六華六葬六獄カタストロフィー】が完全に消滅した。同時に、糸が切れた人形の様にラトリアが崩れ落ちそうになる。


「ラトリアはん!」


 慌ててその体を受け止めたコトハの腕の中で、ラトリアは苦しそうに不規則に息を吐いていた。

 フル稼働していた俺の頭は、魔力残量が限界に近付いていた所で残っていた魔力を一気に消費しようとした結果、急激な魔力枯渇に陥ったとのだと結論を出した。


「コトハ、ラトリアをこっちへ! 体に滅茶苦茶な負荷が掛かっちまってる!!」

「うんっ!」


 ラトリアを抱えたコトハが、一足で俺の傍まで駆け寄って来た。兎に角、まだ手元に残っている魔力回復液マナポーション体力回復液キュアポーションを飲ませられるだけ飲ませないとヤバい!

 俺がラトリアを引き受け、リーリエと共に腕の中で支える。手の空いたコトハが素早く回復液ポーション類の蓋を開けて、ラトリアの口に流し込んだ、その時である。


「うおっ!?」

「きゃっ!」


 突然、辺り一帯で地響きが発生した。不意打ちに思わず手元が狂ってしまったコトハから放り出された魔力回復液マナポーションの瓶を、俺は手首を動かし辛うじてキャッチする。


「だぁぁああっ! 今度は何だよ!?」


 次から次へと襲い来る予期せぬ事態イレギュラーに、思わず大声を上げてしまう。が、その時視界に入って来た光景に、俺は口を開けたまま言葉を失う事になった。

 不可解なダメージを受けたらしかった地岳巨竜アドヴェルーサが、いつの間にか四本の脚を畳んで地面に完全に身体を下ろしていた。だが、俺が驚愕したのはその事についてじゃない。


 俺が目を見張った原因――それは、地に伏せた地岳巨竜アドヴェルーサを守る様にして、周囲一帯の地面が事にあった。


 重苦しい地響きの正体は、アレだ。大地を強引に引っ張ったかの様に見えるあのの所為で、周囲に地震とも取れる影響が出ているのだ。


「なんや、あれ……」


 ぽつりとそう呟くコトハに返す答えを、俺は持ち合わせていない。確かなのは、俺達の思考が完全にパンク状態に陥ったという事だけだった。


「オオオオォォォォ…………」


 そんな俺達の前で、盛り上がった地面はどんどん地岳巨竜アドヴェルーサを包んでいき、やがて完全にその巨体を覆い隠してしまった。

 結果、緑が生い茂るエリアに突如として巨大な土山が出来上がった。地響きは止み、今までの騒乱が嘘の様に静寂が広がる。


「……止まっ、た?」

「ああ……恐らく、活動自体も停止してる」


 風の音が周囲を漂う中、突如として訪れた安寧に……俺達は、暫くその場から動けずにただただ呆然とするしかなかった。

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