第55話 VS.■■■■■■ 6th.Stage

 暫くして、全身分の防具を全て乾かし終わった。それをマントで体を隠しながらリーリエが装着し直している訳だが……小学校の時のプール授業思い出すな、これ。


「うん……ありがとう御座います、ムサシさん。もう寒くありません」


 再び身に着けた防具をチェックし終わったリーリエが、俺に頭を下げてくる。この程度ならお安い御用だ。


「うっし、これで準備オッケーかな」

「はい。あ、マントは洗ってからお返ししますね」


 そう言って、俺が貸したマントを綺麗に折り畳んでいく。リーリエらしい几帳面さだが、別に汚れた訳じゃ無いからそこまでして貰わんくても良いんだけど。


「あーいいよいいよ。そのマント割と特殊な素材で出来てるっぽいから洗濯も大変だろうし、そのまま返して貰えれば」

「だ、ダメです!」


 俺が手を伸ばすと、リーリエが慌てて畳んだマントを胸に抱きしめてズザザッ! と俺から距離を取った。

 えー、何この反応。


「あ……えっと、洗濯は別に手間じゃないです。こう言う物の洗い方は心得ていますから。それに――」


 微かに顔を赤らめながら、リーリエはぼそぼそと小さく口にする。


「その……私のニオイとかが付いてたら、申し訳ないので……」

「…………」


 それきり黙ってしまったリーリエの言葉を、俺は頭の中で反芻する。

 におい、ニオイ、匂い……Smell? リーリエのSmellがマントに付いちまってると? 

 ……Oh My Godなんてこった、そいつは素晴らしいな!!


「よしリーリエ、すぐにそのマントを俺に寄越せ! 匂いが消えない内に!!」

「えっ!? ななな何変態さんみたいな事言ってるんですか!!」


 俺のド変態な発言を聞いて、瞬時にリーリエが腕の中にあったマントをマジックポーチの中へと押し込んだ。クソ、速い!


「変態結構大いに結構! 帰ったらそれで顔包んで寝るから! 早く早くハリーハリー!!」

「ぜ、絶対嫌です!! そんな事聞いて渡せる訳ないじゃないですか!?」

「えー」

「えーじゃないです! そんな事される位なら、私が直接嗅がせてあげます!」


 リーリエが咄嗟に口にしたその言葉を、俺の聴覚は聞き逃さなかった。


「――言ったな?」


 ギラリと目を光らせ、俺は口角を上げてリーリエに聞き返す。ハッとしたような顔になるリーリエだが、もう遅い。言質取ったぞ。

 ま、さっきはまんまとリーリエの言葉の罠に嵌まっちまったからな。これでお相子よ。


「あっ……い、いえ。今のはですね」

「よーし、さっさとヤツ等を追っかけるか! かなり離されちまったからな」

「ちょっ、聞いて下さい!」

「嫌どす」

「も、もうっ!!」


 顔を赤くしながらポカポカと俺の胸元を叩いて来るリーリエの頭をポンポンと撫でる。

 ……さて、そろそろ切り替えようか。


「リーリエ、真面目な話に戻るぞ」

「あ、はい」


 俺が急に真剣な口調に戻ったのを見て、リーリエも凛とした表情になる。こっから先は、気を引き締めていかんといけないからな。


「取り敢えず、連中の姿を見つけない事には話にならん」

「はい。まだあの場所に留まっているか、移動したか……もしくは、私達の後を追いかけてきているか、ですね」

「そうだな。出来れば最後だとこっちから出向く手間が省けるんだが……そう都合よくはいかんでしょ」

「ですね……」


 俺とリーリエは腰に手を当てて、渓谷の上を見上げる。

 俺達の遥か頭上……あのドラゴン達が居た場所からは、もうその気配を感じ取る事は出来ない。一度接敵したなら、この程度の距離は楽に感知できる筈なんだが……俺の感覚網に引っ掛からない以上、更に離れた別の場所に移動したと考えるのが妥当だろう。そしてそれは、俺達の場所に向かってじゃない。


「一口に≪アルブール山≫と言っても広いですから……せめて、あのドラゴン達の行動原理が分かれば行先もある程度は予想出来るんですが」

「行動原理、ねぇ」


 アイツ等が何を目的として動くのか。それを考えた時、俺はある可能性に辿り着いた……だが、もしこれが正しいならマズいな。こうやって悠長に話している時間は無いかもしれない。


「リーリエ、アイツ等……正確にはデカい方だが」

「はい」

「アイツは中型種のブライウスを骨一つ残さず食っちまう大食らいだ」

「そうですね」

「戦ってて気付いたんだが、アイツ俺が斬りつけてる時、しきりに首を振って噛みつこうとして来てたんだよ。で、それは攻撃の為というよりかは捕食の為って印象が強かったんだ……つまり、今の状況はアイツからすれば二匹の餌を見失った事になる訳だ」


