第3話 素性不明の少女を保護したゾ

 ずい、と体を前に押し出して真っ直ぐに俺達を見詰めて、そうお願いしてきたラトリアを見て、俺はリーリエと初めて出会った時の事を思い出した。

 確か、あの時もかなり突拍子も無い感じでリーリエにパーティーを組んでくれって言われたんだったか……今となっては、大分遠い記憶にも感じる。

 まぁそれはさて置き、だな。


「落ち着け、ラトリア。色々と話をすっ飛ばしてるから、こっちも反応に困る」

「……! ご、ごめんなさい……」


 俺の諭すような言葉で、ラトリアはハッとした様な表情になり体を引っ込める。あからさまに肩を落としてるが、別に駄目と言った訳じゃ無いんだがなぁ。


「えっと……ラトリアちゃん、理由を聞いても良いかな?」


 しょぼんとしているラトリアに、リーリエが優しく言葉を掛ける。そこから、ポツポツとラトリアが喋り始めた。


「……ラトリアは、一人でここまで来た。でも、途中で何度か死にかけて……一人で行動するのに、限界を感じた……」

「なるほど、それでうち等とパーティーを組みたいって訳やね……ラトリアはん、一つ聞いてもええかな?」

「ん……なに?」

「ラトリアはんは、スレイヤーなん?」


 コトハがそう聞くと、ラトリアはもじもじとしながら何かを言い淀んでいる。あー、これは多分……スレイヤーじゃねぇんだろうな。


「……ラトリアは、スレイヤーじゃ……ない」

「やっぱりか……ラトリア、俺達はスレイヤーだ。その俺達とパーティーを組むって事は、必然的にラトリアもスレイヤーの身分を持ってないと駄目なんだよ」


 これは、ギルドの規定にもきちんと書いてある事だった。

 スレイヤーがクエストに赴く際は、パーティーを組んで行く事が殆どだ。そのパーティーを組む時、スレイヤー以外の人間をパーティーには入れられない。

 理由としては、もしクエスト中にそのスレイヤーでない者に何かあっても、ギルドで責任が取れないからだ。

 護衛の依頼や、研究者を伴っての調査等は別だが、基本的にドラゴンの討伐や指定素材の採取クエスト等に同行させられるのは、同じスレイヤーだけ。

 そもそも、想定外の強個体のドラゴン等との遭遇もあり得るフィールドにおいて、戦う術を知らない一般人を連れ歩くこと自体が危険である。

 ラトリアがもし俺達のパーティーに加わるのなら、スレイヤーで無ければいけないのだが、そうじゃないなら申し訳無いが断らざるを得ない。

 しかし……ラトリア自身にドラゴンと戦う術が備わっていないかと言えば、それは疑問だ。


「つー訳で、普通なら一発で断る所だが……なぁ、ラトリア。今度は俺から聞かせてくれ」

「……?」

「あのぶっ飛んだ威力の魔法を使ったのは、ラトリアって事でいいのか?」

「……う、うん」

「成程ね」


 ふむ、やっぱりそうか。いや、ほぼ間違い無くラトリアだとは思っていたが、念の為の確認だな。

 で、ここからが大事……一体ナニを相手にあの魔法を使ったか、だ。


「ラトリア。アレを使ったのがお前なら、一体どんなヤツを相手に使ったんだ?」

「……えっと、あそこでラトリアはドラゴンに襲われた。だから、身を守る為に……使った」

「相手は? 何て名前のドラゴンだ?」

「……名前は、分からない。でも、そんなに大きくなかった……黄色っぽくて、大きな鉤爪をもってた」


 ……ん? それって、もしかしなくても鉤竜ガプテルだよな? はて、俺の記憶が正しければガプテルはかなりポピュラーなドラゴンだったと思うが、それの名前を知らない?

 割かし一般人の間でも普通に知られているんだが……何だろう、妙に引っ掛かるな。


「えっとね、ラトリアちゃんが遭遇したのはガプテルってドラゴンだと思うんだけど、そのガプテルに襲われたから魔法で撃退したって事でいいのかな」

「がぷてる……うん、そのガプテルに襲われた」

「なるほどなぁ。あれだけ大出力の魔法を使った訳やから、かなりの数の群れに襲われたって事でええのかな?」

「……ううん、違う。ラトリアが出会ったのは、一頭だけ」

「え!?」

「い、一頭?」


 ラトリアの言葉に、リーリエとコトハが言葉を失う。

 いや、そりゃそうでしょうよ。たった一頭のガプテルを撃退する為だけにあんな大規模な魔法を使うって、幾ら相手が小型と言えどドラゴンだからと言っても過剰過ぎる。

 と言うか、俺とリーリエが見つけた時、ラトリアは空腹状態だけではなく魔力切れも引き起こしていた。たった一人で行動していて魔力切れなんかになったら、それこそ気絶中に他のドラゴンないし獣に襲われる可能性が高い。そっちの方がよっぽど危険だ。

