第80話 VS. 地岳巨竜アドヴェルーサ 1st.Stage

 金色の瞳が放つ質量・・を感じさせる程の視線を受けながら、俺は自分の犯したを悔いた。


「やっべ、射程距離伸ばし過ぎた!」


 地平を埋め尽くす大群を相手に初の試み、加減が分からなかった為手加減無しで圧縮した殺気を全開放した訳だが、その殺気は俺が思った以上に遠くまで届いてしまったらしい。

 結果、一直線に放たれた殺気は群れをブチ抜き、あろうことか地岳巨竜アドヴェルーサに直撃。長い歴史の中、人間の抵抗を物ともしなかった地岳巨竜アドヴェルーサであれば、この程度鼻で笑って受け流すかとも思ったが……駄目だ、ずっとこっちを見ていらっしゃる!


「と、取り敢えずリーリエ達の所に帰ろう……」


 突き立てていた金重かねしげを回収し、俺は慌ててその場から跳んだ。

 一瞬で後退し、リーリエ達を背後に地岳巨竜アドヴェルーサと対峙する。背中をぺちぺちと叩いてくるのは、リーリエだな。


「む、ムサシさん! 一体何をやったんですか!?」


 通り過ぎていく動物とドラゴン達と、こっちをガン見してくる地岳巨竜アドヴェルーサを交互に見ながら困惑するリーリエに、俺は金重かねしげを手に持ったままポリポリと頬を掻き、ぎこちなく体を後ろに向けた。


「いや、その……あの集団逃走をどうにかしようと思って、試しに殺気を飛ばして一喝してみた訳ですよ。で、御覧の通り効果覿面だったんだが……」

「力加減間違えたんやね?」

「ハイ……」


 地岳巨竜アドヴェルーサの視線に包まれ、耳と尻尾の毛を逆立てながら、コトハがはぁーと溜息を吐く。


「……うち等が圧し潰されずに済んだんは、ムサシはんのお陰やと思う。そこは、おおきに」

「だろォ!? 俺いい仕事した――」

「で・も。何も地岳巨竜アドヴェルーサまで必要はなかったんとちゃう?」

「わざとじゃ無いんですぅ!!」


 いやマジで、不慮の事故だよこれは。つっても、自分の力を過小評価し加減をミスるというあるまじき失態を晒したのは事実なので、そこは反省するべき所ですねハイ。


「そ、そんな半ベソにならんとってよ。うちがムサシはんの事いじめとるみたいやん……」

「あ、じゃあやめます」

「ウソ泣きですか!?」


 けろっと目に貯めた涙を引っ込めた俺に、やり取りを見ていたリーリエから鋭い突っ込みが入る。

 いやほら、このまま重い雰囲気になったら嫌だから、ちょっとしたお茶目を……ヴォエッ! 自分でやっといて何だが、気持ち悪過ぎるなコレ。


「どうする、の? 地岳巨竜アドヴェルーサ……ずっとこっち、みてる」


 恐る恐ると言った様子で、ラトリアが地岳巨竜アドヴェルーサを指さす。

 パチンと俺は意識を切り替え、地岳巨竜アドヴェルーサを見据えた。やっこさん、どうにもをこのまま俺達を放置するって感じじゃねぇよな。


「取り敢えず、このままスルーって訳にはいかんだろうな。くっそ、予定じゃ今日は交戦予定は無かったんだが」

「ですね。かなり距離が空いてますけど……どうやって接近しますか?」


 うーむ、悩ましい。ストラトス号を使うべきか、例の如く俺がリーリエ達を抱えて近付くか。

 手軽なのは俺がダッシュする方だ。距離はあるが、全力で突っ走ればそこまで時間は掛からない筈。リーリエから【加速アクセル】も貰えれば、もっと早く着ける。


「……よし、走って行こう。ストラトス号を持ってくと、咄嗟の退避が難しくなる。俺が全員を抱えて行くから、すまんが【加速アクセル】を――」


 くれ、とリーリエに伝えようとした瞬間――全身を、凄まじい悪寒・・が駆け巡った。

 背後にいたリーリエ達でさえ思わず身を跳ねさせる程の代物だ、嫌な予感がビンビンするぜぇ!


「な、なに!?」


 戦闘経験が俺達三人に比べて圧倒的に少ないラトリアが、反射的に俺の腰にしがみ付く。次の瞬間、地岳巨竜アドヴェルーサはゆっくりと口を開け――



「――グゴォォォオオオオアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!」



 天と地を裂く、轟音。まるで眼前で叫ばれた様な錯覚を覚える程、明瞭で、圧倒的で、全身をビリビリと震わせる、超特大の竜の咆哮ドラゴンシャウト

 思わず耳を塞ぎたくなる音量で、事実リーリエ達は反射的に両手で耳を覆っていた。聴覚が鋭いコトハは、その顔を苦痛・・に歪めている。

 俺は逆に、耳を研ぎ澄ましてその咆哮が齎した爆音のを探っていた。鼓膜は大丈夫、鍛えてるからな。

 ただ五月蠅いだけなら、まだいい。問題は、そうでなかった場合・・・・・・・・・だ。そして、俺の脳は判断を下す――アレは、後者だと。


「っ、全員退がれッッ!!」


 地岳巨竜アドヴェルーサの咆哮に負けない位に声を張り上げた俺だが、耳を塞いでいたリーリエ達の反応は若干遅れた。

 咄嗟に俺は金重かねしげを大剣形態にして、柄を口に咥える。そのままフリーになった両腕を使い、右腕でリーリエとラトリアを、左腕でコトハを抱えて、ストラトス号の舵棒の内側まで跳び退いた。

 俺が退いた理由。それは、聴覚が地岳巨竜アドヴェルーサの咆哮の中に物質を破壊するレベルのを捉え、見開いた両眼が地岳巨竜アドヴェルーサの口元付近の地面が広範囲で爆発・・したのを視認したからだ。

 間違い無い……アレは威嚇では無く、攻撃だ!


「死ぬ気でしがみ付けッッ!!」


 金重かねしげを咥えたまま、くぐもった声で端的に伝えられた俺の叫びに、今度は素早く反応したリーリエ達が、腕から解放されると同時に無我夢中で俺の体をあちこち掴む。

 同時に、俺は金重かねしげを口から外し、左手での様にして地面に突き刺し、真正面に構える。右手は、腰付近にあった舵棒をガッチリと固定した。



 ――そして襲い来る、音速の竜巻・・・・・地岳巨竜アドヴェルーサが繰り出した咆哮は、大地を砕き遠距離まで吹き飛ばす、真横に倒れた超長射程の竜巻を生み出したのだ。



 桁違いの暴風は一直線に俺達へと飛来し、一切合切の慈悲無くそのまま直撃した。

 突き立てた金重かねしげが、辛うじて盾としての役割を果たす。竜巻と共に弾丸の如く飛来した大小様々な石や岩石を受け止め、けたたましい金属音が連続で鳴り響いた。

 背後に控えていたリーリエ達は、俺と金重かねしげを風除けにし、どうにかこうにか俺の体にしがみ付き続けている。

 対して、面積の大きいストラトス号は、俺が掴んでいる舵棒以下の車体を、バタバタ・・・・と宙に浮かべていた。

 ストラトス号は、その構造故にこの場にあるどんな物よりも重い。それが旋風に巻き上げられた枯葉の如くすっ飛んでいこうとしているのだから、もう手に負えない。


「ぐっ……こ、のッ!」


 周囲の地面が無残に引き裂かれていく中、俺は全身の力を一瞬たりとも抜かずにこらえる。ぶっ飛ばされずに踏ん張れている自分を褒めてやりたいよ、全く!

 そうして時間が流れていく中、永遠に続くかとも思われた竜巻が、徐々にその威力を弱めていく。背後で、ガツンとストラトス号が地面に着地する音が聞こえた。

 全身に掛かる破滅的な風圧が、完全に穏やかさを取り戻すまで、俺は踏ん張り続ける。そうしている内に、俺達を襲っていた暴風は……ゆっくりと、収まった。


「はっ、はっ……!」


 静寂を取り戻した世界で、リーリエ達の荒い息遣いが聞こえた。影に隠れて俺にしがみ付いていただけでこの消耗だ、もし途中で俺が堪え切れなくなっていたらと思うと……ぞっとする。

 距離による威力の減衰にも、助けられたのかもしれない。リーリエ達は俺程の防御力を持ち合わせてはいないから、直近でぶち当たっていれば吹き飛ばされるだけでなく、全身をバラバラにされたかもしれない。

 有り得た最悪の光景を、俺は頭から打ち払う。何はともあれ、全員こうやって五体満足で生き残れたのだ。

 さて、どうにか落ち着きを取り戻した訳だが……ゆっくりは、していられないな。


「リーリエ。疲れてる所悪いが、強化魔法をくれ……【全能覚醒強化フルオーバードライヴ】じゃなく、全乗せ・・・でだ」


 金重かねしげを地面から引き抜きながら、俺は重々しい口調で低く告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る