第54話 VS.■■■■■■ 5th.Stage

「――へくちっ!」


 さあ行くぞ! と気合を入れようとした瞬間、水の流れる音で満たされている渓谷に気が抜ける様な可愛らしいくしゃみの音が一つ木霊した。


「……リーリエ、もしかして寒い?」

「だ、大丈夫です」


 そう口にするリーリエだが、その体は小刻みに震え微かに歯が鳴っている。

 こりゃ絶対大丈夫じゃないな。俺は平気だが、普通は全身水浸しで風に晒されてりゃ当然寒いよな……太陽はとっくの昔に真上を回って気温も落ち始めちまってるしなぁ……よし。


「リーリエ、防具を脱げ。俺が絞って乾かしてやる」

「えっ!? むむむ無理です! 恥ずかしいです!」


 リーリエの寒さで青く染まっていた顔が耳の先まで真っ赤になり、目がグルグルと回り始める。

 しょうがねーだろ! このまま体温下がったら風邪だけじゃ済まないかもしれんからな……幸い、リーリエの防具はプレート部分以外は布製だ。

 当然防具としての役目を担っているのでただの布では無いが、力加減さえ気を付ければその特殊な繊維を傷めずに水気を取れる……筈だ。


「恥ずかしいって、そんな事言ってる場合か? このままだと確実に風邪ひいちまうぞ……ほれっ」

「え……わっ!」


 イヤイヤと首を振るリーリエに、俺はマジックポーチの中に入っていた紫金のマントを取り出して押し付ける。


「乾くまではそれで体隠しとけ。脱ぐ時は後ろ向いて見ないようにするから」

「で、でも……」

「今は緊急事態だ。コンディションに関わる不安要素は取り除きたい」


 そう言ってリーリエの翡翠色の双眸をじっと見つめる。暫くそわそわと目を泳がせていたが、やがて観念した様に首をぎこちなく縦に振った。


「うう……分かり、ました」

「よっしゃ! 速攻で乾かしちゃるからな」


 リーリエの了解が取れたので、俺はリーリエから少し離れてくるりと後ろを向く。そのまま腕を組んで、目を閉じた。


「終わったら教えてくれ、チャチャッとやっちゃうから」

「はい……ぜ、絶対振りむいちゃダメですからね!?」

「任せろォ!」


 俺が勢い良く返事をすると、後ろから遠慮がちに防具のプレート部分を外す音が聞こえてきた。谷底に響く川の音に混じって聞こえる硬い音が、やがて衣擦れの音に変わっていく。


 ――やっべ、めっちゃ振り返りてぇ!


 だが、俺は紳士だからな。そんな女性の裸を盗み見るような真似は決してしない。

 ……でも、耳は研ぎ澄ましておく。これはアレや、周囲の警戒の為だからセーフな筈……許せ、リーリエ。


「ムサシさん、もう振り返って貰って大丈夫です……」

「おっ、そうか」


 リーリエの許可を貰ったので、俺は目を開けて振り返った。


 俺から借りたマントで全身を覆ったリーリエは、落ち着かない様子でこちらを見ている。マントは俺の体に合わせたサイズなので、リーリエの体を隠す役割は十分に果たしていた。

 しっかし……てるてる坊主みたいな見た目になってんな。


 その足元には、折り畳まれたずぶ濡れの防具が部位毎に並べられていた。上半身部のジャケットとグローブ、腰部の前面部が開いたコート、脚部のグリーブ……うん、やっぱ白を基調にして青いラインで縁取られているリーリエの防具は綺麗だな。デザインした奴はセンスがいい。


 そんな事を考えながら早速作業に取り掛かろうとした時、俺は並べられた防具の隣にそっと置いてあったあるモノに気付く。


 ――それを見た瞬間、俺の体がロダンの彫像の如くピシリと固まった。


 淡いピンク色の生地で出来た、防具と呼ぶにはあまりにも頼りない布。二つ置いてあったそれ等は、片方が三角形のような形をし、もう片方は二つの丸い布が紐で繋がった様な形をしていて、どちらも控えめなフリルとレースで可愛らしく装飾を施されていた。


 はい、どう見てもおブラとおパンツです。大変素晴らし……じゃねぇよ! アホか俺は!! ブラのサイズでっか!!! 何カップやねん!!!!


