第45話 クソモヤシの純愛♂

「……何か用か」


 心底、心底! 嫌そうにしながら俺はクソモヤシへと視線を向けた。相変わらず腹立つイケメン面だな、死ね。


「ムサシさん、リーリエさん、アリアさん……」


 んん? 何だ、こないだとは打って変わって突然さん付けで呼んで来やがったぞコイツ。ドラゴンでも降って来んじゃねーのか?


「――先日は、本当にすまなかった!」


「お?」

「えっ?」

「あら」


 謝罪と同時に深々と頭を下げたクソモヤシの姿を見て、俺達三人は顔を見合わせる。一体どういう心変わりだ?


「いきなりどうした、お前。随分と殊勝な態度を取るじゃねえか」

「ああ……先日の市場での一件の後、アンジェさんに諭されてね。これまでのボクがどれだけ愚かな事をしてきたのかを悟ったんだ」


 そう語るクソモヤシの瞳は、不自然な程に澄み渡っていた。

 ……まさか、ラリッてんじゃねぇだろうな?


「まあ気付けたならのならいいんじゃねえの? じゃ、俺等行くから……」

「し、失礼します」


「そして! ボクは真実の愛に気付いたんだ!!」


 そそくさとその場から離れようとした俺とリーリエだが、何故かクソモヤシが前に立ち塞がった。

 この野郎、人の話聞かねえ所は直ってねえじゃねぇか! こっちは別にお前の話なんざ聞きたくないんだよ!

 てか、真実の愛? コイツの口から出るととんでもなく安い言葉に聞こえる、不思議!


「ああ、アンジェさん。貴女はこんな愚かなボクを赦してくれるだろうか……」


 ……ん?


「ちょい待てや。おま、その真実の愛とやらの相手ってまさか……」

大天使マイエンジェルことアンジェリカさんの事さ!」


 ピシッ、と俺とリーリエは固まった。アリアに至ってはメガネが割れている。


「ジ、ジークさん? あの、アンジェさんは確かに女性方ですけど……」

「リーリエさん、愛の前に性別なんて些細な問題だと思わないかい?」

「あっはい」


 さしたる問題ではない、とでも言う様にクソモヤシは白い歯を覗かせて笑う。それを見たリーリエの顔は引き攣った笑顔を浮かべていた。


 ……マジかー、に目覚めちゃったかー。アンジェさんがやったって奴の内容が何となく分かったぞー分かりたくなかったー。


「……おい、クソモヤシ。その想いはもうアンジェさんに伝えたのか?」

「まさか! 彼女に愛を伝えるにはまだまだ贖罪が足りない……だから、いつかボク自身の罪を全て清算出来たら告白するつもりさ!」

「そ、そうか」


 キラキラした表情を浮かべるクソモヤシを見て、ハハッと乾いた笑いが漏れた。


「で、でもよ? お前の周りには既に女がわんさか居るじゃねえか。どうすんのよ」

「真実の愛を知った今、もう彼女達をボクに縛り付けるのはやめるよ。今持っている全財産を渡して、新たに他のパーティーで頑張って貰おうと思っているんだ」

「はあっ!?」


 こ、コイツやっぱ最低だ! そんな手切れ金渡してサヨナラ~みたいな真似を平然と行おうとしている所が恐ろしい!

 見ろ、後ろに居る取り巻きズが軒並み死んだ魚の様な目をしちまってるじゃねえか! 流石に可哀想だ……。


「……クソモヤシ、よく聞け」

「なんだい?」

「お前のアンジェさんに対する想いは分かった。それを邪魔するつもりはねぇ……だが、もし本当に自分の愛を貫き通すつもりなら後ろに居る彼女達も幸せにしてやれ」

「なっ……で、でもボクにはムサシさんの様な器は……」

「これまで自分を慕ってきた女性達を切り捨てたお前を、アンジェさんは本当に受け入れてくれるのか?」

「――!!」


 俺の言葉を聞いたクソモヤシが、驚愕の表情で目を見開く。よし、このまま畳みかける!


