第22話 仇敵の本質、出立の準備

 アリアとリーリエが見つけ出した、あのハガネダチと思われるドラゴンについての記事が他にも無いかと十二年前以降の機関紙を読み漁る。


「十一年前に一回、十年前に一回、九年前には二回……十二年前の事件も合わせれば、コトハの故郷が襲われるまでに記録に残っているだけでも五回、あの野郎は竜害りゅうがいを引き起こしているな」

「その様ですね」

「……ムサシさん、アリアさん」


 テーブルの上に広げられた幾つもの資料に目を通していると、リーリエが複数の機関紙を見比べながら口を開いた。


「どうしました?」

「あのハガネダチの襲撃……年を経る毎に、どんどんその規模が大きくなっています」


 そう言って、リーリエは記事の幾つかの部分を指でなぞりながら俺達へと見せる。俺とアリアは、その指先を追って視線を落とした。


「十二年前に襲われたのは、山間部にある小村でした。でも、次の年に襲われたのは街道に近いそれなりに大きい村。その次の年に襲われたのは、更に大きな街二つ」

「確かに、どんどん襲撃を受ける場所がより人の多い場所になってるな」

「はい。そして、八年前に襲撃したコトハさんの生まれ故郷の街ですが……記事を確認する限り、あのハガネダチが襲った場所の中では最大の規模を誇る街だった様です」

「……見比べる限り、人的被害もそれまでの襲撃に比べて段違いに多いですね」


 ――これは、厄介だな。

 

 あのハガネダチは、こちらの想像を遥かに上回る数の人間を殺していた。つまり、アイツには人間やスレイヤーに対する恐怖心が全く無いという事。

 自分が強者だという事を踏まえた上で、次第に大胆な行動をとる様になっていったとしか思えない。更に気になるのは……。


「コイツ……行動原理がやべぇな」

「行動原理、ですか?」

「ああ。コトハから聞いた当時の襲撃に関する話と、この記事から読み取れる情報。それプラス実際に相対して俺が感じた事を統合すると……アイツは、生命維持の為に人の生活圏を襲っている訳じゃない」


 ……クソッタレが。これじゃ、腹を満たす為にそこらかしこの生物を食い荒らすディスペランサの方がまだ筋が通ってる。


「コイツは……純粋に、に襲撃を繰り返しているんだよ」


 俺がそう告げると、リーリエとアリアが言葉を失う。

 普通はあり得ない。捕食の為でも、自己防衛の為でもない……の為に他の生物を殺すなど、野生に生きるドラゴンがする事じゃねえ。


「人里を襲うってのは、ぶっちゃけドラゴンにとっては高損失ハイリスク低収益ローリターンだと思うんだよな。そこに住んでる人間食って腹を満たしても、その後スレイヤーに袋叩きにされて死ぬ確率がめちゃんこ高いから……デカい街であればある程、その確率は更に上がる。そんな事をする位なら、人が居ない自然の中で獣や自分より弱いドラゴンを襲った方がよっぽど安全で、効率が良い……だが、アイツはそうしなかった」


 脳裏に浮かぶのは、ヤツの凶刃からコトハを守る為に跳躍した時に見た光景……ニノ太刀で仕留められる、そう確信したアイツが浮かべた、ドラゴンとは思えない程の狂喜に歪んだ嗤い貌。


