第23話 ムサシ印の絶叫マシン

【Side:リーリエ】


「こんなものかな……うんしょっと」


≪オーラクルム山≫へと向かうにあたり、私はクエストで必要になるであろうアイテムを市場で買い集めていた。

 いつも用意している体力回復液キュアポーション魔力回復液マナポーション、携帯食料に加えて、降雪地帯に踏み込んだ際に体温の低下を防ぐ“耐寒薬”も用意した。

 一応、【状態維持キープステータス】と言う環境変化に体を対応させる光魔法もあるけど、片方頼みは危険だ。魔法とアイテム、両方持っていればどちらかが使えなくなった時、もう片方でカバー出来るから。

 それに、戦闘が発生した場合の事を考えれば、耐寒薬で【状態維持キープステータス】に使用する分の魔力を温存出来るに越した事はない。


「結構量が多めになっちゃったけど、ムサシさんの分も入っているから仕方ないか」


 そのムサシさんは、今馬車を手配している最中の筈だ。もしかしたら、もう手配が終わって買い出し役の私待ちになっているかも。

 私のアイテムポーチに入りきらなかった分のアイテムを、店員さんに貰った紙袋へと入れて私は足早に市場を後にする。


「『好き好んで人を襲ってる』、か……」


 南門へと向かいながら、私はムサシさんが図書館で口にした事を思い出す。

 確かに、あのハガネダチは非常に好戦的で強力な個体だった。紫等級相当の実力を持つコトハさんを追い詰めた事と言い、ムサシさんの一撃で押し返された後も、切り口を変えて再度攻め込み一歩も引かなかった事と言い……。


「空腹になったら食べる為に他の生物を襲って、それ以外の時は殺す為に人を襲うのかな……」


 ぶるりと、背筋に寒気が走る。まるで人殺しに快感を覚える連続殺人者シリアルキラーだ……一体どんな経験を積めば、ドラゴンがそんな性格になるのだろうか。

 少なくとも、私が知るドラゴンと同じ様な生活をしていたならそうはならない筈。


「……今は、目の前のクエストに集中しよう」


 ぶんぶんと頭を振って、冷気を帯び始めていた嫌な推測を振り払う。

 今は、アリアさんが図書館に残って引き続き調べ物をしているから、≪オーラクルム山≫から帰って来る頃にはまた新しい情報が入っているかもしれない。あのハガネダチに関して更に深く考えるのは、その時でいい。


 自分の中でそう結論付け、私は少し歩く速度を上げた。


 ◇◆


 南門にある馬車の受付所に着いたが、ムサシさんの姿が見当たらない。もしかして、入れ違いになった?

 いや、ムサシさんは手配が終わったら私の帰りを待つと言っていたから、どこかにいる筈何だけど……。


「――おーい、リーリエ! こっちこっち!」

「あっ、ムサシさん!」


 私が辺りをきょろきょろと見まわしていると、門の向こうから聞き慣れた低い声が私を呼ぶ。そちらへ目を向ければ、探していたムサシさんの姿があった。


「すみません、待たせてしまって」

「いや、全然大丈夫。こっちもやってたから、丁度良い位だ」


 色々……? 馬車を手配する以外に、何かする事があったのかな?

 そう疑問に思った時、私は初めてムサシさんの背後にあるモノに気付いた。


「……あの、ムサシさん? 後ろにあるのは」

「おお、これか。≪エイムンド商会≫って所の商隊キャラバンから買い取った荷車……と言うには、聊か厳ついかもな」

「≪エイムンド商会≫って……大陸の中でも五指に入る大きな商会じゃないですか!」

「あ、そうなの? 全然知らんかったわ……まぁ、売買のやり取りしたエイムンドさん恰幅良かったからな。それなりに儲けてる商会なんじゃねえかとは思ったけど」

「会長さんじゃないですか……」


 どうしてこう、この人はそう言う大物とさらっと繋がりを持てるのか……いや、この際それについては捨て置こう。疑問なのは、なぜコレを買ったかのと言う話なんだけど。


「ムサシさん、どうして≪エイムンド商会≫からこんな物を買い取ったんです? あと、馬車が見当たりませんが……」

「あー、それなんだけどさ……実は今馬車が全部で払っているらしくてよ。直近で手配出来る馬車が帰って来るのが二日後なんだと」

「ええっ!?」


 何て事だ、まさかそんな事になっているなんて……。


「二日後じゃ、遅いですよね」

「ああ、そんなに待ってられん。そこで、コイツの出番って訳だ」


 そう言って、ムサシさんは後ろにある荷車……なのか、馬車なのか良く分からないモノをコンコンと叩く。

 幌以外は全て金属製で出来ているそれは、私の記憶の中にある荷車や馬車とはだいぶ趣が異なった。鋼鉄製の車輪には何やら黒い……皮? の様な物が巻かれているし、その内側には謎のバネの様な物が仕組まれている。


