第8話 お買い物

【Side:リーリエ】


 ギルドでムサシさん達と別れた私とコトハさんとラトリアちゃんは、寄り道をせずに真っ直ぐ≪月の兎亭≫へと向かった。

 途中でラトリアちゃんの生活用品を買い揃えようかとも思ったけど、コトハさんの提案で先ずは部屋の確保が先と言う話になったのだ。

 確かに、宿主であるアリーシャさんには最優先で話を通すべきだろう。そう言う訳で、今私達は≪月の兎亭≫にてアリーシャさんと話を進めていたのだった。


「……なるほどね、大体事情は分かったよ。アタシとしては、宿泊客が増えるのは良い事だからね。ラトリアに一つ、部屋を貸すよ」

「ありがとう御座います!」

「礼を言われる様な事じゃないよ。よろしくね、ラトリア」

「ふ、ふぁい……ふぁの、この手ふぁ……」


 ラトリアちゃんが困惑した声を上げるのも仕方ない。何故なら、今のラトリアちゃんはアリーシャさんにその両頬をもちゃもちゃと揉み回されているからだ。


「んー? いやなに、こんなちっちゃい子がウチに来るとは思っていなかったからさぁ。つい、ね」

「アリーシャはん、次はうちがやってもええかな?」

「っ!?」

「あはは……」


 二人の女性にもみくちゃにされ、困惑しているラトリアちゃんを見ながら私は苦笑する。

 確かに、ラトリアちゃんは撫でたり抱きしめたくなるタイプの女の子だ。アリーシャさん達の気持ちも分かるけど、そろそろ本題に入らないと。


「二人とも、その辺で。ラトリアちゃんも困ってますし」

「あら、残念」

「……っ!」


 私が助け舟を出すと、アリーシャさんとコトハさんの腕から解放されたラトリアちゃんが一直線に私に駆け寄り、後ろへと隠れてしまった。


「り、リーリエ……助けてくれて、ありがとう……!」

「ふふっ、いえいえ。そうしましたらコトハさん、ラトリアちゃんの部屋に行きましょうか。その後、生活必需品を三人で買いに行きましょう」

「ん、せやね。ほなアリーシャはん、部屋の鍵預かってもええどすか?」

「ちょい待ち……はいよ、ホレッ」


 そう言って、アリーシャさんがカウンターの奥に消えて行き、やがて鍵を持って戻って来るとそれをコトハさんに投げてよこす。

 コトハさんがそれをキャッチしたのを確認して、私達はラトリアちゃんにあてがわれた部屋を目指して二階へと上がっていった。


 ◇◆


 ……結論から言うと、足りない物だらけだった。余りにも、ラトリアちゃんが持ち歩いていた生活用品が少なすぎる!


「寝袋、水筒、下着、漫画、干し肉。これに普段の衣服と魔導ワン――マジカルロッド……うちが言えた義理やないけど、よくこれで今まで生き残ってきはったなぁ」


 その内容に、流石のコトハさんもピクピクと頬を引き攣らせている。私も同じような感想だけど、それを見たラトリアちゃんは不思議そうな顔をしていた。


「……? これじゃ、足りない?」

「そ、そうだね……今まではこれでも良かったのかもしれないけど、正直足りない物が多すぎるかな」

「……そう」

「という訳で、これから市場に行きましょうか。この分だと、結構買い揃えなきゃいけない物がありますし」

「せやね。出来れば日の高いうちに終わらせたいさかい、今から出ましょか」

「ですね。じゃあ、マジカルロッドはここに置いて行こうね」

「ん……分かった」


 備え付けられていたベッドの上に出された僅かな生活用品の隣に厳ついマジカルロッドを置いて、ラトリアちゃんは私達の傍に来る。

 その手を握って、私達は部屋を後にした。目指すは、市場だ。


 ◇◆


「わぁ……!」


 喧騒と共に沢山の人が行き来する市場を見て、ラトリアちゃんが感嘆の声を上げた。

 今の時間帯は、かなり人が多い。直接市場で買い物をする人だけでは無く、その周りにある食事処や喫茶店等を利用する人も多く来る時間帯なので、当然と言えば当然だが。


「ラトリアはん、うち等から離れたらあかんよ? しっかり手ぇ握っといてな?」

「迷子になったら大変ですからね……先ずは、生活必需品から揃えましょうか」


 私達は、はぐれない様にしながらラトリアちゃんのこれからの生活に必要と思われる品を買い揃えていく。

 石鹸、タオル類、はみがきセット、生理用品、身だしなみを整えるのに必要な櫛、手鏡。今までは体が汚れたら、全身から大量の魔力を放出してその勢いで土や泥、その他諸々の汚れを吹き飛ばすとかいうとんでもない方法を取っていたらしい。その度に、魔力枯渇一歩手前になっていたとか……勿論、今日からそれは無し!