「間違い無く、あのハガネダチは好き好んで人を襲ってる。どうやってあれ程の凶悪性を身に付けたのかは分からないが……」


 そこまで口にした所で、俺は言葉を切る。部屋の中に重苦しい空気が満ちる中、アリアが静かに口を開いた。


「……でしたら、尚の事急がなければいけませんね。ムサシさん、リーリエ。後はワタシが一人で調べておきますから、お二人は武器の方を」

「任せた。後、これ渡しとく」


 アイテムポーチの中にしまい込んでいたゴードンさん直筆の依頼書を取り出して、アリアへと手渡す。受け取ったそれに目を通したアリアが“ついっ”、と眼鏡を指で上げた。


「“≪オーラクルム山≫での天雷鉱石ボルエノダイトの採取”……なるほど、指名クエストとしての形を取って採取に行く訳ですか。」

「おう。ゴードンさんが“そっちの方が都合が良いだろう”って」

「そうですね。クエスト形式の方が、色々と融通が利きます……では、これは私の方で処理しておきます」

「頼む。したらばリーリエ、俺達は馬車を手配して出発しよう」

「は、はい!」


 そうして、俺とリーリエはテーブルから離れて扉へと向かう。


「あっ、そうだアリア。もう一つ頼まれてくれるか?」

「何でしょうか?」


 ドアノブに手を掛けた所で、俺は後ろへと顔を向けてアリアに一つのお願いをした。


「時間が空いた時でいいから、ちょこちょこコトハの様子を見といてやってくれ。あいつ、今は落ち着いてるけど焦ってまた無茶やるとも限らないから、念の為」

「分かりました、お任せを」


 その会話を最後として、今度こそ俺とリーリエは歴史資料室を後にする。さて、出来るだけ足の速い馬車を捕まえなきゃな。


 ◇◆


「――全部出払ってるゥ!?」

「はい……申し訳ありませんが」


 南門にある馬車の受付場所で、係員の兄ちゃんに聞かされた事実に俺は頭を抱えてしまった。

 マジかー……いや、遠目に見た時に「なんか馬車の姿が少ない、てか無くね?」っては思ったんだよなぁ……しかし、まさか一台も残ってないとは。タイミングが悪すぎる。


「直近で戻ってくる予定の馬車は?」

「ええと……二日後に一台戻ってくる予定です」


 遅い、遅すぎるゥ! そんなに待ってられん!!

 リーリエにはアイテムの買い出しを頼んでるから、帰って来るまでに何とか別の移動手段を……。


「……ん?」


 その時、門近くで数台のアケロス車から荷下ろし作業を行っている人達の姿捉えた。多分他の街から来た商隊キャラバンだろうが――。

 下ろされていく大量の荷物の中に、俺はを見つける……あれ、使えっかも!


「兄ちゃん、馬車はいいわ。また今度の機会に頼む」

「わ、分かりました」


 パパっと別れを告げて、俺はその商隊キャラバンへと近付いていく。そして、恐らく一番偉いであろう立派な猛牛の角を備えた恰幅の良いダンディな獣人族のおじ様に声を掛けた。


「すいません、ちょっといいですか?」

「はい、何でしょ――ヒィッ!?」


 後ろを振り返って俺の姿を見た瞬間、おじ様は悲鳴を上げて後退った。図書館のお姉さんと全く同じリアクションすんなや、俺のオリハルコンハートが傷付くやろ!!


「俺、この街でスレイヤーやってるムサシって言うんですけど」

「あ、ああ……スレイヤーの方でしたか。道理でいい体格をしていると……申し遅れました。わたくし、≪エイムンド商会≫の会長をやっております、エイムンドと申します」

「あ、これはご丁寧にどうも」


 ……偉い所じゃなかった、文字通りトップの人間じゃねーか! 自分で商隊キャラバン引っ張って来るとか、相当な現場主義者ですなこれは。

 あと、普通のスレイヤーはこんな体しとらんからね……まぁそんな事はどうでも良い。俺が聞きたいのは積み荷の中にあったあるモノについてだ。


「後ろの荷物って、全部売り物ですか?」

「そうですね……何か気になる物でもありましたかな?」


 俺の問いに、おじ様の目がキラリと光る。どうやら、商売の匂いを嗅ぎ取ったらしい。結構結構、大いに結構。


「ええ。あの荷車みたいなヤツなんですが」

「ああ、アレですか」


 俺が気になった物。それは、未だアケロス車の荷台の上に置いてあったままの荷車だ。荷車っつっても、そのサイズは普通の馬車とほぼ変わらんけど。


「アレは、我が≪エイムンド商会≫が開発した新しいタイプの荷車でしてな」


 説明をしながら、おじ様が俺をその荷車の元まで俺を案内する。


「御覧の様に、この荷車の車軸にはが使われております。このバネと、外周に衝撃吸収性のあるドラゴンの表皮を加工した素材を装着した車輪によって、悪路であってもより安定した輸送を可能に……ムサシ様?」