「いやー、まさかここまでええ塩梅に仕上げて貰えるとは思わんかった。オーバーフェンダーも付けて貰ったし、内装もかなり快適になったし。高かったが、いい買い物だった」

「あ、あの……ムサシさん? もしかして、これが馬車の代わりって事ですか?」

「そう言う事。まあ乗ってみろ」


 そう言って、ムサシさんは私の手から紙袋をひょいっと取って、中へと促す。

 恐る恐る後ろから中を見てみれば、確かにそこはいつも使っている様な馬車に比べて非常に豪華な造りになっていた。

 普通は木製の長椅子が付いている両側には、凄く座り心地の良さそうなソファーが付いているし、幌を掛けているフレームの天井部には魔導機灯ランタンが吊り下げられている。

 前と後ろにはちゃんと帳が付いているので、雨風もきっちり凌げる造りになっている様だ。


「よっ、と」


 ムサシさんが紙袋を片手に全て持ち、空いた方の手での金具を外す。昇降用の板が付いていたので、乗るのも楽だ。


「どうよ?」

「何か……凄いですね、色々と」

「だろぉ? んで、そのソファーにはあるギミックがあってな……ちょっと脚部防具グリーブ脱いで座ってて。あおりとの隙間に置けるから」

「は、はい」


 そう言うと、ムサシさんは紙袋をソファーの上に置き、徐にフットレストに手を掛けて、ぐいっと動かした。

 すると、その部分が九十度横に上がって面が天井を向き、その下から金属製の脚部が出現した。同じ様にして、もう片方のソファーも変形させる。

 そうしたら、二つのソファーのフットレストが繋がって一つの面を形作った。


「こうする事で、ベッドにもなる。俺が入ればちょい窮屈になるが、リーリエ一人寝る分には問題無いだろ」

「す、凄い……」


 何だこれは。まるで移動式の部屋みたい……こんな快適な設備が搭載されている馬車には乗った事が無い。

 しかし、どうしてだろう。こんな立派なモノでクエストに赴けると言うのに、何だか凄く嫌な予感がする……!


「あの……ムサシさん?」

「どうした?」


 フットレストを元の位置に戻しているムサシさんに、私は声を掛ける。ちょっと、聞いておきたい事があるから。


「これ、どうやって引くんですか? 見た所、輓獣ばんじゅうに引かせる為のベルトが付いてない様に見えるんですけど」


 と言うか、牽引部がどう見ても人が引く用の舵棒に見えるんですけど!


「あー、それな。取り敢えず座りんしゃい」

「えっ、えっ」


 その問いには答えず、ムサシさんがソファーに私を座らせた。そして何やら、ソファーの腰が当たる部分から伸びる革製の太いベルトを私の腰に回し、反対側を金属の金具で留める。


魔導杖ワンドは下に置くかマジックポーチにしまうかしといて、背中に当たると痛いから。それと、幌のフレームをしっかり掴んでおけよ」


 そう言い残してムサシさんは車中から下り、あおりを上げた。だらだらと冷や汗を流す私を他所に、ムサシさんは前方に回ると当り前の様に牽引部を跨いでその内側に入り、舵棒を持った。

 ぐん、と車体が浮いて車輪だけが地面に着いた状態となる。ま、まさか……!


「あ、あの! ムサシさ――」

「リーリエ」


 焦る私の方にムサシさんが顔を向け、その白い歯をキラーンと見せて天使の様な悪魔の笑顔を作った。


「――超特急で行くから、ぶっ飛ばない様にするんだゾ☆」

「ちょっ!!」


 言うが早いが、ムサシさんは舵棒を持って一気に走り出した!

 や、やっぱりー! 薄々こうなるんじゃないかって思ってたけどっ、まさか本当にムサシさんが引くなんて!!

 そんな私の事などお構いなしに、ムサシさんがぐんぐんとスピードを上げていく。は、早馬よりずっと速いんですけど!?


「このまま≪オーラクルム山≫まで最短距離で行くからなぁああああ!」

「いやぁぁああああああああ速いぃぃいいいいいいいい怖いよぉぉおおおおおおおおお!!!!」


 かくして、私を乗せた脅威のは街道を外れて、整備されていない大地の上を一直線に≪オーラクルム山≫へと走り抜けて行くのだった……もうイヤあああああああ!!

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