第61話 アクセサリー(意味深)

 アンジェさんが連れて来てくれたその店は、市場のメインストリートから一本脇に逸れた道に、ひっそりと店舗を構えていた。

 正に隠れた名店って感じの店だが、俺は店舗内を見て若干顔を引き攣らせていた。


「アンジェさん、確かにここなら特別な一品があるかもしんないすけど……」

「アラ、何かご不満な所でもあったかしラ?」

「不満では無いすけど、一部売ってるモンおかしくないすか!?」


 俺は声を潜めながら、アンジェさんに耳打ちする。

 この店、入ってすぐのエリアは確かにいい感じではある。ドラゴンの素材や鉱石を用いた綺麗なアクセが置いてあり、質も良さそうだ。

 デザインも千差万別、見ているだけでも楽しいんじゃないかとは思う……が! それは、あくまでだ。

 そこから一歩、ペルシャ絨毯みてぇな暖簾を潜って奥に進んで行けば……そこは、明らかに妖しげな物が所狭しと並べてある成人指定エリアピンクゾーンだった。


「大丈夫ヨ、ちゃんと一般とオトナでエリアが分けてあるんだかラ」

「そのオトナなエリアの方に、三人とも行っちまってるんですがそれは……」

「んーフフフフ♪」


 あっ、この人絶対ぇこうなるのが分かってて連れて来やがったな!? なんちゅー下世話な事を!


「いいじゃなイ、あの達だって立派な女性ヨ? 特にリーリエちゃんなんて、ムサシちゃんに大人っぽい自分を見せたいらしくて、真っ先に突撃して行ったじゃなイ」

「むっつリーリエめ……」


 いや、つーかこれはあくまで俺があの三人の為に贈り物をしたいって話なのに、俺の事を気に掛けて品物を選ばれたら本末転倒な気がするんだが。


「あの、ムサシさん。こちらに来て頂けませんか?」


 俺が眉間を抑えて唸っていると、陳列棚からアリアがひょいっと顔を出して、小さな声で俺を呼んだ。案の定と言うか何と言うか、その頬と長い耳は赤く染まっている。


「さて、アタシはこの辺りで失礼させて貰うわネ。ムサシちゃん、頑張っテ~!」

「ちょっ!」


 俺が引き留める間も無く、アンジェさんは高速モデル歩きで颯爽と店舗の外へと出ていってしまった。ああもう、こうなったら腹括るしかねぇ!

 覚悟を決めた俺は、アリアに招かれた場所へと足を踏み込む。そこには、頭を引っ込めたアリアと、真剣に品定めをしているリーリエとコトハの姿があった。


「あー……決まったの?」

「えっと、はい。ワタシは、これがいいです……」


 そう言って、アリアがごにょごにょと口を動かしながら俺に見せてきた物。それは、パッと見は普通のチョーカーだった。

 黒に銀の装飾が施された、ちょっとエレガントな感じの奴……しかァし! その留め具の部分がなんかオカシい!


「あ、アリア。これ、留め金の部分って南京錠でも使うんか?」

「はい」

「成程……で、使用する南京錠はそのピンクのハート形の奴すか」

「……はぃ」

「いかんでしょ!」


 顔を赤くしたままのアリアに、俺は思わず突っ込みを入れる。

 いやだってさ、アリアが俺の恋人だってのはあの告白劇のお陰でもう街中に知れ渡ってる訳ですよ。そのアリアがこんな物首に着けてたら、俺が今以上にやべー奴って印象持たれちまうよ!


「……ダメ、でしょうか」


 上目遣いでそう尋ねてくるアリアに、俺は言葉に詰まる。くっそ、その顔は反則だろ!


「ぐっ……いや、アリアがそれが良いって言うなら俺は構わねぇよ」

「っ、ありがとう御座います」


 俺が降参した様にそう言うと、アリアはパッと笑顔になり持っていたチョーカーと南京錠をぐっと抱き締めた。まぁ、アリアが嬉しそうにしてるしこの際俺に向けられる視線なんて気にせん事にするっきゃないな。


「じゃあ、ワタシ店員さんの所にこれを預けてきますね。この南京錠、裏に名前を掘って貰えるらしいので」

「へー、そうなん……」

「ムサシさんの名前を入れて貰います」

「ゑ?」


 ピシリ、と固まった俺を置いて、アリアはすたこらさっさとこの場を離れて行った。

 ちょっと待ってくれよ……そんな事されたら、何かの拍子で南京錠の裏を誰かに見られたら、それこそガチで俺が異常性癖者になってまうやんけ……。

 アリアって、クールな感じなのに結構変態チックな所あるよね……せ、せめて後のリーリエとコトハにはもう少しマイルドな物を選んで頂きたいッ!


