第18話 ピクニックに行こう!
コトハと
一旦≪月の兎亭≫に戻ろうかとも思ったが、治療院の前でギルド職員が出待ちしてんだもんなぁ。「ギルドマスターがお呼びです」だそうだから、もう直行するしかないやん。
「にしても、この世界って一応苗字あるにはあるんだな……」
すたこらさっさと早歩きをしながら、俺はコトハが話した事を思い出す。
リーリエもアリアも、自分の姓なんて一回も名乗った事が無かったから、てっきり苗字なんて存在しないかと思っていたが、コトハの話じゃ一部の古い家とかなら残ってるって話だったからな。
つっても、その数が極端に少ないのなら殆ど意味の無い物になっちまってるって事だろうから、あまり深く考える必要は無いかもしれんが。
「ヒイラギノミヤ、ひいらぎのみやねぇ……ん?」
俺はそこで、ふとある事に思い至る。
元は姓があったコトハの家。即ち、昔からある家で尚且つ街の守護の役目を代々負って来た由緒正しい名家って事になるよな……。
「――『
ちょい待ち。もし俺の予想が正しくて、≪
「……まぁいっか。仮にそうだったとしてもコトハに対する態度が変わる訳でも無し」
俺はそこで頭の中に浮かんだ仮説を記憶の引き出しにしまい込む。ぶっちゃけ今はどうでも良い事だし、これからやる事に変化が生じる訳でも無い。
「それよか、ガレオにどうやって説明すっかだな……」
目の前に見えてきたギルドの建物を見ながら、俺は頭を動かした。
◇◆
「悪いな、朝早くに」
「構わねぇよ。俺とお前だけか?」
「いや、もう暫くすればリーリエとアリアも来る筈だ」
「なら四人揃った時に話すか」
朝のギルドマスタールームにあったのは、俺とガレオの姿だけだ。リーリエとアリアの二人は、後から来るらしい。
デスクに肘を置いて組んだ手に額を当てて俯いているガレオは、どうやら寝不足の様だ。多分、リーリエが報告したハガネダチについての資料でも探してたんだろう。お疲れー。
「……コトハ殿は」
殿って……。
「まだ治療院だ。退院にはちょい時間掛かりそうだな」
「そうか……何か、分かったのか?」
「おう、その辺も含めて話すよ。そっちはリーリエからどの位聞いてるんだ?」
「お前達がそのドラゴンと遭遇・交戦した時の状況と、ドラゴンの正体についての大まかな推測についてだな」
成程。今のガレオの話と本人の状態から見るに、このギルドにはハガネダチに関する資料は碌に無かったと見える。当然っちゃあ当然か、なんせ相手は海の向こうからやって来たヤツだからな。
「――おはよう御座います!」
「お早う御座います」
その時、ギルドマスタールームの扉が開いて二人分の挨拶が飛び込んで来た。よし、これで話を先に進められるな。
「おはようさん、二人とも」
「ムサシさん!」
「もう来られていたのですね」
「おうよ。朝一でギルドの職員が治療院に来てたからな……どれ、したらば話をしようか」
「ああ。三人とも、そこのソファに腰掛けてくれ」
そう促されて、俺達は来客用のソファに座り、テーブルを挟んだ対面にガレオが座った。
「ムサシさん、コトハさんからは……」
「バッチリ話を聞けたよ。それについて話す……取り敢えずあのドラゴンについてだけど、アイツは【
「ハガネダチ……聞いた事がありませんね」
「私もです」
「……名前は聞いた事がある。雑把な記憶だが、≪
ふむ。三人の態度を見る限り、コトハが知っていた事以上の情報は無いか……俺は腕を組みながら話を続けた。
「ガレオの言う通り、ハガネダチは本来であればこの辺に棲んでいるドラゴンじゃないな。コトハの話じゃ、俺達が遭遇した個体は≪
「……やっぱり、そうだったんですね」
「ああ、大体俺とリーリエの予測通りだった……が」
コトハの話を聞いて、推測は所詮推測でしかないと分かったのもまた事実。事の根深さは、俺達の予想を上回っていたと言わざるを得ない。
「コトハ曰く、あの個体は通常のハガネダチとは比べ物にならない戦闘能力を有しているんだと……ガレオ、リーリエから俺達が見たハガネダチがどんな風に戦っていたか聞いたか?」
「ああ、自分の身体程の長さもある角を剣の様に使って戦っていたと聞いている」
「……コトハの知るハガネダチは、あそこまで極端な長さの角は持っていないらしい。戦闘能力に関しても、白や黄じゃ厳しくても、赤や青だったら対処出来るレベルらしいが……アレはどう考えても、その等級で相手すんのは無理だ」
