第46話 VS. 斬刃竜ハガネダチ 7th.Stage

(――やられた!)


 ヴェルドラと鍔迫り合いをしながら、俺は轟音と共に崩れ落ちた壁を見て盛大に舌打ちをする。

 ハガネダチが何か俺に対して何かアクションを起こすのは想定していた。だが、まさかコトハと斬り合いながら遠く離れた壁を斬撃波で崩すなんて荒業をやってのけるとは思わなかった。

 狙いは、十中八九俺達の分断だろう……全く、本当に良く頭の回る野郎だ。こうも鮮やかに俺とヴェルドラをあそこから締め出すとはな。


「グッ、ガァ!」

「お前はお前で鬱陶しいな……!」


 金重かねしげを噛み砕かんとその咬筋力をフルで発揮してくるヴェルドラを抑え込みながら、俺は舞い上がる砂塵で咽ながらも頭の中で壁の向こうに居る二人に念話を飛ばした。多分、通じる筈……!


『ぶえっほげっほ、二人とも大丈夫かァ!?』

『ムサシさん!!』

『無事なん!?』


 俺がそう問い掛けると、間髪入れずにリーリエとコトハの念話が返って来た。


『おう! こっちは問題無しだ、そっちは?』

『こっちも今の所大丈夫です!』

『ムサシはんの事が気掛かりやったけど……その調子なら本当に大丈夫そうやね』


 よし、取り敢えず二人とも無事の様だ。少なくとも、俺の事を気に掛ける位の余裕はあるらしい。


『あったりめぇよ、俺がこの程度でどうにかなるかい!』


 俺は二人を安心させる様に、快活な返事を返した。下手にこっちに気を向けて相手が出来る程、あのハガネダチは甘くない。


『それよか、問題なのはそっちのハガネダチだな……単刀直入に言うが、二人とも生き残るのを最優先に行動してくれ。竜の吐息ドラゴンブレスみてぇな隠し玉が他に無いとも限らんからぁぁああああっ!?』


 念話を飛ばしている最中、不意に足元の安定感が無くなり……そのまま、俺はヴェルドラと一緒に右手側にぐらりと体を傾ける羽目になった。

 咄嗟に俺は体が傾いた方向に目を向ける。そこに広がっていたのは、砂で出来た急斜面。ヴェルドラと押しあっている内に、いつの間にか体が横にずれていたのだ……これは、アカン!


『ぬぉぉおおお何じゃこの斜面!? とりま俺は大丈夫だから二人の方も慎重に動いてくれよ!? くれぐれも深追いは――』


 最後まで言葉を続ける事は、叶わなかった。あろう事か、この状況で目の前のヴェルドラが激しく首を振ったせいで、遂に体を支える事が出来なくなったからだ。それは当然俺だけでは無く、ヴェルドラも一緒で――。


「グルルアッ!?」

「アホかオメェはぁぁああああ!!」


 そんな絶叫も空しく、俺とヴェルドラは大きく体を回転させながら斜面を転がり落ちていった。ヴェルドラは金重かねしげを噛んだままで、俺も柄から手を放していないのでお互いに凄まじく派手な転がり方をしていた。

 クソ、何とか踏ん張れ……あっ、この斜面物凄く細かい砂の粒子で出来てやがる! これじゃなんぼ足で踏みしめても意味ねぇぞ!!

 加えて、今の俺は転がるヴェルドラの大質量に振り回されてる状態だ。通常時ならまだしも、この状態での体重差はどうしようもない……仕方が無い、出来ればしたくなかったがこのまま転がり続ける訳にもいくめぇよ。

 口や鼻に砂が入ってくる中、俺は持っていた金重かねしげをパッと手放した。瞬間、体の自由が戻る。

 すかさず俺は体勢を整えて斜面に着地すると、そのままスノーボードをする様に斜面を滑り降りて行った。

 ヴェルドラは……相変わらず転がってるな、うん。しかも時間が経てば経つ程その距離は開いていく。かと言ってこの場で跳躍して距離を詰めるのは得策ではない。


「ぺっ、ぺっ……落ち切るしかないか」


 口から砂を吐き出しながら、俺は滑り落ちて行く方向に目を凝らす。今居る場所はかなり暗いが、夜目を効かせれば問題無しだ。


「……おん?」


 集中して見据えたその先に、俺は光を受けて反射するモノを見つける。

 モノと言うか……場所? てかアレ、水面じゃねえのか? てことは、この先にあるのは地底湖の類か。

 俺が見つけた地底湖と思われる場所に近付けば近づく程斜面はキツくなり、、体はぐんぐんと加速していく。

 俺がこの先どうするか思考を巡らせる中、あっという間にその水面が近付いて来て――待て待て待て、何か斜面の終わりがスキージャンプ台みたく上を向いてるんですが!?