 他にも姿見や木製のハンガーラック、椅子やサイドテーブルといった大物は、ぶつかり合わない様にしながらマジックポーチに店員さんに手伝って貰いながら収納した。出す時は、ムサシさんにも手伝って貰おう。

 その後、ちょっとした小物を探したり、その流れで市場を見て回っている内にいつの間にか結構な時間が経っていたらしく、既に西日が大分強くなってきていた。


「あー、いつの間にかかなり時間が経っちゃってましたね」

「せやねぇ。やっぱり、こう言う買い物をしとると目移りしてまうから……ラトリアはん、疲れとらへん?」

「うん、大丈夫……」


 そう口にするラトリアちゃんだが、少し目を擦っている辺りちょっと眠そうではある。

 無理も無い、ラトリアちゃんにとって今日は激動の一日だっただろうし、これ以上はあまり時間を掛けていられないかな。

 しかし、私はそこである重要な買い物をしていなかったのを思い出した。


「あっ、そう言えば服の事をすっかり忘れていましたね……ラトリアちゃんが持ってる服って、だけなんだよね?」

「うん……」

「そっか。じゃあ、寝る時に使う肌着と……コトハさん、普段着に使う私服も探した方が良いですかね?」

「ん、せやね。デザインはどうあれ、アレはクエストに使う防具の一種やろうから、それとは別にプライベートで着る服もあった方がええやろね。うちも、私服の必要性はリーリエはんとアリアはんに力説されたからなぁ」

「あはは……そしたら、シェイラさんのお店に行きましょうか。あそこなら、全部揃っているでしょうし」

「賛成。ラトリアはん、もし疲れてるならうちにおぶさってく?」

「ううん、大丈夫……ちょっと、恥ずかしいし」

「そっか。ほな、またしっかりうち等の手を握っといてな」


 コトハさんの言葉にラトリアちゃんは頷き、右手で私の左手を、左手でコトハさんの右手をしっかりと握った。


(……これって、姉妹とかに見えたりするのかな)


 私は三人並んで歩きながら、そんな事を考えていたのだった。


 ◇◆


≪シェイラ服飾店≫に着くと、ラトリアちゃんの姿を見たシェイラさんが目を輝かせながら私達へと近付いて来た。ラトリアちゃんは……私の後ろに隠れてしまった。


「ちょっとあなた達、その可愛い子は一体どうしたの!?」

「えっと、ちょっとした理由があって今度から私達のパーティーに加わる事になった子です。ラトリアちゃん、この服屋さんの店主のシェイラさんだよ」

「……ラトリア、です」


 私の背後から恐る恐る顔を出したラトリアちゃんが、小さな声で挨拶をする。その動きがまた可愛らしくて、見事にシェイラさんの琴線に触れたようだった。

 一瞬の隙を突かれて、あっという間にシェイラさんがラトリアちゃんを私の影から引っ張り出して腕の中へ収める。は、速い!


「ラトリアちゃんね! わたしはここの店主のシェイラよ、よろしくね!」

「っ!? は、はいぃ……」


 わちゃわちゃと恍惚とした顔のシェイラさんに頬を擦り付けられながら、ラトリアちゃんは色々と諦めた様な声音で返事をした。ご、ごめんねラトリアちゃん……。


「で、状況から察するにうちにはラトリアちゃんの服を見繕いに来たって事でいいのかしら?」

「そうですね。ラトリアちゃんに似合う就寝用の肌着と私服を買いたくて」

「あと、折角やからこの機会に下着も新しく買った方がええやろね」

「あ、確かに」

「オッケー。そしたら、全員でラトリアちゃんが気に入る様な服を探しましょうか」


 ラトリアちゃんを解放したシェイラさんが、私達を店内の女性ものの服が展示してあるエリアへと案内する。


 そこから、また長い服選びの時間が始まってしまい……結局、帰宅が遅い私達を心配し、野生の勘をフルに生かして追跡してきたムサシさんが現れるまで、私達の買い物は続いてしまったのだった。

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