第39話 クソモヤシ再び

【Side:リーリエ&アリア】


 ツイてない――今の自分達の状況に、リーリエとアリアは内心で辟易していた。

 ムサシと別れて、二人で市場へと足を運んだまではいい。アクセサリーや生活の中で使う小物、露店に並んだ服などを見て回り、お互いに会話をしながら楽しい時間を過ごしていた。


 だが、その矢先――この男に見つかってしまった。


「やぁ、奇遇だね二人とも。こんな所で出会えるなんて、ボク達とキミ達は何かしらの縁で結ばれているようだ」


 キザったらしく前髪を掻き上げ、そう話し掛けてきたのは、以前アリアをギルドで堂々とナンパし、その後リーリエにまで手を出そうとしてムサシに叩きのめされた赤等級スレイヤーのジークだった。その後ろには、いつもの取り巻きもいる。


「ワタシ達はあなた方と縁なんて感じていません。リーリエ、行きましょう」

「そ、そうですね」

「おっと待ちなよ」


 踵を返してその場を離れようとした二人の前に、ジークは素早く回り込む。腐っても赤等級、いい動きをする。

 アリアはリーリエを守るように、自分の体を前に出した。


「何のつもりです?」

「そうつれない態度を取らなくても良いじゃないか。今は二人だけなんだろう? 良かったら、これからお茶でもどうだい?」

「あなたに付いて来た女性の方々と行けばいいでしょう」


 アリアはそう言って、取り巻きの女の子達に視線を送る。彼女たちはジークが居る方へとは動かず、最初の位置に留まっていた。

 その視線は、アリアの後ろにいるリーリエへと注がれていた。そこには、どことなく怯えの色が見て取れる。以前リーリエに仲間がビンタされたのを見て、尻込みしているのかもしれない。


「もちろん彼女達も行くさ。だから、二人も一緒に行かないかという話なんだけど」

「だからの意味が分かりません……」


 吐き捨てるように言ってアリアがジークを睨む。

 この男、とにかくのだ。確かに見てくれはいいが、言ってしまえばそれだけ。何かに悩むような事も無く、当り前の様に女性を口説いて自分の周りに置こうとする様は、正直言って気分の良い物ではない。


 ムサシはリーリエとアリアの為に考えた末、全てを捧げて二人を愛すると誓った。だが、この男はどうだ? 自分を慕う女の子達が既に複数人いる筈なのに、まるで何でもない事の様に新しい女性を引っ掛けようとする。女性を自分を着飾る装飾品か何かと勘違いしているのではないかと思う程だ。


 女性を複数自分の隣に置くという点では、ムサシもジークも変わりない。だが、その心構えには天と地ほどの差があった。


「……あの、ジークさん。私達は今二人で市場を回っているんです。付き纏うような真似はやめて下さい、迷惑です」


 今までアリアの後ろに居たリーリエが、アリアの隣に立って毅然とジークに言い放つ。しかしそれを見ても、ジークの気に障る態度は変わらなかった。


「付き纏うだなんて心外だよ、リーリエちゃん。ボクは――」

「貴方にちゃん付けされる筋合いは有りません」


 有無を言わさぬ、と言った感じのリーリエと、それに同調して頷くアリアを見て、ジークはやれやれといったように肩をすくめる。本当に、気に障る男だ。


「そこまで邪険に扱わなくても良いだろう? ボクは、二人を助けようと思って声をかけているのに」

「助ける?」


 何を言っているんだこの男は、という表情をリーリエとアリアは浮かべた。


「聞いたよ、今日二人に起こった出来事は。可哀想に、に公開処刑の様な告白をされてしまうなんて」


 ジークの口から出た言葉を聞いた瞬間、リーリエとアリアは自分の心が一瞬で冷えていくのを感じた。同時に、氷雪の如く冷たく、暗い怒りが己の内に湧き上がるのを感じた。


「大方、怖くて断る事が出来なかったんだろう? それはそうだよね、あんな野蛮な大男に言い寄られたら、普通の女性は怖くて何も言えなくなる。リーリエちゃんも、きっと今まで無理してあの男と行動してきたんだろう? でも、もう大丈夫。これからはボクが――」


