第2話 腹ペコ少女、その名はラトリア
ファンシー少女を回収して、取り敢えずベースまで戻って来た。そこでは、俺達の帰りを待ちながら飯の準備をしていたコトハが何やら慌ただしく動いていた。
「うーっす、帰ったぞー」
「今帰りましたー……」
「あっ! 二人とも、大丈夫やったん!? さっきごっつ強烈な魔法が使われたのが見えたんやけど――えっ、どないしたんその子?」
どうやら、武装して俺達と合流しようとしていたらしい。そりゃ、視界にあんな訳の分からない光線が迸ってったら、フィールドに出てる俺とリーリエに何かあったんじゃないかと考えるのが普通だわな。
「ここに来る途中で拾った。多分、あの魔法を使った張本人だ」
「え、ほんまに?」
「ほんまほんま。で、どうにもこのチミッ子腹がメッチャ減ってるらしくてな、今は気を失ってる」
「なるほどなぁ……うん、分かった。ほな、先ずはこの子でも食べられるお腹に優しいご飯を作らんとなぁ。リーリエはん、手伝って貰てもええかな?」
「はい!」
そう言って、コトハとリーリエは調理道具が展開された場所で作業を始める。その間に、俺は荷物を全部下ろして、胡坐をかいて地面に座り込んだ。
その組んだ脚の間に、少女の体をすっぽりと横たえる。俺の体で申し訳ない所ではあるが、地面に寝かせる訳にもいかないからぁ、我慢してくれとしか言えない。
しかし、あまり深く聞き込まずに直ぐにこの少女用の飯を作り始めてくれたコトハと、それに協力しているリーリエには頭が上がらんね……普通、得体の知れない相手をパーティーメンバーがいきなり連れてきたら、多少は警戒しそうなもんだが。
「後で二人にお礼言っとけよ、チビッ子」
「ん……」
少し意識が戻って来たのか、俺の言葉でピクリと反応を見せた少女の頭を、俺はポンポンと撫でる。
(何か……色々すっ飛ばして、父親になった気分だなぁ)
テキパキと動くコトハ達の後姿を見ながら、俺はぼんやりとそんな事を考えていたのだった。
◇◆
辺りに美味そうな匂いが漂い始める頃には、もう俺の腹はかなり限界点に近くなってきていた。は、腹減った……。
「……すんすん」
その匂いに釣られたのかは分からないが、閉じられていた少女の眼が薄っすらと開いていく。こりゃ、かなり腹減らしてんなぁ。食い物の匂いで覚醒するって相当だぞ。
「お、目が覚めたな」
「ここ、は……」
「≪ガリェーチ砂漠≫のベースエリアだ。自分が何してたかとか、覚えてるか?」
「……うん」
「そうか。まぁその辺の事は飯食って元気が戻ってから聞かせてくれぃ」
「分かった……ありがとう、ごりらさん」
「お前恩人に向かって失礼だな!?」
め、目を覚ましたと思ったらいきなり他人様をゴリラ呼ばわりとはいい根性してんねぇ!
しかし、イマイチ強く否定出来ないのが辛い所ではある。てか、初対面で俺に全く物怖じせず、確かめる様に俺の顔に手を伸ばしてペタペタと触ってくる辺り、寝ぼけてんのかもな。
「……不思議。ごりらさんの顔、まるで人間みたい」
「失敬な! 正真正銘徹頭徹尾頭の先から爪先まで余す事無く人間だよゥッ!!」
ただちょっと普通より力が強くて、普通よりちょっと体が頑丈だけどな! しかし、そんな事は些細な違いである。
「あら、その子起きたん?」
如何に自分が人間かを力説しようとしていた俺と意識の戻った少女の元へ、恐らく料理の入っているであろうお椀を持ったコトハが近付いて来る。その後ろからは、デカいドラゴン肉のステーキが乗ったプレートを持ったリーリエも来ていた。あっちは多分、俺用の飯だな。
いやぁ、何がやべーってクエスト中にコトハが出してくる料理はどれもこれも出先で作るような料理じゃ無いって所だ。近くに安全なベースエリアが無い場合は携帯食料で済ませるが、今みたいに周囲の安全が確保されている時は、決まって凝った料理が出て来る。
コトハ曰く、『食事は、クエスト中唯一の楽しみと言っても過言では無い。だからこそ、出来るだけ美味しい物を食べるたいし、その食事の満足度が高ければモチベーションの維持にも繋がる』って話だ。うん、全く以ってその通り。
だから、コトハは平常時に使う汎用マジックポーチ、大量の調理器具を入れる用のマジックポーチ、食材を入れる為のマジックポーチの三つを持っている。しかも、三つ持ってもかさばらない様に小型化された俺やリーリエが持ってるマジックポーチよりもお高めのヤツだ。
それだけで、コトハが料理に強い拘りを持っているのが分かる。ハガネダチを追掛けていた八年間も、今ほどでは無いにしてもそれなりに食事には気を遣っていたらしい。過去の因縁が全部片付いた事によって、以前よりも余裕が出来たから、更に料理に凝るようになったそうだ。
「おう、まだちょっと寝ぼけてるみたいだがな」
「空腹状態ですからね、仕方ありませんよ」
「せやね。胃がびっくりしない様に、味付けしたお粥を作ったんやけど……きみ、食べれる?」
そう言って、コトハが膝を付いて少女へと語り掛ける。
お椀の中に入っていたのは、こういう時の定番と言っていいお粥……えっ、これたまご粥やん。オイオイオイ、めっちゃ美味そうなんだが!?
