第79話 前哨戦

 無意識にペキペキと指を鳴らしていた所、不意に視線を感じる。見れば、ラトリアがぽかんとした表情で俺達をまじまじと眺めていた。


「どったの、ラトリア?」

「あ……ううん、すごいなって、思って」


 その言葉に、俺達三人は顔を見合わせる。はて、今のやり取りの中で何かラトリアが感心する様な事なんてあったかね。


「分からない事だらけなのに……ちゃんと話し合って、一つの答えを出した。ラトリアの周りにいた、研究者の人達は……みんな、博士の言った事を、なぞっていただけみたいだったから……あんまり、今のムサシ達みたいに話してるの、見た事が無くて」

「ああ、成程ね……うおりゃ!」

「わぷっ!?」


 神妙な顔つきになっていたラトリアの頬を、俺は中腰になり両手で挟んでもにもにと撫で回した。


「にゃ、にゃにを……」

「ラトリア、俺達は分からない事があったら互いに意見を出し合うし、議論だってする。それは俺達が一方的な関係じゃなくて、対等な関係だからだ。でもって、その関係の中には……ラトリア、お前も入ってるんだからな?」

「……!」

「そうですね。さっきの話だって、ラトリアちゃんが話してくれた事が、糸口になった訳ですし」

「そう言う事。今までもこれからも、全員で頭捻らなきゃいけないシーンなんてのは腐る程出て来る。そしたら、またパーティー全員で考える……ラトリアにとっては特別な事に見えたかもしれんが、これは普通の事だ。だから、ラトリアもその“普通”に慣れて、思った事があればバンバン言ってくれ」

「う、うん……わひゃった」

「よォし!」


 パッと両手をラトリアの顔から外し、その頭をわしゃわしゃと撫でる。

 ラトリアの感性が突破口になったのは確かだ。きっと、その感性はこの先も役立つ。願わくば、それを生かせる環境に身を置き続けられる事を……。


「――!」


 ……それ・・を感知した瞬間、ピタリと俺は手の動きを止めた。

 即座に感覚網を広げ、周囲一帯を広範囲で探る。脳内に次々と情報が濁流の様に押し寄せる中、俺は一つ一つを選別・統合していった。

 結果導き出されたのは……ああ、ヤバいなこりゃ。


「……全員、


 傍に突き立ててあった金重かねしげをゆっくりと引き抜き、俺が低く告げると、和やかだった俺達の間に瞬く間に緊張が走った。


地岳巨竜アドヴェルーサ……じゃ、あらへんよね」


 雷桜らいおうを手に取り耳をピンと立てているコトハに、俺は静かに頷く。そして、顎でクイっとある方角を指す。全員がその方角を確認すると、息を呑む音が聞こえた。

 地岳巨竜アドヴェルーサは、未だ俺達の正面遥か彼方で、のっしのっしと体を揺らしている。だが、これはある意味地岳巨竜アドヴェルーサよりも厄介な事柄・・・・・に直面していると言えるかもな。


「リーリエ、ラトリア。悪いけど出したもん全部ストラトス号ん中に放り込んでくれ。綺麗に片づけなくていいから」

「はい!」

「わかった」


 弾かれた様に二人はテーブル等をばたばたと片付けていく。


「コトハは、二人についててくれ」

「ムサシはんは?」

「俺は少しだけ前に出る。あの規模・・・・だと、万が一何かあったら遠距離職の二人だけじゃどうにもならん」

「……! 分かった、気ぃ付けてな?」

「応」


 各々の動きを決めた所で、俺は一度首を鳴らしてから――跳んだ。

 足首のスナップで跳躍した俺は、そのまま五十メートル程リーリエ達から離れた。この距離なら、来た時と同じモーションで戻れる。


「さて……団体様・・・のお着きだな」


 くるくると金重かねしげを手元で回しながら、俺は全身に力を張り巡らせる。

 地岳巨竜アドヴェルーサが地を打ち鳴らすものとは全く別質の、継続的な振動が地面と空気を伝わって来る。まで、そう時間はかからない。


「アイツの影で隠れちまってたか……」


 迂闊としか言い様が無いが、過ぎた事は仕方が無い。

 この事態を、予測していなかった訳では無い。地岳巨竜アドヴェルーサによって住処を追われるのは、何も


「わーお……ははっ、凄ぇ数」


 口角を釣り上げた俺に迫り来るのは、もうもうと土煙を立ち上げて群れを成す――数多の、ドラゴンと動物の群れだった。

 地岳巨竜アドヴェルーサは、他の生物に敵意を示さない……と言うより、興味が無い。しかし、こっちは地岳巨竜アドヴェルーサに注意を向けない訳にはいかないのだ。

 あの例え様が無い太さの脚に踏み潰されれば、大概の生物はまず間違い無く絶命する。だが、それに立ち向かう術を持った存在は、あの群れの中には居ない。

 じゃあどうするか。そりゃあもう、死に物狂いで逃げるしかないよね。


「さてどうしたもんか。アレを全部相手になんかしてらんねぇしな」


 今向かって来ているのは、地岳巨竜アドヴェルーサに追われた中でも、サイドに逃げる事が出来なかった連中。もし全部が全部こっちに来てたら、対峙しなければいけなかった数はこの比じゃ無かった筈だ。

