第60話 おネェさんとの再会

 本日は晴天なり、そして休業日だ! で、何をしているかと言えば……。


「ムサシさん、次はあっちの露店に行ってみましょう!」

「あいよ!」


 リーリエに手を引かれて、俺は活気が溢れる市場の中を歩く。隣には、そんな俺とリーリエの様子を見て柔らかく微笑むアリアとコトハの姿もあった。

 ――コトハが俺達の元に残ると決めてくれた次の日。ここ最近のバタバタとした日常から完全に開放された俺達は、全員で街へと繰り出していた。

≪月の兎亭≫でゆっくりしようかとも考えたが、折角青空が広がっているのだ。外に出ないのは勿体無いという物。

 それに……今回はちょっと俺がしたい事があった。


「リーリエはんもムサシはんも、元気いっぱいどすなぁ」

「はい。見ていて微笑ましいですね」


 ……子供を見守るお母さん方かな? それはそれとして、俺は手を引かれながらもコトハの方へと顔を向ける。


「そういやコトハ、泊ってた宿はどうした?」

「昨日の内に、引き払うたよ。≪ミーティン≫を出ていくつもりやったからね」

「そうか。って事は、≪月の兎亭≫に移るのに問題は無いな」


 俺がそう言うと、コトハはこくりと頷く。

 コトハが正式にパーティーに加わるに当たり、俺達が拠点としている≪月の兎亭≫に引っ越して貰う事にしたのだ。

 部屋は空いていたし、アリーシャさんの許可も貰った……ま、ぶっちゃけると俺がコトハに近くに居て欲しかったってのが理由としては一番大きいが。

 その事を伝えた時のコトハは、いい表情をしてくれた。飄々としたコトハも良いが、ああいう顔を真っ赤にして借りてきた猫みたいに大人しくなる姿も中々乙なもんで。

 ……まぁ、その後リーリエとアリアに『二人だけでイチャイチャすんな、私達も混ぜろ』的な事を言われちまったけど。

 勿論、その後は四人でイチャイチャしましたとも、ええ……当然の事ながら、イヤらしい事なんてのは一切しなかった。ヘタレと言いたくば言え。


「あっ、コトハさん。今ある物以外に足りない生活必需品があったら、今日の内に揃えてしまいましょうか」

「せやね。折角市場まで来とる訳やし」


 足を止めたリーリエの提案に、コトハは笑顔で頷く。その間、俺は市場のあちこちに視線を走らせていた。


「……ムサシさん、どうされました?」


 俺がキョロキョロと視線を動かしているのに気付いたアリアが、首を傾げながら聞いて来る。俺は頭を軽く掻きながら、アリアの顔を見た。


「いや、ちょっと探してる店があると言うか何と言うか……実は」



「――アラ、ムサシちゃん達じゃなイ!」



 俺がアリアの疑問に答えようとした時、雑踏の中から……ひじょおおおおに! 記憶に残る低い猫撫で声が聞こえて来た。

 これは……もしかしなくてもあの人だろ……!

 リーリエが、声がした方向からモデル歩きで近付いて来た白いファーコードにボンテージのマッチョメンを見て、驚きの声を上げた。


「えっ、アンジェさん!?」

「チャオ☆ お久しぶりネ!」


 現れたおネェさん――アンジェさんが、俺達へ“バチコーン!”とウィンクを飛ばす。

 こりゃまた……随分と、濃い人に出会ったなぁ!?


 ◇◆


 アンジェさんと久しぶりに会った俺達は、そのまま近くにあった喫茶店に入った。まぁ折角久しぶりに会った訳で、そのまま別れる理由も無かったからな。


「はー、ムサシちゃんたら見ない内にまた女の子を口説いちゃったのネ。それも、こんな美人の獣人さん……この女誑シ! ゴリラ!」

「ハイ、オレハオンナタラシデス」


 テーブルで俺の隣に陣取り、やたらと体を密着させながら背中をバシバシと叩いてくるアンジェさんに、俺はカタコトの返事を返す。

 この際だ、俺が女誑しなのは認めよう……でも、最後のはただの悪口だろ! あと貴女様にだけはゴリラと言われたくないわい!!


