第40話 実戦

 風が木々を揺らし、すり合わされた葉がさらさらと静かな音を奏でる。晴れ渡った空も相まって、非常に落ち着いた環境に居ると言っていいだろう。

 しかし、それはあくまで環境だけを見た場合の話。実際には、俺達は木々の影に身を潜めて息を殺している状態なので、空気は張り詰めていた。


『……いたな』

『ええ』

『数は……二十七やね』


念信テレパス】による念話で会話をしながら、俺達は今居る場所よりも前方八十メートル程先にある木々が開けたエリアを注視していた。


『ラトリア、準備は?』

『ん……いつでも』


 マジカルロッドを静かに構えたラトリアを見て、俺は頷く。

 今俺達が居る場所は、≪ビルケ大森林≫。まだリーリエと二人でやってた頃、クエストで鉤竜ガプテルを討伐する為に赴いた場所だ。

 そして、今回俺達四人がここにいる理由も前回と同じだった。メンバーは違うが、目的は一緒……即ち、新たに出現した鉤竜ガプテルの群れの討伐である。

 ラトリアの新しい戦い方を見出して一週間半。訓練場で基本ベースを整え終わった俺達は、第二段階へと進む為にこの鉤竜ガプテル討伐のクエストを受注した。

 基本を抑えた状態でどの位実戦で通用するものなのかを確認するのが、今回の目的である。


『しっかし、ガプテルあいつ等の討伐クエストはしょっちゅう張り出されてんなオイ』

『絶対数が非常に多いドラゴンの一種ですからね……放っておくと、あっという間に繁殖されちゃいますから』

『増えすぎてもうたら、人間は勿論その場所の生態系まで脅かされてまうからなぁ』

『そりゃご尤も……ラトリア、あの群れの中に居る一際デカい奴が見えるか?』

『ん……見える』


 キュイ、キュイと右眼の望遠魔法陣スコープを調節しながら、ラトリアはこくりと頷く。相変わらず謎の能力ではあるが、機能は分ってるから問題無し。


『よし、そのデカいのが群れのボスだ。今からラトリアには、この位置からそのボスを魔力弾で狙って貰う……出来るか?』

『まかせて……弾? 光線?』

『弾の方で頼む』

『わかった』


 すっとラトリアは視線を細めると、静かに魔力弾の準備に入る。この距離だと、訓練場内でブッパしてた時より魔力量は多くなるが、撃ってみない事にはその正確な値なんて物は分らない。


『ラトリア、届かせるのが優先だ。魔力絞り過ぎると着弾する前に霧散しちまうから、気をつけろ』

『おっけー……』

魔力回復液マナポーションのストックは、っと』

『リーリエはん、うちのもアイテムポーチから取り出して貰ってええよ』

『助かります』


 俺とラトリアが身を屈めて並んでいる後ろでは、万が一に備えてリーリエとコトハが魔力を回復させる手段を整えている。


『……やる』


 ふぅ、と一つ息を吐いてからラトリアは音を極力立てない様にしながらマジカルロッドの照準を合わせる。今俺達が居るのは風下なので、ニオイで鉤竜ガプテルにこちらの位置を知られる事も無い。ベストポジションだな。

 集まる魔力がその密度を一定まで上げた所で、マジカルロッドの先端が音も無く僅かに口を開ける。これでいつでも発射可能……後は、ラトリアのタイミング次第だ。


 波風一つ立たぬ水面の様に静まり返る空気。僅かに吹いていた風が凪いだ瞬間――マジカルロッドから、一発の光弾が放たれた。


 チカッと光が迸るとほぼ同時、遠くから聞こえた“パァン”と言う乾いた音。その正体を、俺の目は僅かな途切れも無く捉えていた。

 身体を地に伏せ首だけを上げて周囲を見回していたボスの頭が、ラトリアの魔力弾を受けた瞬間に地面に叩き付けられた西瓜の如く弾け飛んだのだ。

 鮮烈な赤い華を散らせて飛散する黄土色の鱗と肉片。突然巻き起こった異常に、たちまち残された他の鉤竜ガプテル達は恐慌状態に陥った。


『ナイスショット!』


 敵の司令塔が潰れたのを確認し、俺はラトリアに賞賛を送りながら金重かねしげを背中から抜き放って立ち上がる。

 ボスを仕留めたと言っても、まだ残党は残っている。指揮を失った連中は、このままだと散り散りになって逃げるか、先程自分達のリーダーを屠ったのが何か確認する為の行動を起こすかする。