「ああ、すいません。ちょっと考え事を」


 おじ様――エイムンドさんの説明を聞きながらも、俺の視線はその荷車に釘付けになっていた。

 俺の記憶の中にが正しいのなら、二つある車輪の内側に組み込まれていたのは自動車に使われているサスペンションだ。外から見るに、カタチは独立懸架インディペンデント方 式タイプのダブルウィッシュボーン式に近いな。


「この荷車って、既に買い手が?」

「……実は、作ったのはいいのですがその……走破性能に見合った車体にした結果、かなり重くなってしまいまして、並の輓獣ばんじゅうでは輸送速度が」

「ああ、成程。車輪とかも全部金属で出来てますもんね」

「ええ。普通は木製なのですが、それだとある程度整った道を走る事が前提になってしまいますので、折角組み込んだバネの意味が……かと言って、アケロスに引かせるにはいささかかサイズが小さいのです」

「でしょうね。物資を運ぶって言うよりは人を運ぶのに丁度良いって感じの大きさですし、仮にアケロスに引かせて物資を運んでも、速度と積載量的にコストが割に合わない」

「仰る通りです。そんな中途半端な出来なので、中々買い手が付きませんでな」


 ……正直に言わせて貰うぞ。これ、とんでもないガバガバ設計じゃねーか!!

 恐らく、アイディアとコンセプトだけが先行しちまったんだろうな……あるある、めっちゃ良くある。

 だが、俺にとっては好都合だ。ガッツリ悪路を走る為に設計されているのなら、剛性も十分な筈。


「これ、本体だけですか?」

「いえ、付属品オプションとして幌屋根ほろやねと長椅子がありますが」


 おい、荷車って言ってる割には人員輸送用の装備がバッチリ用意されてるじゃねぇか! 素晴らしい!!


「よし、これ全部買います」

「え? よ、よろしいのですか?」

「はい。幾らです?」

「ええとですね……こちら、設計費やら材料費の兼ね合いでかなり値段が高めになっておりまして……」


 ……ええい、まどろっこしい! 俺は無造作にマジックポーチの中に放り込んでいた金――ディスペランサを討伐した後にギルドから支払われた報酬金の一部である札束を取り出した。


「これで足ります?」

「!? しょ、少々お待ちを!」


 俺が用意した札束を見たエイムンドさんが目を見開き、急ぎそれの勘定を始める。かなり下品な金の払い方だが、今はそんな事を気にしている暇は無い。


「……これでしたら、十分お売り出来ます。直ぐに荷車を準備させますので、その間に領収書とお釣りを」

「ああ、いいっすよ。この場であの荷車をフル装備状態にして貰いたいんで、工賃込みでその値段って事で」

「――! でしたら、お近づきの印という事で付属品オプション以外にもを付けさせて頂きます」

「それは有り難いですね。直ぐに使いたいんで、超特急でお願いします」

「畏まりました。ただ、重量物ですので荷下ろしに関しては少しお時間を……」


 ああ、そうか。あんだけデカくて重いもん下ろすなら、それなりの時間と人員が要るか……なら。


「だったら、俺が下ろしますよ」

「え?」


 エイムンドさんの困惑した声を聞くと同時に、俺は一息で荷台の上へと跳躍する。

 突然の行動に呆気に取られるエイムンドさんと商隊の方々を尻目に、俺はフレームを歪めてしまわない様に注意しながら、荷車をひょいと持ち上げた。

 そのまま荷台から跳び下りて、荷車を地面に下ろす。エイムンドさん達が信じられない様な物を見る目で見て来るが、これが俺の日常だぞ。


「じゃ、後は宜しくお願いします」

「は、はひ……」


 顔色一つ変えずに会釈をした俺に、エイムンドさんは呆けた様な返事を返したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る