「それで……コトハちゃん、だったかしラ? 貴女も、随分と色気の多いオトコに惚れちゃったものネェ」

「ふふっ、確かにムサシはんは女っ気の多い殿方どすけど……惚れた方の負け、ってやつどすなぁ」


 口元を袖で隠しながら、コトハが対面から俺の顔をちらりと見る。それに、俺は肩を竦めて返した。

 初対面にも関わらず、コトハとアンジェさんは直ぐに打ち解けた。ま、何よりである。


「それで、今日は四人で仲良くお買い物? 嫁入り道具でも探していたのかしラ?」

「いや、そりゃ気が早過ぎるでしょうよアンジェさん」

「何言ってるのヨ、ムサシちゃんの歳ならもうとっくに結婚しててもおかしくないワ……それに、彼女達は満更でもないみたいヨ?」


 そう言って、アンジェさんは俺から視線を外して対面に座っている女性陣に目を向ける。

 見れば、そこには三者三様の表情を浮かべている三人の姿があった。顔を赤くして恥ずかしそうにしているのは共通しているが、まぁ確かに嫌そうでは無い……有難い事ではあるな、うん。


「えー、その辺はもっと生活が安定したらって事で……あっ! アンジェさん、一つ聞いていいすか?」

「何かしラ?」

「アンジェさんの知ってる店で、アクセサリーみたいな物取り扱ってる所ってあります?」


 俺の問い掛けに、アンジェさんは目を丸くする。そしてそれは、リーリエ達も一緒だった。


「え、ムサシさんネックレスでも付けるんですか?」

「チェーンが似合いそうですね」

「せやね、ゴッツい奴がええやろなぁ」


 オイ、ちょっと待ちなさいよアンタ方。俺を世紀末仕様にでもするつもりか?


「俺が付けるのを買うんじゃねぇよ! お前さん方に似合いそうなヤツが売ってる所を探してるって話!!」

「「「……え?」」」


 ぶっきらぼうにそう言い放った俺の言葉を聞いて、三人とも驚いた表情になる。対してアンジェさんは、凄く面白い物を見つけた様な顔になった。


「アラ、アラアラ! それって、ムサシちゃんがリーリエちゃん達にプレゼントするって事かしラ!?」

「えぇ、まぁ……そう言う事に、なりますかね」


 すんげぇ良い笑顔でキャッキャッと聞いて来るアンジェさんに、俺は頬を掻きながらそっぽを向いて答える。すると、止まっていた女性陣がハッと我に返った。


「む、ムサシさん! えっと、その……どうして、突然?」


 頬を染めたまま、そう聞いて来たリーリエ。その疑問に同意するかの様に、アリアが眼鏡を指で支えながらコクコクと頷く。

 唯一まだ二人程俺と付き合いが長くないコトハだけが、落ち着きを取り戻した表情でじっと俺の眼を見て来た。


「その……何だ。恋人なのに、今までそう言う形のある愛情表現なんて何一つしてこなかったからさ。コトハが来てくれたこの機会に、全員に俺から何か贈りたいと思ったんだよ」


 クソッ、これめっちゃ恥ずかしいなオイ! もうちょい上手い言い回しとかあったんだろうが、ガチで俺はこの手の事に疎いんだよ……。

 だから、変に言葉を着飾らせるよりもストレートに言った方が恥ずかしくないと思ったんだが……あんま変わらねぇなぁ!


「……分かったワ、ムサシちゃん」


 こっずかしい雰囲気を作り出していた所、ポン、とアンジェさんが俺の肩にその逞しい手を置いた。


「そう言う事なら、このアンジェに是非協力させて頂戴!」

「マジすか!」

「マジもマジ、おおマジヨォ! 特別な一品が見つかるお店を紹介するワァ!!」


 ドン、と胸を張って自信満々にアンジェさんが宣言する。

 しかし何だろうか。紹介して貰う側がこんな事思っちゃいけないんだろうけど、何か凄ぇ嫌な予感がする……い、一応何が来ても良い様に覚悟は決めておこう、うん。

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