第59話 自由のその先へ
当時のラトリアの選択と、それに手を貸したフィーラ先生の勇気は、賞賛するべき物だ。学院に居たボンクラ共からしたら憤慨物だろうが。
「地下通路を抜けたら……≪グランアルシュ≫の、何処かに出た。フィーラ先生は、端っこの方だって言ってた。そこから、門の所まで向かったんだけど……そこに、大きな商隊が、居た。フィーラ先生は、そこの人と何かを話してた。お金も、渡してたと思う……そしたら、ラトリアは朝の出発に合わせて、貨物を積む荷台に乗せて貰える事に、なった」
成程、相乗りか。俺は商隊って言ったらストラトス号を手に入れた時にお世話になったエイムンドさんが率いてた奴しか知らんが、あれは中々の規模の商隊だった。
その商隊が運ぶ物ともなると、これまたかなりの量になる。山の様に積まれた物資に紛れていれば、人目にも付き辛いだろう。
「『ごめんなさい、こうなる前にもっと沢山の事を教えて上げればよかった。でも、これで外に出られるよ』……フィーラ先生は、そう言って笑ってた。でも、その時にラトリアはある事に気付いて、急いで聞いた……ラトリアが居なくなった後、先生はどうなるのかって」
ラトリアは口を引き結んで、膝の上に置いていた手をギュッと握り締める。
そこは、確かに気になる。博士達からすれば、自分達の研究成果となる筈だったラトリアが、突然姿を消したのだ。当然、死ぬ気で探す。
その過程で、必ずフィーラ先生の事に行き当たるだろう。先生は、唯一ラトリアの側に立っていた人間なのだから、失踪に関して何かしら関わっていると考えるのが普通だ。
「『わたしは大丈夫、気にしないで』……先生はそう言ったけど、ラトリアは全然そうは思えなかった。もし、ラトリアの自由が、先生を傷付ける事になるっていうのなら……ラトリアは、引き返そうと思った。でも……それを言ったら、凄く怒られた。そして、言われた」
――行きなさい。檻の外に出て、世界を歩きなさい。掴んだ自由の先で……沢山の幸せを、手に入れなさい――
フィーラ先生が、ラトリアに
全く、とてもじゃないが足を向けて寝られる相手じゃないな。
「……ラトリアは、夜明けと共に≪グランアルシュ≫を発った。そこから、四日くらい……だったかな。商隊が、ここよりも小さな
早い。ラトリアが居なくなった時点で、直ぐに近隣へ追っ手を出したか。早馬を使えば、先回りだって可能だろう。余程、焦っていたに違いない。
「咄嗟に……ラトリアは、逃げた。直ぐに町を出て、少しでも人が居ない所を目指して、ひたすらに走ったのを、覚えてる……今思えば、無謀だった」
そりゃあそうだろう。強力な魔法が使えるとは言え、ろくすっぽ戦い方を知らない状態で
だが、そうも言っていられなかったのも事実。その時のラトリアの行動を、責める事など出来はしない。
「右も左も分からない中で、何日も歩いた。途中、ドラゴンや獣と出くわす事もあった。その時のラトリアには、【
「襲われる度にブッパしてたと。生きる為の行動だ、何も気に留める必要なんざ無いが……その都度魔力枯渇になる訳だもんなぁ。倒れた後に襲われなかったのも、夜間に寝首をかかれなかったのも、奇跡としか言いようがないな」
「ん……そう、だね」
魔力枯渇に苦しみながらも、ラトリアは俺達に出会うまで生き永らえた。
もしかすると、その幸運は過去を振り切って必死に自由を掴もうとするラトリアへ向けた、神様からの
「えっと………そうやってる内に、食べ物が心もとなくなった。その時に辿り着いたのが……≪ガリェーチ砂漠≫だった。最初は、食べ物も何も無さそうな所だったから、どうしようって思ってたけど……ムサシ達と、出会えた」
「うんむ。運命的な出会いだったな」
俺がそう言うと、リーリエ達も頷いて同意した。あそこでの出会いが無ければ、今こうしてラトリアと話していない。
「……出会った時、ラトリアがムサシ達に言った事、覚えてる?」
「ん? そりゃあ……パーティーに入れて欲しい云々の事か?」
俺の返答に、ラトリアはこくりと頷く。その瞳には、一種の強い覚悟と言えるような物が映っていた。
「……あの時は、無我夢中で、あまり深く先の事まで考えてなかったけど……ムサシ達と過ごしていく中で、ラトリアには
「……そうか。言ってみてくれ、力になる」
「ん……ラトリアは、まだ弱い。スレイヤーとしても、まだまだだと思う。でも……必ず、力を付けて、フィーラ先生に、
確固たる決意を秘めてそう宣言するラトリア。俺達は、それをしっかりと聞き届けた。