 どの道、時間が経てばバラけるのは確かだ。そうなると中々面倒な事になるので、その前にこちらから仕掛けて一体も漏らさずに仕留める。


「よし、手筈通りラトリアはこのまま射撃を続行。リーリエとコトハはラトリアをフォローしつつ、此処へ向かって来た残党の処理を頼む」

「りょーかい」

「分かりました、お気をつけて――【加速アクセル】、【脚力強化レグフォース】!」


 リーリエの光魔法による身体強化を受け、俺はぐぐっと身を低くする。そして一度片方の金重かねしげを地面に突き立て、ホッとした表情のラトリアの頭を撫でた。


「援護を頼むぞ、ラトリア」

「……! まかせて!」


 力強い返事を聞いて満足した俺は再び金重かねしげを手に取り、ギャッギャッと泣き喚く鉤竜ガプテルの群れへと疾駆した。


 ◇◆


 轟、と言う音が一体の鉤竜ガプテルの頸を空気毎斬り裂く。飛び散った鮮血が顔を汚すが、別段気にもせず俺は口元に付いたその血を舌で舐めとった。


「あと一体」


 今ぶった斬った奴から視線を外し、俺はぐるりと最後の一体に狙いを定める。

 完全に俺達の事を格上だと悟ったそいつは、脇目も振らずに木々の間へ逃げ込んでいこうとする。が――。


「ギャッ!?」


 その巨大な鉤爪で地を蹴り俺から逃げ出した所で、その腹部に風穴が空いた。ラトリアの放った魔力弾が、見事に命中したのだ。

 ズザザッと地面に倒れ込んだ鉤竜ガプテルは、暫くピクピクと体を震わせた後……息絶えた。これで、全ての鉤竜ガプテルを討伐したな。


「よーしッ! 今ので最後だァ!!」


 俺がリーリエ達三人が居る方向に声を張り上げれば、彼女達は手を振って声が届いた事を示しこちらへと向かって来た。


「うーん……やっぱ支援攻撃があるとここまで違うか」


 辺りに転がる数多の鉤竜ガプテルの亡骸を眺めながら、俺は嘆息する。

 いつもなら、前衛の俺とコトハで追い込みつつリーリエの闇魔法で拘束し一気に仕留めるって方法を取るが、今回はラトリアが適時狙撃によって前に出ていた俺を援護してくれていた。

 これの何が大きいかと言えば、コトハが前衛から中衛に回れるようになった事だ。今までの様に前方で敵に張り付くのではなく、臨機応変に遊撃を行えるようになった。

 もし俺の手が塞がっている状態で後方に居るリーリエとラトリアの近くに別のドラゴンが現れても、俺が正面を抑えている間にコトハが直ぐに向かえる。

 お陰でリーリエはバックアップに専念出来るし、ラトリアは狙撃に集中出来る。後ろの敵を排除した隙に、コトハは一度回復液ポーション類やリーリエの【治癒ヒール】で自身の状態を回復させてから前線に復帰する事が可能になった。


「正に、至れり尽くせりだな」


 こうして見れば、俺達はバランスの良いパーティーだと言えるだろう。前衛攻撃職兼タンクの俺、中衛攻撃職のコトハ、全体補助職のリーリエ、後衛攻撃職のラトリア。

 それぞれ役目があり、全部がきちんと噛み合えば滅茶苦茶スムーズにクエストを遂行出来る……勝ち申したわ。


「ま、取り敢えずは上々でしょ。ラトリアの狙撃に関しちゃまだ改善の余地はあるが、それでも初めて実物のドラゴン相手にぶっ放してこの位狩り倒せるんだから」


 辺りに転がる鉤竜ガプテルの状態を見ながら俺はそう結論付けた。

 狙撃された箇所は吹き飛んでいるが、そこ以外の素材を回収出来る部分は沢山残っている。少なくとも、【六華六葬六獄カタストロフィー】を使った時の様に何も残らないなんて事は無いって事だ。


 俺はうんうんと頷き、解体用のナイフを取り出す。そして、大分近くまで歩み寄って来ていたリーリエ達へと手を振った。お仕事完了!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る