第39話 大地の化身
「どうだ、ちょっとは酔いが醒めたか?」
「あ゛、あ゛い゛……」
「醒めま゛した……」
若干顔が青いままのリーリエとアリアに確認を取り終わる。うんうん、これなら今から話す事もちゃんと伝わるだろうし、夜が明けても覚えているだろう。
「二人とも、お水……ムサシはん、一つ聞きたいんやけど」
ひーこらしているリーリエとアリアに水を飲ませているコトハが、その手を休めずに俺に問いかけてきた。
「ん、何だ?」
「ムサシはんの話って、今日図書館で調べとった事に関してやろか?」
「おう。あの地鳴りについて幾つか分かった事があるから、情報を共有しときたいと思ってな」
「……それ、明日でも良かったんとちゃう? 今ラトリアはんおらんし」
「あっ」
「えぇ……」
言われてみればそうだ。何も酒が入っちまってる今日じゃなくて、ラトリアも含めて全員キッチリ覚醒してる明日にちょい時間取って話せばよかったか。
ハァー、と言うコトハの深い溜め息が聞こえる……うん、反論不可だわ。そこまで頭が回らなかった辺り、俺も酔っているのかも――いや、違うな。鍛え方が足りないんだこれは、明日から脳筋トレしよ脳筋トレ!
「……いえ、大丈夫です」
ジョッキ一杯の水を豪快に飲み干したリーリエが、ぜぇぜぇと荒くなった息を整えながら口を開く。口調がちゃんとした物に戻ってる辺り、無事回復した様だ。
「えぇ。情報の共有は、出来るだけ早めにした方が良いでしょう。ラトリアさんには、最終的に纏め上げた結論を話しましょう。必要であれば、そこに至った経緯も」
口元をナプキンで拭き、傾いていた眼鏡をかけ直しながらアリアがリーリエに賛同する。二人が回復したのを見て、コトハはふぅと息を吐いてから自分が腰かけていた椅子に戻った。
「二人がそう言うならうちはええけど……ムサシはん、次からは何をするんか事前に一言いっといてな?」
「おう、そうする……さて!」
自分の中に残っている酒精を吹き飛ばす為、俺は両手で自分の頬をバチンと叩く。よし、醒めた!
二人を完全に覚醒させちまった張本人の俺が酔ったままじゃ話にならんからな。ガッツリ、今日俺が調べ上げた事について話そう。
「取り敢えず、
「“には”って事は、別の書物にはそれらしい事が書いてあったって事ですか?」
「鋭いなリーリエ……ほれ」
俺は腰に付けたままだったマジックポーチから一冊の本を取り出して、空いた食器等をどけてテーブルの真ん中に置いた。
「“太古の巨竜”……随分と古い本ですね」
「おう。歴史資料室で埃を被ってた本だが、まぁ読んでみてくれ」
俺がそう促すと、リーリエ達は置かれたままの本の表紙を開いて、全員に見える様にしながらその中身へと視線を落とした。
「“空と大地と海が生まれし古の時代より、歩み続ける竜の姿あり。その竜、山より高く海より深き者にして、悠久の時を生き続ける大地の化身なり。万の存在より古き竜、雲を纏いて歩む竜。流浪の巨神たるその竜の名は――”……この先は、文字が霞んで読めませんね」
代表して読み上げたアリアが、ついと眼鏡の縁を持ち上げ興味深そうに視線を落としたままそう口にする。
他にも書いてある事は様々だが、正体を掴むという点において重要なのは今アリアが読んでくれた部分だと思う。それ以外は……知らんッ!