 とは言っても、その数が視界に入る地面を隙間なく埋め尽くす量だってのは変わらない。十二分に、大量である。


「……むっ」


 頭の中でカチカチと最善の行動を練り上げていた時、俺はある事に気付いた。

 宵闇も鮮明に見通す俺の両眼は、逃げ惑う連中のツラを鮮明に捉えている。その表情から、俺はある特定の感情を読み取った。

 畏れ、混乱、恐怖。そして――生に対する、烈火の如き執着だ。

 地岳巨竜アドヴェルーサは、そもそも生物としての格が違う。動かずとも、意識せずとも、そこに在るだけで凄まじいプレッシャーを辺りに撒き散らしている。

 野生に生きる奴等が、それを感じ取れない筈は無い。自分とは比較にならない存在と相対し、その気にてられたらどうなるか、想像に難くない。

 つまり、今の奴等は揃いも揃って恐慌状態に陥っているのだ。頭で考えて動いている奴なんか一匹も居ない、各々がただただ自らの生存の為に必死に足を動かしている。

 その証拠に、大群で動いているドラゴンの中で、自分の周囲を走る獣に気を取られている奴は一体も居ない。

 当然だ、この状況でわざわざ足を止めて餌を漁る訳が無い。頭にあるのは、あらゆる障害を避けて最速で逃げ切る事のみ。

 となると……一つ、良い手段がある。尤も、この状況で通用するかは分からないが、成功すれば、この大津波を切り抜けられるだろう。


「ふぅー…………」


 上と下からビリビリと伝わる振動を受けながらも、俺は金重かねしげを手放し、一度目を閉じる。

 要は、向こうに俺の存在を障害だと認識・・させればいいのだ。しかし、生半可な事ではあの狂った大群にこちらの存在を知らしめる事など出来はしない。

 

 なら……を、やるしかない訳だ。


 閉じられた世界の中、俺の意識は内へ内へと向かう。体の中を、渦を巻いて殺気・・が満たしていき、それに呼応して全身の筋肉がミシミシと軋み始めた。

 俺としても、初めての試み。失敗したら……否、失敗などしない。やれると踏んだから、この手段を取ったのだ。その判断を下した自分を疑う要素など、微塵も無い。

 十分に練った気が満ちた所で、ピタリと息を止める。周囲の音が消え、静寂の中に生まれた一瞬とも永遠とも取れる無音を……俺は、引き裂いた。



「――ッッッッッッッッ!!!!!!」



 極限まで圧縮された全ての殺気を、開眼と共に爆発させる。

 踏み出した右脚による一歩は、地面を打ち砕いて放射状に大地を天高くブチ上げた。

 跳ね上がった無数の礫は、同時に発せられた俺の咆哮・・によって四方八方に吹き飛ばされる。束ねられた殺気は、迫る有象無象を一直線に貫き、不可視の刃を以って射線上にいた逃走者達をズタズタに蹂躙した。

 瞬間、群れを構成する連中の顔つきが変わる。それを見て、俺は確信した……奴等は、自分達の通るべき道に、必ず避けるべき障害物が現れたと、理解した事を。

 その確信が正しかった事は、直ぐに証明された。横一列で猛然と迫って来ていた壁が、突如俺の正面から、真っ二つ・・・・に分かれたのだ。

 そして、逃げ惑う者達の最前線トップラインが俺と重なる。しかし、それが俺とぶつかる事は無い。俺を起点として左右に分かれた大群は、そのまま円錐状に広がりながら後方へと走り抜けていったから。

 体のすぐ横を、轟音と振動が通り過ぎていく。俺がゆっくりと後ろを振り向けば、困惑した表情を浮かべるリーリエ達と、大きく離れた両サイドを走り去っていく様々な生き物の後ろ姿が見えた。


「いやぁ、やってみるもんだな……」


 どうにか思い通りの結末を迎えられた事に安堵した、その瞬間――俺の全身を、これまで感じた事の無い、が襲った。


「ッ!!」


 バッと視線を前に向ければ、遠くに地岳巨竜アドヴェルーサの姿が見える。

 しかし、遥か遠くを見続けていた筈のヤツの双眸は……はっきりと、俺に・・向けられていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る