「あ、あのだなリーリエ」

「な、何ですか?」

「えっとな……下着は、流石に自分で絞れないか? 俺が触るとその……色々と、な?」

「……~~~~~~っ!?!!! ごごごごめんなさい!!」


 俺が申し訳なさそうに言うと、リーリエは紅潮させていた顔を更に真っ赤に染めて目にも止まらぬ神速を以ってブラとパンツを回収し、そのままマントの中へ頭ごとすっぽりと体を隠して蹲ってしまった。

 どうやら、余程混乱していたらしいな……じゃなきゃ下着まで俺に乾かして貰おうなんて思わんだろ。


「み、見ちゃいました……よね?」


 マントの中から、恐る恐るといった感じでリーリエが聞いてくる。

 いや、そりゃ見ちゃってるでしょうよ……視界に入れずにどうやって下着を見つけたって言うんだ。

 マントで全身を隠したまま、リーリエは震える声で聞いて来る。これは寒さからくる震え声じゃなくて、間違いなく羞恥から来ているものだな……。


「イエ、ミテイナイデス」

「……本当ですか?」

「ホントウデス」


 やべぇ、自分でもビビる位の棒読みだ……だがしかし、ここで堂々と「ガッツリ見ました!」なんて言うのは流石に憚られる。


「本当に、見ていないんですね?」

「ハイ」

「ご感想は?」

「桜色で可愛らしい装飾が施されて素晴らしいデザインだと思いました!」


 ……あっ。


「や、やっぱり見てるじゃないですかーーーー!」


 リーリエがマントから頭を勢い良く出して絶叫する。しまった、トラップだったか……。


「しょ、しょうがねーだろ!? あのまま何も言わずに女性の下着を手に取れる訳ないやん!」

「それはそうですけど!」

「見ただけで触っていないんだからセーフって事にしてくれ!」

「は、恥ずかしくて死にそうです……」


 リーリエはそう言って顔を赤くしたまま俯いてしまう。これはフォローが必要だな!


「あー、別に変じゃなかったぞ? リーリエに似合う、可愛らしいデザインだったと思う」

「~~~~っ!」


 あ、これフォローになってねぇわ。めっちゃ顔赤くして涙目でこっち睨んできてるよこの子……だが、その表情が羞恥と怒りだけじゃないと感じるのは俺の気のせいか?


「と、取り敢えず防具乾かすからな?」

「……はい」


 この微妙な空気を打破する様に、俺はリーリエの防具を手に取る。

 おかしい……今俺達は結構切迫した状況に身を置かれている筈なのに、何だこの気が抜けるやり取りは。

 まあ、張り詰めっ放しよりはマシか。こういう時にある程度余裕が持てるのは良い事だし。


「したらば……よっと!」


 俺は自分のグローブを外して手首をほぐす。そしてジャケットを手に取ると、それを両手で握って引き裂かない様に注意しながら雑巾絞りの要領で水を搾り取った。

 そしたら大量の水が出るわ出るわ……吸水力高ぇなこの防具。水対策が施されているのは撥水性のある表面部だけだな。


「ちょい皴になっちまうかもしれんけど、我慢してくれ」

「それは大丈夫です。街に戻ってから、ちゃんと伸ばすので……」

「そうか。ならこのまま絞って……仕上げだ」


 十分に水気を取った所で、俺はバサッとジャケットを広げた。両手に持った状態をキープしたまま、俺は腰を落として全身に力を籠める。


 そして、溜めた力を一気に解放して俺は回るコマの如くその場で体を高速回転させ始めた。


「オラアアアアアアッ!」

「きゃっ!?」


 程よく近くに居たリーリエが、俺の突然の行動とそこから生み出された風をモロに受けて小さく悲鳴を上げる。

 これぞ正しく人間乾燥機! 魔の山に居た頃は良くこの方法で濡れた毛皮の水気取ってたな~。


 そうしてジャケットが完全に乾いたのを確認し、俺は回転を止める。久々にやった訳だが……大丈夫だよな?


「ほい、いっちょ上がり。どうだ、リーリエ?」


 俺はカラッカラになったジャケットをリーリエへと差し出す。信じられない様な物を見た、という表情のリーリエがマントの隙間から手を伸ばしてジャケットを確認した。


「か、完璧に乾いてる……!」

「イイ感じだろ?」

「は、はい」

「よし、じゃあ残りもパパッとやっちまうか」


 リーリエの感想を確認した所で、俺は残った防具も同じ方法で乾かし始める。


「……こんな真似が出来るのは、ムサシさんだけでしょうね」


 防具を手に取る度に巻き起こる風を受けながら、リーリエは呆れたような顔で小さく笑った。

 うむ、やっぱりリーリエは笑顔でいる時が一番可愛いな……どれ、さっさと終わらせて追撃に向かおう。


 アイツ等をブッ倒して、≪月の兎亭≫で祝勝会だ。

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