第49話 後始末
部屋から出る為にドアノブに手を掛けた瞬間、俺を呼び止める声があった。同時に、誰かが体を引っ張る感覚。
俺はピタリと動きを止め、ドアノブから右手を離すと、そのままゆっくりと上げて右脇の下から後ろを覗き込んだ。
「ラトリア?」
「ムサシ……まって。お願い、だから……ラトリアの話を、きいて」
ポーチ類を括りつけるベルト部分をしっかりと握ったまま、ラトリアが真っ直ぐに俺の顔を見上げる。その目は真剣そのものだった。
「……分かった」
短くそう返すと、ラトリアはホッと息を吐いて手を離した。それを確認して、俺は後ろを振り返る。
視界に、悲惨な事になっている室内が広がる。俺が
ボロ雑巾の様になっていた
床には、俺の叩き付けによって発生した風圧で吹き飛んだ書類等が散乱している。アリアは、それらを全て風を器用に操って回収していた。
俺がやらかした事の後始末を、リーリエ達がやってくれている。あぁ、これアレだ……ラトリアの話聞いたら、直ぐに俺も手伝おう。無責任にも程がある。
「ムサシ……しゃがんで」
「ん? お、おう」
自分が作り出した惨状に眉をしかめていたが、ラトリアの声で俺は視線を引き戻した。そして、ラトリアの言葉に従って、その場にしゃがみ込んだ。
所謂
「……ん」
俺が身構えた時、ラトリアが徐に両手を伸ばし、俺の顔を挟み込んだ。すると、ラトリアはそのまま顔を近付け――おでこを、俺の額にこつんと押し当てた。
「ら、ラトリア?」
予想外の行動に、俺は若干上擦った声を上げる。それに応える事無く、ラトリアは瞳を静かに閉じると、一度引き結んだ口をゆっくりと開いた。
「大丈夫……こわくなんか、ないよ」
「――!」
一つ一つ噛み締めながら吐き出されたその言葉で、俺はハッとすると同時に、自分の配慮がとんだ的外れな行動だった事に気付いた。
「ごめん、ね……さっきのは、ちょっと驚いただけ。ムサシがこわかった、とかじゃない」
瞳を閉じたまま、落ち着いた声音でそう告げるラトリア。俺はそれを聞いた時、情けない話ではあるが大いにホッとした。
余裕ぶってカッコつけて部屋を出ようとしたが、きっと全部顔に出ていたんだろうな。
「……ムサシは、ラトリアの為に、怒ってくれた……んだよね?」
「まぁ、な。悪い、ラトリアは望んでいなかったかもしれねぇし、もっとやり様はあったかもしれんが……俺が、我慢出来なかった」
そう言って、俺は頬を人差し指で掻く。あー、多分俺めっちゃ視線泳いでるな……ラトリアが瞳を閉じていて、俺の顔を見ていなくて助かった。
「悪くなんか、ない……ラトリアの為に、あそこまで怒ってくれて、嬉しかった。ラトリアにとって、あの人は……すごく、嫌な人だった。だから、ムサシが手を上げた時……少し、すっとした。酷い言い方、かも、しれないけど」
「……そうか。そう言って貰えるなら、助かる」
「ん……ありがと、ね」
少し照れ臭そうに“ありがとう”と口にしたラトリア。それを聞いた俺は、正直に言って驚いていた。後先を考えない無謀な行動を咎められる事も、遠慮無しに目の前で暴力を振るった事への怯えも無く、お礼を言われるとは思っていなかったからだ。
「でも……無茶は、あんまりしないで欲しい」
「分かった。次にもし同じ様な場面に遭遇したら……もう少し、考えて動く」
「ん……そうして。リーリエ達も、ムサシの事を心配している、から」
「おう」
その言葉を最後にして、ラトリアはすっと身を引く。両手も顔から離れたので、ゆっくりと俺は立ち上がった。
「すまんな、気を遣わせちまって」
「ん……気にしない、で。ラトリア達は……仲間で、友達だから。気を遣う事なんて、ないよ」