 そこで、俺はある予測を立てた。ただ、これがもし正しかったら……ラトリアは、かなりピーキーな魔導士ウィザードって事になるが。


「んー……もしかしてラトリアって、あの魔法以外使えなかったりするか?」

「えっ!? ムサシさん、それは流石に……」

「幾らなんでも、有り得へんのとちゃう? あの魔法を運用できるだけの魔力があるんやったら、他の魔法も当然――」

「……ムサシの、言う通り」


 ラトリアがあっさりと俺の言葉を肯定した事で、再びリーリエとコトハは言葉を失った。そんな二人の顔をチラチラと見ながら、恥ずかしそうにラトリアは言葉を続ける。


「ラトリアは……あの魔法以外、使えない。だから、魔法を使うたびに……ムサシ達に助けて貰った時みたいに、倒れてしまう」

「危ねぇなオイ! 良く今まで生き残って来れたな!?」

「……運が、良かった」


 いや、運がいいとかそう言うレベルじゃねえよ……今までどこをどの位歩いて来たかは知らないが、その言い方から察するに襲われたのは一度や二度じゃないっぽいな。

 その度に、あの大火力魔法を使ってぶっ倒れて、また別の場所で使ってぶっ倒れて……や、やべぇ。頭が痛くなって来た。

 だが、取り敢えずラトリアにドラゴンを撃退できるだけの力があるってのはこれで分かった。大分無茶苦茶ではあるがな。


「あ、あの……ムサシさん」

「……大体何が言いたいか分かるが、一応聞いとく。何だ?」

「ラトリアちゃん……私達と一緒に、連れて行った方がいいんじゃないでしょうか」


 だよな、そうなるよな普通。このまま突っぱねてまた一人で行動されて、その先で野垂れ死ぬのは流石にあんまりだ。

 てか、ここまで聞いてそのまま放置なんて出来ん! ここでスレイヤーでもないラトリアをほっぽり出したら、防人たるスレイヤーの名が廃る。

 ただ、リーリエは“連れて行く”と言った。それはつまり、保護はするけれどもパーティーに入れるかって話は別問題って事だ。


「うちも、リーリエはんに賛成。パーティーに入れるかどうかは兎も角、こんな小さな子をこのまま置いてはいけへんよ」


 スッと立ち上がったコトハが、ラトリアの傍まで行きその頭を優しく撫でる。ラトリアは少し恥ずかしそうにしながらも、黙ってコトハの手を受け入れていた。


「そうだな。俺も、置いてくつもりなんか無ぇよ……ただし、だ。ラトリア」


 俺は一旦言葉を区切り、真っ直ぐにラトリアの瞳を見詰める。ラトリアもまた、その深い海を思わせる色の瞳で俺を見つめ返してきた。


「俺達は、ラトリアの事を何も知らない。凄ぇ魔法を使うって事以外はな……だから、俺達の事も教えるからラトリアの事も教えて欲しい。勿論、≪ミーティン≫に帰って落ち着いてからでいいからさ」

「ん……分かった」


 俺の言葉に、ラトリアは小さく頷く。

 対等な関係を築くには、お互いの事を知らなければいけない。特にラトリアの場合は、謎の部分が多すぎるからな。

 まぁ、俺の嗅覚が嫌な臭いを嗅ぎつけてないから、ほぼ間違い無く悪人では無いだろうが。


「よし、したらば飯も食い終わってる事だから撤収の準備をしようか。ラトリアは、帰りながらでも≪ミーティン≫に着いてからの身の振り方とか、ある程度考えておいてくれよ? リーリエやコトハに相談しながらでいいからさ」

「……うん」


 この場合の身の振り方と言うのは、スレイヤーになって正式に俺達のパーティーに入るのを再度希望するのか、それとも別の選択肢を取るのかって話になる訳だが。

 しかし、これに関しては今の段階で詳細に決めるのは無理だろう。俺は苦笑いをしながら、若干不安そうに瞳を揺らすラトリアの頭にポンと手を乗せた。


「そんな心配そうな顔すんなよ。乗り掛かった船だ、俺達も出来るだけ手を貸すからゆっくり考えろ」


 そう言ってわしゃわしゃと頭を撫でてやると、ラトリアはくすぐったそうにしながらも俺の手を退けようとはしない。

 何だこれは、妙に庇護欲を掻き立てられるというか……これが、父性って奴かな?


「……親子?」

「みたいに見えはりますなぁ」


 微笑ましい物を見る様に優しく笑うリーリエとコトハに気付き、俺は若干の気恥ずかしさを覚えながら撤収作業に入ったのだった。

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