「……! た、食べれるっ!!」
「っとぉ!」
コトハのが差し出したたまご粥に、少女は勢い良く飛び付く。あまりに勢いが良かったので、俺は前に倒れ込まない様に、その小さな体を後ろから腹に腕を回して支えた。
「待て待て、慌てんな……っつっても、聞こえて無さそうだな」
「ですね……ムサシさん、どうしますか? その体勢だと食べづらそうですけど」
「いや、大丈夫。俺も腹減って死にそうだから食うわ」
「分かりました。では、どうぞ」
「サンキュ」
俺は腕の中に納まったまま、一心不乱にたまご粥をかき込んでいる少女を見ながらリーリエからステーキの方を受け取る。アツアツだから、この子に掛かっちまったりしない様にしないとな……お、思ったよりも食いづれぇ。
「ふふっ、ムサシはん。そのステーキやけど、リーリエはんが頑張って作ったものやから、残したらあきまへんよ?」
「おおっ!」
「あぅ……い、一応ちょっとだけ凝ってみました。極厚のドラゴン肉を使ったステーキに、ムサシさんの好きなチーズを掛けて、キノコを使ったガーリックソースで味付けしてみたんですけど」
「は? 最高かよ……と、取り敢えず自分食っていいすか!?」
「ど、どうぞ!」
涎が止まらなくなって来た所で、俺は早速ステーキを口に運ぶ。左手でステーキ皿を持って、少女の体から離した右手で切り分けて食うとか言う物凄く危ない食い方だが、そこは問題無し。
俺の手で固定されたこのステーキ皿は、今や世界一ガッチリ固定されている食器と言っても過言では無い。現に、俺が箸でステーキを豪快に分けてもビクともしない。
あ、俺殆どの食い物は箸で食う派っす。大丈夫や、俺が扱う箸は切れ味を宿すからな。
「ど、どうですか……?」
リーリエが少し心配そうに聞いて来る。それに対する俺の答え等、決まっていた。
「――めっちゃ美味ェ!!!!」
青空一杯に響き渡る声を上げて、俺はリーリエにサムズアップをした。
ミディアムで焼かれた肉に、とろりと溶けたチーズとキノコ入りガーリックソースを絡ませて口へ運べば、噛んだ瞬間にジワリと肉汁が溢れ出る。やっべ、正に絶品。
この味なら、誰が食っても美味いと答える筈だ。てかこれを不味いとか抜かしたヤツには、蟲や蛇、良く分からない野草や謎のキノコを使った俺特製のワイルドな野生飯を食わせてやるよォ!
……なお、以前“俺流野生飯”というジャンルに興味を持ったリーリエとコトハに作ってやった所、無事泣かれた模様。あれはあれで好きなんだけどなぁ、俺。
◇◆
「あー、食った食った……」
「けぷ……」
存分に二人の料理を味わった後、俺と少女はリーリエとコトハが腰を下ろしていた場所まで移動した。そして、少女の正面に三人で改めて座り直し、改めて話を聞いてみる事にした。
「さて、もう腹は一杯か?」
「うん……あの、この度は助けてくれて、ありがとうございました……」
そう言って、少女はぺこりと頭を下げる。よし、取り敢えず会話に支障は無さそうだな。
ゆっくりとした喋り方に、その空色の髪と対になる様な深い海色の瞳が、非常に落ち着いた印象を与える。とても先程まであれだけ無我夢中で飯にがっついていたとは思えないな……。
ただ、その独特な服装のせいで一概にクールな人物って言えないのが、評価に困る所だが。
「よしよし、したらば自己紹介からしようか。俺はムサシって名前だ、ここから離れた場所にある≪ミーティン≫って街を拠点にしてスレイヤーをやってる。えっと……」
「あ……ラトリア、っていいます」
ラトリア。どうやら、それがこの少女の名前らしい……しかし、何だろうか。どうにも喋り方がちぐはぐだな。もしかして、丁寧語で喋るの苦手か?
「うーん……ラトリア。今の喋り方が辛いんだったら、いつも通りの喋り方でいいぞ。俺の事も呼び捨てでいいから」
「……いい、の? ラトリア、あんまり丁寧に喋れないよ?」
「かまへんかまへん。二人は……」
「構いませんよ。あ、私はリーリエって言うの。よろしくね、ラトリアちゃん」
「うちもええよ。ラトリアはん、うちはコトハ言います。よろしゅうなぁ」
「……わかった。ムサシに、リーリエに、コトハ……うん。ラトリア、覚えた」
……なんか、アレだな。一人称で自分の名前使う人間を見るのって、かなり懐かしい感じがする。最後に見たのは、元の世界に居た頃だな。
「うし、じゃあラトリアに単刀直入に聞きたい事があるんだが……俺等に救助される前に、自分が使った魔法の事覚えてるか?」
「……!」
お、どうやら覚えているみたいだな。なら、このまま聞いて……いこうとしたのだが、俺は言葉を区切らざるを得なくなった。
何故なら、目の前に座っていたラトリアが突然俺達に深々と頭を下げてきたからだ。
「ど、どったの?」
「ムサシたちに……お願いがある、あります……!」
頭を下げたまま、切羽詰まった様子でそう告げて来るラトリア。おっとぉ? 何だか妙な事になって来たぞぉ!?
「ラトリアを……ムサシたちのパーティーに、入れて下さい……!」
「「「……え?」」」
前置きやら何やら一切無しでラトリアが口にした言葉で、俺とリーリエとコトハは呆けた声を上げてしまった。
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