 ……もう、限界だ。これ以上自分達の愛した男を侮辱されて、黙って居られる訳が無い。

 ペラペラと口を動かしながら二人の肩にジークが手を伸ばしてくる。それに合わせて、リーリエとアリアが思いっきりその整った顔を引っ叩こうとした時だった。


 突如ジークの体を影が覆う。その影は、どんどん大きくなって来ており、反射的にジークは後ろへと身を引いた。


 次の瞬間、大地を揺らす轟音と共に、ジークと二人の間に巨大な人間が降り立つ。


「――おいクソ野郎、リーリエとアリアに何してやがる」


 黒金の甲冑を身にまとい、紫紺のマントを翻して現れた大男からは、リーリエとアリアの聞き慣れた人の声が聞こえた。



 ◇◆◇◆



 跳躍の末、リーリエとアリアの姿を見つけた俺は二人に絡んでいた男を踏み潰す勢いで地面へと着地した。


「チッ、避けやがったか……リーリエ、アリア。大丈夫か?」

「は、はい。私達は大丈夫です……」

「ムサシさん、その姿は」

「あー、これな。ゴードンさんに頼んでた俺の防具だよ。似合ってる?」


 そう言って、俺はその場でくるりと回って見せる。


「……ええ、とても。ムサシさんらしい、雄々しい鎧だと思います」

「凄くカッコいいです!」


 よしよし、二人の反応を見る限り目立つ以外は問題無さそう。


 ただ、今の重騎士みてぇな見た目に合うような品格のある喋り方と行動なんて出来んけどな!


「くっ、一体何――がッ!?」


 口元を手で覆い、立ち上がろうとしたド腐れ野郎に瞬時に肉薄し、片手でその胸倉を掴んで勢いよく持ち上げる。必然的に、相手の体は宙吊りになった。


「ったくよぉ、よりにもよって今日という日に余計な事してくれ……んん? 何だ、あの時のクソモヤシじゃないか」


 持ち上げた相手の顔を確認した時、俺の口からは呆れたような声と溜息が出た。


「ぐっ、何だ貴様は……! この手を離、せ……!」

「あん? お前この声聞いても思い出せねえのか? しょうがねぇ、脳味噌腐って記憶力が無くなってるお前の為に顔見せてやるよ」


 そう言って、俺は空いた手で兜を取る。それを見たヤツの顔が、驚愕と恐怖と困惑で引き攣るのが分かった。だが、今更そんな顔しても遅ぇぞコラ。


「きっ、貴様はあの時の野蛮人!」

「思い出したようで何よりだ。しかしお前、あれだけの目にあったのに全然懲りてねえなオイ」


 ギルドにだって怒られただろうに、コイツには反省と言う言葉は無いのか? あまつさえ、俺の居ない所でリーリエとアリアに手を出そうとするとは……両手両足折ってドラゴンの前にでも放り出してやろうか。

 俺がそんな恐ろしい事を考えているとはつゆ知らず、クソモヤシは果敢に声を上げる。


「黙れっ! あの時は貴様の卑怯な不意打ちで後れを取っただけだ!」

「ほーん、卑怯な不意打ちねぇ……」

「だが、ちょうど良かった。貴様に言いたい事があるからこの手を離せ!」

「嫌だね。このまま話せ」

「なっ!」


 離すわけねぇだろダボが。このクソモヤシ、今俺が怒ってるって分からねえのか?


「どうした、早くしろ」

「ぐっ……なら言わせて貰う」


 あ、言うんだ。キメ顔で睨むのはいいけど、宙ぶらりんで言う姿は多分かなり滑稽だぞ。


「野蛮人、今すぐリーリエとアリアを解放しろ! 彼女達を暴力で縛ろうとするんじゃないッ!」

「……はぁ?」


 何言ってだこいつ。俺が二人を暴力で縛ってる? 暴力どころか頭小突いた事すらねえっての。むしろ手を上げそうになったら、その振りかぶった拳で自分の顔面殴るわ!


「今日、貴様が二人にしたことは分かっている! 衆人監視の中、二人に脅迫染みた告白をしたそうじゃないか!」

「は?」

「そうやって無理矢理女性を手中に収めようとするのは、決して許されない! もう一度言うぞ、今すぐリーリエとアリアを解放しろ!」


 ……駄目だ、こいつの話聞いてると頭痛くなってくる。そもそも一体何をもってこいつは俺達の仲の事を言っているんだ? 街中で告白劇があったって事しか知らなさそうだし……。


「……突っ込み処はアホ程あるが、取り敢えず」

「何を言って――ガフッ!?」


 じたばた体を動かすクソモヤシを、俺は胸倉を掴んだ状態で思いっ切り地面に叩きつけた。



「――テメェ如きが俺の女を気安く呼び捨てにするんじゃねぇ、ブチ殺すぞこの野郎」

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