 そう話しながら、俺は金重かねしげをマジックポーチにしまい込む。こっから先は、恐らく時間との勝負になる。リーリエを背負って山中を最速で移動しなきゃならない。


「餌を食えず、腹を空かせたままのアイツはどうするか……当然、他の獲物を探し始める。で、それは恐らく谷底に落っこちた俺達じゃない」

「となると……獣、ですか?」


 リーリエの言葉に、俺は首を横に振る。獣が対象なら、俺はここまで焦らない。


「ブライウスを追っていた段階で、山の中に獣の気配が無いってのは分かっていた……勿論、俺達が見つけてないってだけでもっと離れた場所に居たかもしれない。だが、そんな遠くよりももっと近くて向かい易いに餌場があるんだよ……リーリエ、この山の麓には何がある?」

「それは、馬宿がありますけど……まさか!」


 リーリエも、俺と同じ考えとそこから導き出される大惨事に気付いた様だ。


「馬宿には何頭も馬がいるし、それなりの数の人間だっている。ブライウスに比べりゃ小物だろうが、それでも小腹を満たす事は出来るだろう」

「そんな……!」

「ハッキリ言って、かなり切迫した状況だ。人的被害を出さない為にも、急いでアイツ等を見つける必要がある……出来るなら、下に降りきる前に片を付けたいんだが」


 そこまで言って、俺はハッとした様に顔を上げる。見据えた方角は、川下より上に上がった樹木が広がる山中。そこから、鼻にこびり付く独特のニオイが流れて来ていた。


「……どうやら、運の天秤は俺達に傾き始めたみたいだぞ」

「――!」

「背中に乗れ、リーリエ。連中のニオイが流れて来てっから、風向きが変わらない内に最速で追っかけるぞ!」

「はいっ!」


 俺の言葉に、一も二も無くリーリエが背中へと飛び乗る。背中に感じた重みを手放さない様にしながら、俺はニオイのラインを追って全力で川岸を疾駆した。


 ◇◆


 どれ程駆け抜けたか、不意にその時は訪れた。


「……居やがった!」


 山中を走りながら、漸く目的の巨影を眼下に見つける。

 あの野郎共、仲良く二体並んで山道を下りてやがる。そこは人が通る道であって、お前らみたいなバカデカい蜥蜴が通る所じゃねぇぞ!


「山道が……!」

「ああ、ボロボロだな」


 そりゃ、あんだけの大質量がズンズンと踏み歩いたら道だってボロボロになるよ。全く、整備し直すのが大変そうだな……頑張れ、顔も知らぬ土木作業員の方々。


「幸いなのは、山道を登って来ている奴が居ないって事だな」

「ですね。もしかしたら、試験官の方が山を下りて避難を促しているのかもしれません」

「そうだったら有難いね」

「でも、どうしますか? このまま接敵すると、地形的にかなり狭い場所で戦う事になりますが……」


 確かに。山道は、両側を樹木生い茂る斜面で挟まれている。そこでカチ合えば、進むか引くかしか出来ない。無理矢理木々を蹴散らして行動できる場所を増やす事も出来るが、アレと戦いながらの伐採作業はちょっと遠慮したいな。俺とリーリエ、お互いのカバーが行き届かなくなる可能性がある。


「しゃーない、もうちょい下れば開けたエリアに出る筈だ。馬宿にも街道にも近くなるが、そっから先に進ませないようにしながら立ち回る……それでいいか?」

「分かりました」


 ちらりと背後に視線をやると、俺の提案にリーリエがこくりと頷く。

 それを確認して、俺はもう一段階ギアを上げる。そうしてヤツ等を追い越して、決戦の場へと先回りした。


「よし、リーリエは距離を取ってくれ。俺が前に出る」

「はい。ここで、決着を付けましょう」

「合点承知」


 そう言葉を交わし、俺達はそれぞれの配置についた。

 リーリエは後方で魔導杖ワンドを構えて、視線を鋭くする。リーリエがアイツのからくりを看破するために、俺は最大限の仕事をしよう。


「……来やがったな」


 マジックポーチから取り出した金重かねしげ二振りを、俺は構える。

 直後、目の前の山道から地面を踏み砕きながら二体のドラゴンが姿を現し、俺達を視界に収めるとその歩みを止めた。


「グオオオオオオオオッ!!」

「ミギャアアアアアアッ!!」


 その咆哮は、見失った餌を見つけた歓喜か、はたまた忌々しい奴に再び出会った事に対する怨嗟か……どちらにせよ、やる事は変わらない。


「さぁて、第二ラウンドと行こうかクソ蜥蜴共」


 口角を釣り上げて嗤うと同時に、俺は地面を蹴った。

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