「お前も男なら、アンジェさんも彼女達も幸せにしろ! 器が足りないと思うならこれから死ぬ気で作れ!!」

「!!!?」

「出来ねぇんだったら、お前に真実の愛なんて言葉を口にする資格は無ぇ!」


 俺から浴びせられた説教で、クソモヤシはガクンとその場に膝を付いく。正直、自分でも訳分かんねぇ事言ってる自覚はあるが、こういうのは勢いで押し切るもんなんだよ!

 そんな俺達の周りにはいつの間にか他のスレイヤー達の輪が出来ており、皆固唾を飲んで事の成り行きを見守っている。もうイヤ……。


「……頭を、殴られたようだ。結局、ボクは自分自身の事しか考えていなかったという訳か」

「そうだ。で、どうすんだ?」

「……少し、考えるよ。今日は失礼する……忠告、ありがとう。三人ともお幸せにね」


 そう言って立ち上がり、幽鬼の様にふらふらと出口に向かっていったクソモヤシを、取り巻きズが慌てて追いかけていく。

 奴等がギルドから出ていった事で、漸くいつも通りの空気が戻ってきた。ああ、良かった……。


「あの、ムサシさん」

「何も言うな、リーリエ。多分お互いに頭痛くなるから」

「は、はい」

「……それにしても、随分と理性的な対応をしましたねムサシさん」


 出口を見詰めたままだった俺とリーリエの意識を、アリアの声が引き戻した。メガネは元の綺麗な状態に戻っている……スペアでもあったんだろうな。


「アレを理性的と言えるか……?」

「少なくとも、手は出ていませんでした。市場の時と比べればとても理性的だったと思いますよ」


 そ、そうかなぁ……まあ、アリアがそう言うならいいか。これ以上あんま深く考えたくねえ。


「でも、まさかムサシさんが彼女達の事まで気を回してジークさんに言い聞かせるとは思いませんでした」

「それは単純な話こっちに火の粉が降りかからない様にするためだな。特にリーリエとアリアにな」

「私達に、ですか?」

「どういう事です?」

「いやだって、あのまま放置してクソモヤシがアンジェさんの所に行ってみ? 結果に関わらず、あの取り巻きズ全員確実に闇堕ちすんぞ」

「「や、闇堕ち……」」

「そうなると面倒だ。一度気が触れたら何しでかすか分からんし、大本まで遡って俺等を逆恨みする可能性だってある。そこで刃物でも持ち出されて二人に危害が及んだらたまったもんじゃないからな……だから、出来る限り予防線は張らせて貰った。後はクソモヤシ次第だろうな」


 ハァ、と口から溜息が漏れる。全く、あいつはどんだけ厄介事を俺達に持ってくりゃ気が済むんだよ……頼むからこれ以上面倒事に巻き込むのはやめてくれ、胃に穴が空くっつーの。

 ま、もしアイツが俺が言った通りに出来たのならその時はクソモヤシからモヤシ位には呼び方変えてやろうかな。


「取り敢えず、二人とも俺が一緒じゃない時は人気の無い所とかあまり歩かない様に。ま、いざとなりゃ俺の勘が知らせてくれるからすっ飛んで行くのは可能だけどさ」

「それでも、リスクは減らすべきでしょうね」

「そうですね。極力そういう場所にはムサシさんが居ない時は近付かないようにしましょう、アリアさん」

「ですね」

「是非そうしてくれ……さてとっ!」


 気持ちを切り替える様に、パンッ俺は一つ手を鳴らす。


「ちょいとトラブルはあったが、これで出発出来るな」

「そうですね。馬車の手配と、持ち物の確認をして出発しましょう!」

「応!」


 やっと出発出来る……変に疲れたがしゃーなし。人生だもの、こう言った事だってあるさ。


「では、改めてお二人に昇級クエストの発注をします。ご武運を」

「あいよ。行ってくる」

「行ってきます、アリアさん!」

「はい、行ってらっしゃい。くれぐれも、お気をつけて」


 アリアの見送りを受け、俺とリーリエはギルドを後にする。目指すは≪アルブール山≫……パパッとこなして、キッチリ黄等級になってやる。待ってろ、ブライウス!

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