第13話 首を突っ込む、そう決めたのなら

【Side:アリア】


 リーリエがその報せをギルドへと運んで来たのは、夜の十時を回った頃。

 当初の予定では明日の朝帰って来る筈だったのだが、想定外の事態が発生して急遽夜通し馬車を走らせて貰って戻って来たのだとギルドの伝令員から聞き、ワタシは慌てて制服に着替え直して≪月の兎亭≫を飛び出した。

 アリーシャさんと少しお酒を飲んでいたのだが、ギルドに着く頃には酔いもすっかり冷めていた。


「ごめんなさい、アリアさん。こんな夜更けに呼び出してしまって」

「仕方ないだろう。これはお前達のパーティーが持ってきた報告だ、専属受付嬢のアリアにも聞いて貰わなきゃならない」

「お構いなく、二人とも。それで、報告というのは?」

「実は――」


 リーリエの口から語られたのは、≪カルボーネ高地≫にて正体不明のドラゴンと交戦したと言う事。その過程で同行していた青等級スレイヤーのコトハさんが大怪我を負って今は街の治療院に入院しており、ムサシさんが傍に付いているという話だった。


 ◇◆


「……全く、どうしてこうお前達のパーティーはやたら引き運が良いのかね」


 リーリエの報告を聞いたギルドマスターが、眉間を抑えて天を仰ぐ。それを見て、リーリエが申し訳無さそうに頭を下げた。


「す、すみません。何と言いますかその……」

「ああいや、責めている訳じゃ無い。純粋に疑問に思っただけだから、そんな縮こまるな」

「そうですよ、リーリエ。こういった不測の事態は、中々回避出来る物ではありませんから」


 ワタシとギルドマスターの言葉を聞き、リーリエはホッとした様に胸を撫で下ろす。


「しかし、長大に発達した頭角を剣の様に扱って戦うドラゴンか……確かに、本来であればこの街から行ける範囲に生息しているドラゴンでは無いな」

「ワタシも聞いた事がありませんね……ディスペランサの様な渡界竜とかいりゅうの類でしょうか?」

「可能性としてはそれが一番高いが、問題は何処から来たのかという話だな」


 そう、この辺りで見かけた事が無いドラゴンなら、ほぼ間違いなく他の地方からやって来たという事になる。しかし、リーリエからの話を聞く限りディスペランサよりも情報が少ないドラゴンと言わざるを得ない。


「――恐らくですけど、あのドラゴンは≪皇之都スメラギノミヤコ≫からやって来たんだと思います」


 考えあぐねていたワタシとギルドマスターは、リーリエのその言葉に耳を疑った。


「≪皇之都スメラギノミヤコ≫? おいおい、海を渡って来たって言うのか!?」

「あそこは、ここよりも遥か極東にある列島を丸々一つ使った都市だった筈……そう簡単に行き来できる距離ではありません。リーリエ、どうしてそう思うのですか?」


 ワタシがそう問い掛けると、リーリエはゆっくりと口を開いた。それは、何かとても重苦しい話をしようとしているかの様な雰囲気で、事実その口から語られたのはそう言う話だった。


「お二人は、コトハさんが何処の出身か知っていますか?」

「いや、オレは知らないな」

「ワタシもです。少し調べはしましたが、あちこちのギルドを転々としている凄腕のスレイヤーという事しか……まさか、≪皇之都スメラギノミヤコ≫出身なのですか?」

「はい、その通りです。私は直接聞いた訳ではありませんけど、ムサシさんがコトハさんの口から聞いたと言っていました」


 なるほど、そう言われれば確かに“コトハ”と言う名前は向こうの地方で名付けられる名前と響きが似ている。

 そうなると、もしかしてムサシさんも魔の山で暮らす前は東の方の地域に居たのでは……いや、今考えるべきは別の事だ。


「それで、そのコトハの出身とドラゴンがどう関わる?」

「……コトハさんは、五年前に≪皇之都スメラギノミヤコ≫を出てこの大陸に渡ったそうです。そしてそれは、あるドラゴンを追いかける為だと、私とムサシさんは考えました」

「そのドラゴンが、リーリエ達が遭遇したドラゴンと言う事ですか?」

「今はまだ推測の段階ですけど……でも、ほぼ間違い無いと思います」

「根拠は?」


 ギルドマスターの言葉に、リーリエは一瞬思案した後……意を決した様に、話を続けた。


「……コトハさんは、あのドラゴンに対して強い恨みを抱いていた様なんです。最初にその気配を察知した時、コトハさんは私達を残して一人で飛び出して行ってしまって……その時のコトハさんは、途方も無い負の感情を撒き散らしていました。あのムサシさんが『凄まじい憎悪』と形容する程の、です」