そう言って、ラトリアははにかむ様に笑った顔を俺に見せる。参ったな、これじゃどっちが大人なんだか分かりゃしねぇ。
「あー……取り敢えず、俺はリーリエ達の手伝いするわ。こんだけ散らかしちまったのは俺だしな」
「ラトリアも、手伝う」
「……大丈夫か?」
「へいき。もう、あの人の事は、こわくない」
芯の通った声でそう口にし、ラトリアは小さく胸を張ってリーリエ達の方へと歩いて行った。その小さく逞しい背中に、俺も続いたのだった。
◇◆
「よし、こんな物だな」
パンパンと手を叩いて埃を落としながら、ガレオは部屋をぐるりと見渡す。一通り片付け終わったので、室内は床の破損以外は殆ど元通りになっていた。
「悪いなガレオ、ちょい暴れ過ぎた」
「全くだ。ったく……床の修理代は、お前がギルドに預けている金から徴収しとくぞ」
「そりゃあもう、幾らでもどうぞ」
「何? じゃあ、ありったけ――」
「すんません、それは流石に勘弁して下さいギルドマスター殿……」
「冗談だ」
ガレオはふっと小さく笑うと、自分の執務机に戻って椅子へと腰を下ろした。
結構派手に暴れたが、元々このギルドマスタールームは防音加工が施されているらしく、俺達のやり取りの詳細までは聞こえていなかった様だった。
ただ、俺の怒声と
「お前はもう少し、頭に血が上った時の律し方って物を覚えろ。毎回これじゃ、いつか本当に厄介な敵を作るぞ」
「うーっす。で、あの連中はこれからどうする。治療して、学院に送り返すのか?」
「いや、暫くはギルドに滞在して貰う事になるな。こちらも、
ガレオは組んでいた腕を外し、話を区切る。そして、机の上に両肘を付いた上で、真っ直ぐにラトリアを見た。
「エルヴィンは≪
「……っ!」
静かに紡がれたガレオの言葉で、ラトリアはきゅっと口を引き結ぶ。もう疑いようの無い事だが、間違い無くラトリアは学院と何らかの関係がある。それも、マッドな連中が多いって噂の魔法科学研究部に。
「ラトリア」
「な、に?」
緊張しているラトリアの肩に右手を置き、俺は片膝を付いて視線の高さを合わせる。そして、空いていた左手でその小さな手をそっと握った。
「ラトリアは言ったな、“全部を話す”って」
「……うん」
「よし、じゃあそれを今日の夜、
「それなら……いい」
「よーし……ってな具合だから、すまんが明日以降で頼むわ」
「……分かった。地鳴の場所云々も、明日で構わん。こっちも、今日は
やれやれ、と言った様子でガレオは肩を竦める。こういう時に、権威を振りかざす事も無く相手の事を尊重出来る辺り、やはりガレオはギルドマスターに相応しい人物なのだと再確認させられた。
「あ……あの!」
話が全てまとまりかけた所で、ラトリアが声を上げた。手を離してやると、ラトリアは俺の前に出てガレオと向かい合う。
「今日、ムサシ達にはなしたら、決心がつくと……思います。だから、ギルドマスターにも、必ず全部はなします。明日に、でも」
おっかなびっくりと言った感じではあるが、ラトリアははっきりと自分の口で宣言した。ガレオは一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、直ぐにいつもの表情を取り戻すと、そこに小さく笑みを浮かべた。
「そうか、分かった……オレは、明日は一日ここに居る筈だ。だから、そちらの都合の良い時に来て貰って構わない」
「……! わかり、ました」
「礼は要らない。先ずは、君の後ろに居る“仲間”と、しっかり話し合うんだぞ」
ガレオの言葉に、ラトリアはペコリと頭を下げる。
こうして、一先ず目の前に現れたアホ共に関する事には
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