“会いに行く”と言うのは、そのままの意味では無い。ラトリアは案じているのだ、危険を冒して自分を送り出したフィーラ先生の身を。
だが、今のままでは駄目だ。ラトリアは白等級。地固めも碌に出来ていない状態で≪グランアルシュ≫に戻っても、下手すりゃ学院の連中に連れ戻される。
だから、力を付ける。その力とは、何も戦う力だけの話ではない。実績を作り、等級が上がって行けば、ギルドにとってはどんどん手放せない人材になっていく。
そうなれば、研究に携わっていた連中も滅多な真似は出来なくなる。つまり、正面切って奴等と相対せるだけの地位を手に入れる事もまた、ラトリアが手に入れるべき力の内に入るのだ。
……とは言え、それを成すには一人では厳しいだろう。だが、ここには丁度ラトリアに協力を惜しまない姿勢の者達が居る。
「うん、良いと思うぞ。フィーラ先生も、きっと会いたがってる……ラトリア、一つ頼みがあるんだが」
「……?」
首を傾げたラトリアに、俺はリーリエ達に目配せをしながらニッと笑って見せた。
「いやなに、ラトリアがフィーラ先生に会いに行く時は、是非俺達も
「え……? で、でも」
俺の提案に困惑するラトリア。それに優しく語り掛けたのは、リーリエだった。
「ラトリアちゃん。フィーラ先生は、ラトリアちゃんが辛い時に、傍に居てくれた大切な人なんだよね?」
「う、うん……」
「なら、尚の事会ってみたいな。ラトリアちゃんを助けてくれてありがとうって、お礼も言いたいから」
リーリエの言葉に、俺とコトハとアリアは頷く。アリーシャさんは、小さく溜息を吐いて「やれやれ」と首を振っていたが。
当然っちゃ当然だな。だってこれ、ぶっちゃけると「ラトリアと一緒に学院に殴り込みに行きまっせ―!」って事だからね。
正直に言うと、フィーラ先生の置かれている状況はあまり宜しくないと思う。だから、無理をしない様にしつつも出来るだけ早く諸々の準備を整えて
具体的にどうやるかは……その時に、考えるって感じで。
「……いい、の?」
「いいぞ、積もる話も含めて是非顔を合わせてみたい」
「そうですね。その時は、ワタシも同行します」
「フィーラ先生も、驚きはるやろなぁ。ちょっとした
「……アンタ達、あんまり無茶はするんじゃないよ」
口々に俺達がそう言うと、ラトリアは一瞬目を見開き――くしゃりと、表情を崩した。
「……あ、りが、とう」
「気にするな。“仲間”で、“友達”なら……この位、当たり前だ」
カッカッカッと笑いながら俺はラトリアの頭をポンポンと撫でる。そこで遂に堪え切れなくなったのか、ラトリアははらはらとその瞳から涙を流した。
それを手で拭いながら、ラトリアは椅子から立ち上がる。そして、泣き腫らした目で俺達全員を見回した。
「……ラトリアは、強くなる、なります。それまで……みんなの力を、ラトリアに貸してくださいっ……!」
そう言って深く頭を下げたラトリアに、俺達は面食らった。しかし、皆直ぐに表情を柔らかくする。考える事は、一緒だ。
「――任せろ。ラトリアが望む“強さ”を手に入れた、その後もずっと……力を、貸してやる」
◇◆
ラトリアの身の上話を聞き終わった、深夜。
随分と長く話し込んでいたが、非常に有意義な時間を過ごした。これからの大まかな方針も定められた訳だしな。
ラトリアは、リーリエ達と一緒に二階まで戻っている。今日は、女性陣は纏まって寝るそうだ。いいねぇ、ちょっとしたお泊り会だな。
じゃあお前は何してんねん、って話だが……俺は、完全に人気が無くなり、夜の帳が下りた一階食堂に居た。
月明りだけが照らし出すカウンターに腰掛け、アリーシャさんにこっそり用意して貰った強めの酒をグラスに注いで、一人で晩酌と洒落込んでいる。
つっても……心の中は、穏やかでは無いがな。
「はぁー……分かっちゃいたけど、これで酔える訳ねぇよなぁ」
そう独り
ラトリアは、よく話してくれたと思う。それを聞いて、リーリエ達も意志を固めた。
もう迷う事など無い……その筈なのに、俺の心の中には灰色の靄がかかっている。それを誤魔化す為に、こうしてらしくもない一人酒に興じている訳だ。
「……何だろうなぁ、コレ」
己の内でぐるぐると動き続ける不快感。それは、一種の
小さく溜息を吐いて、グラスを一気に飲み干そうとした時……ぱたりと、室内用の簡易靴が床を鳴らした。
「――ムサシさん?」
夜の静寂に、静かに通り抜ける落ち着いた声。視線を向ければ、そこには階段を中程まで下りこちらへと真っ直ぐに視線を向ける――アリアの姿があった。
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