 リーリエが話した言葉に、ワタシもギルドマスターも息を呑む。

 ムサシさんは誰の目から見ても圧倒的強者だ。自分を疑わず、どんなドラゴンを相手にしても余裕を崩さないとはリーリエの談だが、そのムサシさんをして『凄まじい』と言わせるモノ。

 しかもそれは、ドラゴン等の目に見える脅威にでは無く、人間が抱く一つの感情に対してのモノだと言うなら……コトハさんが見せた憎悪と言うのは、ワタシとギルドマスターが想像した様な生半可な物ではないのは確実だ。


「……つまり、そのコトハが五年の歳月を費やしてここまで追いかけて来たという事は、必然的にそのドラゴンはコトハの故郷である≪皇之都スメラギノミヤコ≫からこちらへ来た、と言う事になる訳か」

「そうです。ただ、この推測が100%正しいかは分かりません。あくまで“ほぼ間違いない”と言うだけで、コトハさんの口から直接そうだと聞いた訳ではありませんから」

「そうですね……コトハさんは、ムサシさんと一緒にエイミーさんの治療院に居るんでしたよね?」

「はい。意識が戻り次第、話を聞いてみようとは思っていますけど……話してくれるかは、分かりません」


 それはどういう――ワタシがリーリエにそう問い掛けようとした時、ギルドマスターが椅子から立ち上がった。


「いずれにせよ、≪カルボーネ高地≫に正体不明の強力なドラゴンが出現したのは事実。近隣に被害が及ぶ前に対策を立てたい所だが……それは、ムサシ若しくはコトハからの話を聞いてからの方が良さそうだな」

「そう思います。あのドラゴンと実際に斬り結んだのはムサシさんとコトハさんですから……私の情報だけで策を練るの危険です」

「そうだな……オレはこれから調べ物をする。二人はもう帰って貰って大丈夫だ」

「この時間からですか?」

「おう。ま、こういう時に迅速に対処を始めるのもギルドマスターの仕事だからな」


 そう言って、ひらひらと手を振りながらギルドマスターは部屋の奥にある資料室へと消えて行った。


 ◇◆


「……リーリエ」


 ギルドマスタールームを後にし、一階のホールへと降りてきた所で、ワタシは口を開いた。


「アリアさん?」

「先程、リーリエはコトハさんが事の詳細を“話してくれるか分からない”と言いましたが、それは何故です? 一度大怪我を負って撤退した以上、事情を話してあなたやムサシさん、他のスレイヤーといった方々に討伐の協力を仰ぐのが普通だと思いますが」

「それは……」


 ワタシの問いに、リーリエは視線を逸らして言い淀む。どうやら、何か深い事情が絡んでいる様だ。


「リーリエ、こちらに」

「あっ、はい」


 そんなリーリエの手を取り、ワタシはホールに備え付けられている長椅子へと連れて行き、二人で腰を下ろした。幸い、今ギルドに居るのはワタシとリーリエ、ギルドマスターだけなので、誰かに話を聞かれるという事も無いだろう。

 ふぅ、と一つ息を吐いてワタシは切り出す。


「……何か、訳があるんですね?」

「……はい。コトハさんにとって、あのドラゴンは一人で倒さなければならない相手の様なんです。私とムサシさんが戦いに介入しようとした時、物凄い剣幕で制止してきましたから。『そいつは私の獲物だ、手を出すな』って……正直、あの時はドラゴンじゃなくてコトハさんに殺されるかと思いました……」

「それは……尋常ではありませんね。助太刀をしようとした相手に、そこまでの殺気を向けるなんて」

「その位、コトハさんはあのドラゴンを一人で倒す事に拘っている……コトハさんの“目的”は『復讐』なんですよ、多分」

「復讐……コトハさんにとって、そのドラゴンを一人で討伐する事が?」

「はい。憶測ですけど、私とムサシさんはそう考えています……そうとしか考えられない程の、怨嗟でした。そんな人が、素直に他の人に事情を話してくれるとはあまり思えません」


 確かにそうだ。もし二人の想像通り、コトハさんの目的が何らかの事を引き起こしたそのドラゴンに対する復讐ならば、第三者が間に入ってくる事は好ましくないだろう。

 既に現時点でギルドの介入と言う横槍が入ろうとしているのに、これ以上邪魔者を増やす様な真似はしたくない筈だ。


「でも、だからこそなんでしょうね。ムサシさんが『手助けをする』って決めたのは」

「それは……コトハさんの復讐に、手を貸すという事ですか?」

「はい」


 危険だ。本来ならば味方であるはずの人間にまで殺意を向ける様な相手に手を貸すなど。

 そもそも、そんな事をする程コトハさんに義理は無い筈……なのに、何故?