「肝心な名前は分らへんな……でも、ここに書いてある巨竜っちゅうのは、うち等が今まで見たどのドラゴンとも比較にならん位大きなドラゴンみたいやねぇ」
「ですね……“山より高く海より深い”、か……」
言葉通りなら、信じられないレベルの巨体の持ち主だ。それこそ、歩くだけで地震を引き起こしちまう様なドラゴンだと思っていいだろう。
「額面通りに受け止めりゃ、確かにそうだろう。ただ、この書物若干おとぎ話的な感じが強いんだよなぁ。ドラゴンに対する表現も抽象的だし。いや、選んだのは俺なんだけどさ」
「……しかし、一番イメージに近いドラゴンだとは思います。実在するなら、ですが」
「はい。ムサシさんはあの地鳴りを引き起こした張本人の正体に近いんじゃないかと思って、この書物を借りて来たんですよね?」
「まぁ、そうなんだが……ぶっちゃけ頭で考えてこの本を選んだ訳じゃないんだよ。書架を漁った時に偶然目に入って、直感でこれなんじゃって思った部分が大きい」
「え、そうなん?」
「ああ」
俺が頭を掻きながら吐露した言葉に、リーリエ達は顔を見合わせる。くそ、やっぱちゃんと考えて他にも持ってくるべきだったか?
「じゃあ、間違い無く地鳴りの正体このドラゴンやん」
「ですね。実在するのは確実です」
「今も生きてるんですね、こんなドラゴンが……」
「ホァッ!?」
俺の懸念など一瞬で吹き飛ばす様に、リーリエ達三人はこくりと頷き合った。嘘だろ、今の一言を聞いて何故そこまで断言出来る!?
「ちょちょちょちょい待ち、何でそこまではっきりと――」
「え? だって、ムサシさんの直感とかそう言うのって外れた試しが無いじゃないですか」
事も無げにそう言い切ったリーリエに、アリアもコトハも頷いて同意する。マジか……俺の感覚に依存する部分に対しての信頼が厚過ぎる。これいつか外しちまった時の事を考えると怖ぇなぁ。
「しかし、正確にどの位昔から存在したのかまでは分りませんね」
「せやね。“空と大地と海が生まれし古の時代”って一体いつの事なん? って話や」
あ、言われてみればそうだ。大仰な書かれ方してるが、実際は何年前……いや、何百年前とかに生まれたのかもしれんし。
逆に、人類有史以前から……それこそ、古代文明なんて物が繁栄する以前から存在していた可能性だってある。しかし、この書物だけで正確な時代を知るのはちょい厳しい――。
「――三百年前」
俺達が頭を捻っていた時、不意に声が聞こえた。弾かれた様に書物から視線を外して顔を上げれば、そこには食器の回収に来たアリーシャさんが立っていた。
「そいつが最後に姿を確認されたのは、今から約三百年前だよ。≪グランアルシュ≫にあるギルドの総本部、その中にある記録保管庫の資料に書いてあったから、ほぼ間違い無い」
食器を重ねながらそう語るアリーシャさんに、俺達は驚いていた。途切れさせる事無く、アリーシャさんは言葉を続けた。
「実際に何時の時代から生きてたのかってのは分からない。それは学者の調べる領分で、現在進行形で調査中だからね。でも、少なく見積もっても
「……何で、そこまで詳しく知ってるんです?」
「アタシが現役の頃、一度旦那と一緒に調べる機会があったのさ。今言ったのは、その時に得た情報……ギルドが保管している資料には、市井に出回っている書物よりも詳細な情報が載っている場合が多々あるからねぇ」
ふっと一瞬だけ当時を懐かしむ様な柔らかい表情を作ったアリーシャさんだったが、直ぐにいつもの快活で凛とした顔に戻った。
「勿論、誰でも閲覧出来るような物じゃない。一定の実績と、最低でも等級が青以上じゃないと資料室には足を踏み入れる事すら許されていないからね」
「それ、俺等に話しても良かったんすか?」
「
そう言って少し悪戯っぽい笑みを浮かべてから、“よっ”と食器を持ち上げたアリーシャさんは、そのまま厨房の方へと戻って行く。成程、元凄腕でスレイヤーとしての経験も豊かなアリーシャさんだからこそ知っている情報って訳か。
俺がそう一人で納得していると、厨房の手前で徐に足を止めたアリーシャさんがこちらを振り向き、口を開いた。
「――そのドラゴンの名前は、【
それだけを言い残して、今度こそアリーシャさんは厨房の奥へと姿を消す。残された俺達は、アドヴェルーサと言う名前を記憶に刻む様に噛み締めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます