第12話 ぶっといお注射

≪カルボーネ高地≫からミーティンへと帰れたのは、馬宿まで撤退してから一日半後。街に到着する頃には黄昏時を過ぎ、夜の帳が降り始めていた。

 一瞬早馬で帰ろうかとも思ったが、コトハの容態を見て不安定な体勢での長距離移動は危険と判断し、最初の予定通り一番早い馬車を手配して、夜通しぶっ続けで走って貰った。俺達の無茶な要望を聞いてくれた御者の人には感謝しかない。


 移動する間も、リーリエはコトハに【耐性強化トレランズフォース】と【治癒ヒール】による治療を続けていた。魔力が切れれば休み、回復したら再開と言う塩梅に、懸命にコトハの命を繋いでくれた。

 俺が出来た事と言えば、移動中にちょこちょこ襲撃を掛けてきた【鉤竜かぎりゅう】ガプテルの群れの掃除位だったかな……。


 そうしてミーティンに着いてから、俺達は一直線にリーリエの知っている治療院へと向かった。そこは長年のエルフのお婆ちゃんが院長を務めている所で、怪我をしたスレイヤー達が良くお世話になっている場所らしい。

 健康優良筋肉スレイヤーである俺が足を運ぶ事はまず無いと思っていたが、こういう形で訪れる事になるとはな。


「……これは、良くないね」


 俺達の前で、ベッドに横たわったコトハに白く光る左手を翳しながら診察していたお婆ちゃん院長――エイミーさんが、渋い顔で唸る。


「外傷と内臓のダメージは、リーリエ嬢が【治癒ヒール】を掛け続けてくれていたお陰でほぼ治ってる。問題は、体に回っちまった毒だね。今は【耐性強化トレランズフォース】の効果で現状を維持出来てるが、それでもいずれ限界は来る」

「そんな……!」

「エイミーさん、薬か魔法で解毒は無理ですかね?」

「現状じゃ厳しい。なにせ、この娘の中にある毒は、今まで見た事の無い毒素だ。幾つかうちにある薬で解毒を試みちゃみたけど、効果が現れないからね……魔法に関しちゃ、この街にあたしとリーリエ嬢より高度な治癒魔法を使える魔導士ウィザードは居ないよ」

「ま、マジすか……」


 これは参った。薬が効かず、リーリエとエイミーさんの治癒魔法を用いても除去出来ない毒素か……今は強化されてるコトハ自身の抵抗力で何とか命を繋いでいるが、根本的解決にはなっていない。


「せめて血清があればいいんだが、この毒に対応出来る物は……」


 うんうんと考え込み始めたエイミーさんと、心配そうな表情でコトハを見守るリーリエ。その二人の後ろで、俺はポッと頭に思い浮かんだ事を口にしてみた。


「……俺の血って、使えないっすかね?」

「あんたの血?」

「うっす。コトハの傷口に溜まってた毒を口で吸いだした時、舌が痺れる程度で済んだんで、そんな俺の血だったら血清代わりになるんじゃないかな、と」

「はぁ? この毒を口に含んだぁ!?」

「は、はい」


 何やってだこいつ、みたいな目でエイミーさんが俺を見る。そういやリーリエが魔法で治療していたって話はしたけど、俺がやった事の辺りは話してなかったな……。


「随分と無茶な事を……万が一飲み込んでたらどうするつもりだったんだい」

「いや、ぶっちゃけ何度か吐き出し損ねて飲んじゃいましたね」

「えっ!? む、ムサシさんこの毒飲んじゃってたんですか!?」

「ちょ、ちょっとだけだぜ? コトハの血を吸い出した時に、ちょびーっとだけ」


 嘘です。本当は目一杯吸い出した時に、勢い余って結構な量飲んじまいました……。


「なんとまぁ、無茶苦茶な……でも、いい判断だ。傷口に毒が溜まったままだったら、そこからどんどん毒素が流れ出続けていただろうからね」


 そこまで話すと、エイミーさんはベッド横の椅子から立ち上がり、何やら看護婦さん達に指示を出し始めた。俺は、改めてコトハへと目を移す。


「こんなに綺麗なのに、あんな凄絶な表情を浮かべるんだもんなぁ……ありゃ修羅の貌だぜ」

「はい……」


 俺の言葉にリーリエが小さく頷き、そっとコトハの手を握る。元々色白だったその手は、今は更に白くなっていた。


「よし、準備出来たよ。あんた……ムサシって言ったか。そこに用意した椅子に座りな、血を貰う」

「了解っす」


 上半身の防具を外し、タンクトップだけになって俺は椅子に腰掛ける。ミシリと言う椅子の悲鳴を聞きながら、俺は用意された固定台の上に右腕を置いた。


「ホントに丸太みたいな腕だね……針が刺さるといいけど」


 その辺に関しては問題無し。普段の状態ならまず刺さらないが、今は腕の筋肉を完全に脱力させているから細い注射針でもちゃんと刺さ、る……筈……。


「ちょ、ちょっと待って下さいエイミーさん。何すかその馬鹿でかい注射器」

「この娘を治すにゃ、ちょっとやそっとの量じゃダメなんだよ」

「いやいやいや! だからってその大きさは……何リットル吸い出すつもり何すか!?」

「3」

「死ぬゥ!! ちょっ、もうちょい量を――」

「【拘束バインド】」


 俺が抗議の声を上げていると、突如リーリエが発動させた魔法により、俺の体と腕ががっちりと固定された。


「ムサシさんなら大丈夫です。エイミーさん、お願いします」

「リーリエ!? おま、≪カルボーネ高地≫で俺に“もっと体を気にしろ”とか言ってたじゃねーか! 今がその気にする時ちゃうんか!?」

「それはそれ、これはこれです。コトハさんを助けるんでしょう?」

「うっ……そ、そうだな」


 そうだ、コトハの命を救う為なんだから俺がギャーギャー言っちゃいけん。ちょいと不安だが、俺の生命力ならイケる! そう思わないとコワイ!!


「いいかい? そしたら、刺すよ」


 そう言って、エイミーさんが巨大な注射器を俺の腕に――。


「……硬ッ! おいムサシ、もっと力抜きな!」

「ぬ、抜いてるっすよ!」

「いえ、ガッチガチに力が入っていますよムサシさん……」


 うわぁ、これは注射器に対する恐怖で無意識に力を入れちまってますね……くっそ、何とか体に言う事を聞かせんと……!


「……仕方ありません。【腕力強化アムフォース】・【二重詠唱ダブルキャスト】、【斬刃スパーダ】・【加算アディション】」

「へ?」


 リーリエが取った行動に、俺は思わず間抜けな声を上げてしまう。

 今のは強化魔法だよな? 【腕力強化アムフォース】を【二重詠唱ダブルキャスト】でリーリエ本人とエイミーさんに掛けて、後は謎の魔法を……注射器に掛けた?


「エイミーさん、私達の腕力を強化しました。注射器の針にも【斬刃スパーダ】を掛けて切れ味を上げたので、多分イケます」

「注射器の切れ味上げるって何!? お前そんな物騒な魔法使ったの!?」

「仕方ないじゃないですか、このままでは針の方が曲がってしまいますし……」


 いやいや、注射一つすんのに大掛かり過ぎんだろ! てか、そんな魔法があるなら俺の金重かねしげに掛けてくれりゃあのなまくらでも多少斬れる様になるんじゃ……あ、駄目だわ。金重かねしげは魔力通さない上に魔法弾くんだったわ。


「いい仕事だ、リーリエ嬢。そしたら二人でいくよ!」

「はい!」


 ちょちょちょ、怖い! 怖いから二人とも! 後注射器の持ち方おかしいって、普通は血管に対して平行に――!


「「せーのっ、よいしょお!」」


 ドスッ! という鈍い音と共に、俺の野太い悲鳴が治療院中に響き渡った。


 ◇◆


「……よし、大分効いてきたみたいだ。この分なら、安静にしていれば回復するだろう。完全回復にはちと時間が掛かるかもしれないけどね」

「さいですか……」

「あの……ムサシさん、ごめんなさい。緊急時とは言え、あんな手荒な方法を使ってしまって……」

「ん、しゃーない。ああするしかなかったんだから、リーリエが気に病む事なんて無ぇよ」


 少ししゅんとしたリーリエの頭を、俺はわしわしと撫でてやる。

 俺からガッツリ抜かれた血は、予想以上の効果があったらしい。血清作るよりも直接輸血した方が早いって事で、俺から抜かれた血はそのままでコトハに流し込まれている。血液型云々は全部魔法で解決出来るってんだからすげぇわ。

 で、当のコトハは確かに血色は良くなってきている。苦しそうな表情も大分和らぎ、今は静かに寝息を立てている状態だ。


「にしても、あんたの血は凄いね……これがあれば、あらゆる毒素に効く血清が作れるかもしれないねぇ」


 そう言って、抽出された俺の血をしげしげと眺めるエイミーさん。こ、これ以上は勘弁してくれ……。


「どれ、容態が安定したからあたしは離れるけど、あんた達はどうする?」

「あー、そうっすね……」


 俺は顎に手を当てて少し考える。

 正直に言うと、目が覚めるまでこのままコトハの傍に居てやりたいとは思う。だが、あれだけの戦闘能力を有するドラゴンが現れたのなら、ギルドへの報告は確実に必要だ。でも、それを完全に夜になった今からやると、多分今日は治療院ここには戻って来れなさそうだし……どうしたもんかな。

 そんな俺の考えを見透かしたかのように、リーリエが口を開いた。


「ムサシさんはコトハさんの傍に居てあげて下さい。ギルドへの報告は私がしておきますから」

「……いいのか?」

「はい。コトハさんが目を覚ました時、誰も居なかったんじゃ寂しいでしょうし……それに、何となくですけど、起きた時傍に居るのはムサシさんじゃないとダメな気がするんです」


 そう言って、リーリエはニコリと笑みを作る。

 うーん……良く分からないが、リーリエがそう思うのならきっとそうなんだろうな。


「分かった、ならギルドの方はリーリエに任せる。こっちの事は心配すんな。ああ、でもコトハの具合によっては今日は帰れないかもしれんから、そこだけヨロシク」

「分かりました。じゃあ、私はギルドに向かいますね」

「おう、お疲れ」


 その会話を最後に俺達は別れる。病室に残されたのは、静かに寝息を立てるコトハと、椅子に腰掛けてそれを見守る俺の二人だけとなった。


「――なぁコトハ。お前の憎悪と復讐心それは、一体どこから来ているんだ……?」


 その問いに、答える者は居ない。夜の静寂と窓から差し込む月明かりが、俺とコトハを包み込んでいた。

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