「『折角俺達と知り合ったのに、また独りに戻るなんて寂しいじゃないか』……」

「――!」


 リーリエが口にした言葉。それは恐らく、ムサシさんが口にした言葉なのだろう。一語一句同じとは言わずとも、同じ意味の言葉をムサシさんが言ったのだと思う。


「きっと、ムサシさんはコトハさんに“復讐”と言う目的以外の事にも目を向けて欲しいんです。その為には、まずコトハさんから“復讐心”と言う枷を取らなければいけない」

「……その枷を取るには、コトハさんにドラゴンへの復讐を成し遂げさせる必要がある。でも今回の戦績から見るに、コトハさん単独で討伐するのは難しい……だから、二人が手を貸すという事ですね?」

「はい。きっと復讐と言う目的が果たされて枷が外れた時こそ、コトハさんが“孤独”と言う檻から出られる時なんだと思います」


 そこまで言った所で、リーリエはワタシの瞳を真っ直ぐに見つめてきた。


「アリアさん、今回の件は本来であれば私達が首を突っ込む様な事ではありません。コトハさんとはそこまで深い間柄ではありませんし、私達がしようとしている事はコトハさんからすれば大きなお世話なのかもしれませんから……でも、それでも! ムサシさんも私も、コトハさんがもう一人で命を危険に晒す様な事をしなくても良い様にしたいんです! ……身勝手な考えだとは分かっています、でも――」

「リーリエ」


 必死で言葉を紡ごうとするリーリエを、ワタシは制する。そして、いつかリーリエがワタシにそうした様に、その震える手をそっと握った。


「手助けをする……そう言い出したのは、ムサシさんですね?」

「え? は、はい……」

「はぁ……そうですね、そういう人でした。ワタシ達が愛した人と言うのは」


 相手の都合なんか考えない。自分の目の前で何かに苦しむ人がいたら、お節介だろうが何だろうが迷わず手を差し伸べて、引っ張って行く。

 義理だとか筋合いだとか、そう言った物は一切関係無いのだろう。“助けたいと思ったから助ける”……ムサシさんは、そういう人だ。


「ムサシさんはコトハさんに手を貸したい、リーリエはそんなムサシさんとコトハさんを支えたい……そうですよね?」

「……はい」

「なら、ワタシも微力ながらお手伝いをしましょう」

「い、いいんですか!?」

「ええ。コトハさんは掴み所の無い人ですけど、悪い人では無いとワタシは思っています。そして、そんなコトハさんを二人が助けると決めたのなら、ワタシだってその力になりたいです」


 そう言って笑みを浮かべたワタシに、リーリエががばっと飛び付いて来る。あら、これだとまるでリーリエがワタシの妹みたいですね。


「っ、ありがとう御座います! ムサシさんには『アリアさんだってきっと協力してくれる』って言いましたけど、もし断られたらどうしようかと……!」

「そんな事しませんよ」


 もう、ワタシの中に迷いはない。『そんなに親しい間柄でもないし、義理がある訳でもないんだから』……何て考えは、どこかへ吹き飛んでしまった。これは、きっとムサシさんに感化されているという事なんでしょうね。


「リーリエ。ワタシの方では二人が見たと言うドラゴンと、≪皇之都スメラギノミヤコ≫で過去に起こった事を可能な限り調べてみます。なので、コトハさんの方はムサシさんとリーリエにお任せしても良いですか?」

「勿論です! ……と言っても、もしかしたらムサシさんが今頃全部聞きだしているかもしれませんけどね。『説得でも土下座でも何でも使って聞き出してやる!』って息巻いていましたから」

「それは……有り得る話ですね」


 あの人は、あれでいて人の心を開かせるのが上手い。リーリエの言う通り、案外あっさりとコトハさんの懐に入り込んでいるかも……コトハさんの意識が既に戻っていたらの話だが。


「今日はムサシさんがコトハさんに付いていてくれるそうなので、私達は≪月の兎亭≫に戻って明日からの事に備えましょう」

「そうですね。きっと、忙しくなりますから……一度決めたからには、目一杯お節介を焼きましょう」

「はい!」



 ――さて。こちらの意見は纏まりましたから、ムサシさんはムサシさんで頑張って下さいね?

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