 慌ててブレーキを掛けようとするも、全く踏ん張りが効かないこの状態では減速がままならず……滑り落ちるスピードをそのままに、大きく空中に放り出された俺とヴェルドラは、爆音と呼んで差し支えない程の大きな着水音を立てながら地底湖の中に突っ込んだ。


「ぶはっ! くそっ、砂の次は水かい……」


 空中で咄嗟に体勢を立て直したおかげで、何とか頭からは突っ込まずに済んだ。が、自分で作りだした水柱が体に降りかかったせいで全身びしょ濡れである。

 かぶりを振って頭に付着した水滴を飛ばし、脚を太腿程まで水に沈めながら、俺は改めて自分の周りを確認した。

 今居る地底湖だが、深さはそれ程でも無い物の面積はかなり広い。そして、俺が立っている場所は陽光で照らし出されて水面が光を反射していた。

 天を見上げれば、そこには地上へと通じているであろう大きな縦穴があった。そこから差し込む光が、この空間での唯一の光源。


「遠いな……」


 縦穴の果てを見詰めながら、俺はそう呟く。一体ここは地上から何メートル下がった場所にあるのやら……取り敢えず、とてつもなく深いというのは確かだ。

 一応、俺はリーリエとコトハに念話をを飛ばしてみる。しかし、やはりと言うべきか全く繋がる様子が無い。完全に効果範囲から外れ、【念信テレパス】が解除されたという事だ。


「やべぇな……出来るだけ早く合流したいが」


 中々、そう簡単にはいかないだろう。俺はもう一方のデカい奴が落ちた方向を見据えながら、小さく息を吐く。


「グルオオオオオオオオオオッッ!!」


 ドンッ! と言う水が爆ぜる音と共に、豪快に立ち上がった巨大な水柱。その中から、濡れた外殻で光を反射させながらヴェルドラが現れた。

 口に咥えたままだった金重かねしげを遠くに放り投げ、ギロリと俺を睨み付ける。光の届かない場所から、金重かねしげが水を叩く音が俺の耳の届いた。


「おま、他人様の得物になんちゅー事を……!」


 回収に――は、行かせてくれなさそうだな。それを許す程、魔の山の王は甘くない。

 しかし解せないのは、このヴェルドラの変化だ。コイツ、ハガネダチとの戦闘中に俺の存在を認識した瞬間、ばらけていた殺気を俺一点にのみ向けて来やがった。

 目の前に居るハガネダチを無視してまで俺に食って掛かって来た理由……それを考えた時、俺はある事に気が付く。

 このヴェルドラ……随分と、俺に対して恨みがある様だ。殺気に混じって飛んで来る怨嗟が凄まじい。まるで――。


「ハガネダチを見つけた時の、コトハみてぇだな」


 そう呟き、俺はギラギラと目を光らせながら攻めるタイミングを見計らっているヴェルドラを観察する。

 俺がこの世界で初めて出会ったあのヴェルドラよりも、体がデカい。外殻もその鋭さを増し、より凶悪になっている。

 だが、一番俺が違うと感じたのは……そのニオイだ。それ等から推測するに、恐らくコイツは……。


オスの個体……お前、あのヴェルドラのか」


 俺がそう言うと、ヴェルドラの顎から“ブフン!”と炎が漏れる。

 成程、コトハと雰囲気が似ていると思ったのはこの為か。つまり、このヴェルドラにとって俺は、嫁殺しの仇敵って事になる。

 恐らく、リーリエと初めて出会ったあの場所に残っていた俺のニオイを覚えていたのだろう。加えて、今俺が身に付けている防具にはコイツの嫁さんの素材が使われている訳だ……そりゃあ、ブチ切れるだろうよ。


「愛妻家だったんだなぁ、お前」


 そう言いながら、俺は上半身の防具をゆっくり外して水の中に沈めていく。場所さえ覚えておけば、後から回収するのに問題は無い。

 ゴードンさんには申し訳無いが、今から素手でコイツと戦うのに鎧は正直邪魔になる。ぶっ壊される訳にもいかないしな。

 ……コイツには、俺を恨む権利がある。自分の番を葬った相手だ、このヴェルドラからしたら殺しても殺し足りない相手だろう――だが。


「グルアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 憤怒の雄叫びを上げながら、水に脚を付けているとは思えないスピードでヴェルドラが俺に突っ込んで来る。巻き上がる水飛沫を浴びながら、俺は静かに迎撃の体勢を取った。



「悪いな、ここでお前に殺されてやるつもりはねぇ……その分、好きなだけ俺を呪いな」



 ギチィッ! と全身の筋肉が音を立てると同時――陽光差し込む地底湖にて、“雄と雄の戦い”が始まった。

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