「ふ、二人はどうだ? 何か気に入った物は――」

「ムサシはん、うちはこれで」


 にっこりと笑ってコトハが手にした物。分類で言えば、アリアが選んだ物と同じチョーカーの類の物だとは思う――がッ!


「……コトハ、それは人間に付ける物とはちゃうんやないか?」

「何言うとるん? アリアはんの選んどったチョーカーと殆ど変わらへんやん」

「全然違う! お前が持ってるそれはチョーカーじゃなくてだろ!!」


 しかも、二つ穴式で赤い革で出来ている本格的な奴だ。金の金具が使われているそれは、恐らく大型犬用なのだろう。コトハの首に付けたらブカブカなんじゃないかな。

 おまけに首の後ろに当たる部分にリードを繋ぐ用の金具まで付いてるんだ、言い逃れは出来んぞコトハ!


「……わん♪」


 犬、と言う単語に反応したのか、コトハが両手首を前でクイっと曲げて、可愛らしく首を傾ける。その純白の尻尾は……荒ぶっていた。


「そ、そんな風に言っても駄目だぞ。大体、お前は犬じゃなくて狼だろ……狼が首輪なんざ――」


 呆れと共に溜息を吐いた俺の体に、コトハがピタリと体を寄せて正面から上目遣いで俺を見て来た。ピンと立っていた耳がしゅんと垂れ、緋色の瞳が潤んでいる……あっ、これはやべぇかも。


「……だめ?」

「よォし分かった! それにしよう!!」

「やたっ!」


 俺が今までの態度を全部ひっくり返してそう言うと、コトハは小さくガッツポーズをした。

 いやぁ、アレは断れませんて……俺は悪くないっすよ……。

 そんな感じで、半ばやけくそ状態で乾いた笑みを俺が浮かべていると、ブツを預けて来たアリアが戻って来た。


「あら、コトハさんもお決まりですか?」

「うん。うちもチョーカーにさせてもろたよ」


 あくまでアレをチョーカーと言い張るか。しかし、何故そこまでして二人ともチョーカーに拘る? ネックレスとかブレスレットじゃいかんのか?

 ……まぁ、男の俺が考えても詮無き事か。女性にしか分からない考えってのもあるだろうしね、うん。


「はぁ……リーリエはどうだ? 何か気に言った物が見つかった、か……?」


 先程から、一言も喋らずに静かにしていたリーリエの事が気になり、声を掛けた時……目に映った物を見て、。原因は、顔を真っ赤にしたリーリエが手に持っている物にある。

 パッと見は、ちょっとお洒落なランジェリーだ。しかし、よく見てみると……本来、隠さなきゃいけない部分が全く隠れないデザインになっていた。

 布部分ねーじゃん、フリルの付いた縁だけじゃんそれ!? もうセクシーランジェリーとかちゃちなモンじゃねぇ、ただのドスケベエロ下着だ!!


「りりりリーリエ!? まさかとは思うが、それが欲しい訳じゃ無いよな!?」


 頼む、そうだと言って――!


「む、ムサシしゃん! わわわ私、これがいいです!」

「ですよねぇ! 却下だ却下!!」


 アホか、そんなイカガワしい下着を俺からプレゼントなんか出来ねえっての! まだコトハ達が選んだ奴の方がマシだわ!!


「り、リーリエ。それは流石に……」

「そ、それを着て何しはるつもりなん……?」


 流石のアリアとコトハも、おろおろとしながらリーリエに話し掛ける。

 が、しかしだ。俺は知っている……今のリーリエは、目がグルグルと回っている状態。こうなったら、もう言葉は通じん……むっつリーリエが来るぞォ!


「そ、それは勿論ムサシさんに夜這いを――むぐぐ!」

「ばっ、バカ! 一体何を口走ろうとしとんねんお前は!」


 暴走したリーリエの口を、俺は慌てて塞ぐ。ここは俺等以外の人だって利用する公共の場パブリックスペースだ、そこで下手な事を口走られたら困る!

 てか、俺等以外にお客さんが居なかったとしても店員さんはいるんだよ? 羞恥プレイにも程があるわ!


 結局、リーリエには別の物……では無く、そのエロ下着を買ってあげました。だって、泣きそうな顔してたんだもん。

 引っ込みがつかなくなってただけかも知れんけど、あんな顔されたら俺断れねーよ……願わくば、あの下着が活躍する機会が様な事がありませんように!







 ……あっ。折角アンジェさんに会ったんだから、モヤシくんジークが今何してんのか聞いとけばよかったかな……まぁいいか。今の所アイツ関連で面倒事が起こっている訳でも無いし、放置だ放置!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る