俺やリーリエの様に
それはつまり、紫等級で無ければ討伐は困難という事。俺の話を聞いたガレオの眉間に、深い皺が出来た。
「変異種、って事か?」
「いや、多分違う。角が長いってだけで、以前俺とリーリエで仕留めたクラークスみてぇな原種とは似ても似つかない姿をしてるって訳では無かったからな。違いは角と戦闘能力だけだし」
「……ムサシ、率直に教えてくれ。お前が戦ってみた感じ、そのハガネダチはオレを含めたこの街の上位等級スレイヤーで組んだ討伐隊で
「無理だ、輪切りの死体の山を作り上げる羽目になるぞ」
一も二も無くそう言い切った俺の瞳を、ガレオの視線が射貫く。暫くお互いの眼差しが交錯した後……ふっとガレオが目を瞑り、深く溜息を吐いた。
「はぁ……ディスペランサを倒したお前が言うなら、間違い無くそうなんだろうな」
「そう言う事だ。やるなら、紫等級が四人は居た方がいい」
「簡単に言うなよ……実際、どの位強かった?」
「攻撃速度と精度が尋常じゃねえ。クソ長い上に強烈な切れ味を持った角を秒間二撃、延々と急所目掛けて正確に振るって来る……剣術って点で言えば、俺はアイツには勝てない」
「ディスペランサと比べればどうだ?」
「一概には言えねぇけど……ドラゴンとしての脅威度は、ディスペランサの方が上だろうな。だが、対人戦闘力に関しちゃ恐らくあのハガネダチの方が上だ。ありゃ、かなりスレイヤーと戦い慣れてる」
だからこそ、厄介なのだ。野生の本能そのままに戦うのではなく、自分の強みを理解した上でドラゴンとは思えない程狡猾に立ち回る。下手に数を集めても、アイツは事も無く全て斬り殺すだろう。
「……中央に、応援要請を出すしかないか」
ポツリと、ガレオがそう漏らしたのを俺は聞き逃さなかった。間髪入れずに、俺は問い掛ける。
「ガレオ。今から討伐の為の応援を呼んだとして、実際に討伐隊が編成されるのにどの位掛かる?」
「ん……今回の場合、ギルドとしては出来るだけ早く片を付けたい。直接中央に出向いている暇は無いからな、遠距離連絡用の鷹を飛ばして状況を伝えた上で向こうがどう判断するかだが……少なくとも、放置って事は無い。人員がどうなるかは分からないが、長くても二週間程度で討伐隊が編成されて≪カルボーネ高地≫に赴く事にはなるだろうな」
「以外と時間掛かるんだな」
「紫等級を派遣して貰うってのは大変なんだよ……オイ、何するつもりだ?」
何かを察したのか、ガレオが訝しげな表情で俺を見て来る。「何するつもり」だぁ? そんな事決まってるんだよなぁ。
「いや、討伐隊が来る前に俺とリーリエ、コトハで倒しちまおうかなって」
「は? 何言ってんだお前!?」
「何か問題でも? つーか、討伐隊編成すんのにそんなに時間掛けてたらハガネダチが別の場所に移っちまうかもしれねぇだろ? だからその前にコッチで決着を付ける」
「いやいや、お前等でも手に負えなかったから討伐隊を組むって話なんだが!?」
「手に負えねえ訳じゃねえよ、あの時はコトハの生命を優先して撤退しただけだからな。次は仕留められる……ガレオだって分かってんだろ? 一度紫等級に
「ぐっ、しかしだな……」
「いや、討伐隊組むなって話じゃねえよ? 寧ろ、確実にアイツを仕留めるのなら紫等級揃えて討伐隊差し向けるのは当然の話……ただ、討伐隊がヤる前にこっちで倒しちゃっても別に問題無いよねって話だ」
俺の言葉に、ガレオが頭を抱える。俺は何食わぬ顔で余裕ぶってはいるが、実際の所はコトハの復讐の為に何としてでも討伐隊よりも先に倒したいから結構焦ってるんだけどな……。
「……問題は、無い。だが、安全性を考慮してハガネダチが討伐隊によって仕留められるまでは、≪カルボーネ高地≫並びにその近辺でのクエストは発注出来んぞ」
「成程、それは仕方が無い……あー、今≪カルボーネ高地≫以外のクエスト受ける気はしないなー休業日にするしかないなー……じゃあ俺等は休みを利用して
そう言って俺が邪悪な笑みを作ると、ガレオはがっくりと項垂れる。その様子を見ていたリーリエとアリアが、憐れむような視線をガレオに向けた。
……さて、したらば
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