第38話 黒金の大鎧(特性:カッコいい)

竜の尾ドラゴンテイル≫の中庭。さんさんと陽光が降り注ぐそこに、俺は居た。


 今の俺はいつもの黒つなぎ姿ではない。つなぎの代わりにその身に纏うは、黒金の大鎧。視界に入る首から下の体は、いつもの三割増しでデカく見える。


「どうだ? 違和感は無いか?」

「全く。頭の先からつま先までジャストフィットですよ……動きます」


 そう告げて、俺は全身に力を巡らせていく。ゴードンさんは既に距離を取っているので、心配も無いだろう。


「ふーっ……」


 俺の力みに合わせて、鎧の伸縮部が筋肉の膨張に沿うようにして伸びていく。よし、これなら……。


「――ハッ!!」


 気合を吐くと同時に、全力で地を蹴る。鉤爪が地面にめり込み、俺の脚力を余すこと無く受け止めた。

 その勢いをそのままに、中庭を流れるように駆け回る。それは、魔の山で暮らしていた時に武器を用いず素手で獲物を仕留めていた時の動き。

 殴り、突き、貫き、蹴り……足を地面から離さず、円を描くように体を滑らせながら拳撃と脚撃をシームレスに繋げていく。

 俺が一つ動作をする度、そこからくうに生じる衝撃波で砂塵が巻き上がる。


 ……あー、これ金重かねしげ持って来るべきだったかな。いやしかし、もし持ってきてたらあの山の様な贈り物はマジックポーチに入りきらなかったしなぁ……まあ、今日の出来事は相当なイレギュラーだったが。

 今度、もう一つマジックポーチ買うかな……本来の素材を詰め込むって用途とは違うけど、金重かねしげはデカいから背負いっ放しだと人が多いとこ歩けないからね、仕方ないね。


 そんな事を考えながらも、体は一部の隙も無く動かし続ける。並列思考が出来ない奴は死ぬ……魔の山での暮らしの中で、俺が学んだ事の一つである。


 そうして暫く動き続けた後、最後を正拳突きで絞めて俺は動きをピタリと止めた。力みが解けた事で、鎧が元の大きさに戻っていく。


「うん、いい感じですよゴードンさん! 体も最大限に動かせるし、壊れないし。これなら実戦使用でもバッチリっす」

「その大鎧を着てなんつー速さ……動きが見えなかったぞ。いや、重さは問題無いとは聞いたがな……」

「鍛えてますから。本当だったら金重かねしげもセットでやりたかったんすけど、今日はちょっと持って来てなかったんすよ」

「ふむ……アレもセットとなると、総重量がえげつない事になりそうだな」

「確かに……ま、問題無いっす。重量ウェイトはパワーですから」


 そう言って、俺は右腕で力こぶを作る。それに合わせて伸縮する鎧の姿は、改めて見ると中々面白い。


「でも、使ってて驚いたんすけど……この兜、凄く視界広いっすね。普段と殆ど変わりませんでしたよ」


 感嘆の声を上げながら、俺は兜を脱いで手に取る。解放された頭に当たる日差しと風が心地よい。


「ああ、何気に一番苦労した所だからな……バイザーの瞳部分には≪碧透晶石へきとうしょうせき≫から作った水晶を埋め込んである。こいつはフルフェイスでも良好な視界を確保したい時によく使われる物だな」


 成程、視界が広かったのはその素材のお陰か。外から見ると碧色、内側からは透明に外が透けて見える……いいねぇ。鋭い双眼仕様なのが尚良い。


「それとだな、被っていた時周りの音の聞こえはどうだった?」

「ああ、それに関しても問題無しですね。普段とそんなに聞こえ方は変わらなかったっす」

「おお、そいつは良かった。兜一枚隔ててもちゃんと聞こえるように試行錯誤してみたんだが……上手くいったようだな」


 あー、この側面から延びる二本のアンテナみたいな物にはそんな機能があったのか。


「あの、ちなみにこの額から生えている角は?」

「カッコいいから付けた。あ、でも刺そうと思えば普通に刺せるぞ」

「最高じゃないすか……」


 本当に趣味が合うなぁ。この先も何か武具作るとしたら全部ゴードンさんに頼もう、うん。


「それと、これはワシが勝手に作った物なんだが……」


 そう言って、ゴードンさんがごそごそと中庭の扉の奥から何か持って来る。あれは……紫の布?

 疑問符を浮かべる俺に、ゴードンさんがそれを手渡した。


「兜は持っててやる。広げてみろ」

「うっす……おおっ、これは!」


 言われた通りにバサッと広げて、その正体が分かった。これは……マントだ。それも鎧装着時の俺の背面を全てカバーできる大きさの。表は美しい紫で、裏面は真紅。それに、金色の刺繡と縁取りが施されている。高級感すげえなオイ!


「その鎧を作っている時、『マントがあったら映えるな』と思ってな……完全に注文外の品だったが、思わず作っちまった」

「これ、どうやって付けるんです?」

「その防具と同じ黒色の部分が肩の付け根部分とのジョイントになってる」


 そう言ってゴードンさんが指差した先、マントの上部分にあたる場所に、確かに鎧と同じ素材のジョイントらしき物が付いていた。


「ほうほう、んだらば!」


 その部分を持って、俺は大きくマントを翻す。バサッと音を立ててマントが背中側に回り、手の中のジョイント部を鎧側のそれらしい場所に押し付ける。

 バチン、と音がしてマントと鎧が一体化した。鏡が無いから自分でどうなっているのかは分からないが……。


「……ムサシ、兜を付けてみろ」

「うっす。……どうすか」


 兜を装着して改めて完全装備となった俺の姿を、ゴードンさんはまじまじと見る。そうして眺める顔は、心なしか興奮している様だった。


「……皇帝」

「え?」

「黒金の鎧と紫紺の衣を纏いし皇帝。今のお前さんは、そんな感じの姿をしている。マント有りだと、少なくとも白等級スレイヤーの恰好じゃないな」

「マジすか……」

「ああ。だが、良く似合ってる。お前じゃなきゃ、その風格は出ない……そのマントは実は実戦でも耐えられるようになっててな。お前が持ってきたモノとは別のドラゴンの素材や希少鉱石から作り出した繊維を織り交ぜて作った物で、熱耐性、断熱性、切断耐性、張力耐性……表面に特殊なコーティングを施してるから汚れないようにもなってる」


 マント一つにどんだけ盛り込んだんだ!? これだけで一つの防具じゃないか!


「まあ、さっきも言った通りこれはワシが勝手に作った物だ。買って行けとは言わんから安心しろ」

「いや、買いたいっす。クエストで使うかと言われると場所によりますけど、使えるなら使いたい」

「……いいのか? 高いぞ?」


 ぐっ、それは仕方ないよな……安い訳が無いもの。


「ち、ちなみに鎧とセットで買うとどの位に……?」

「お前が用意した予算の倍だな」

「倍ィ!?」


 うっそだろオイ! 今回俺が用意した予算って全財産の八割位なんですけど!?


「しゅ、出世払いは可能ですか?」

「……本当なら認めないが、今回はそれでいいぞ。ワシが独断で作った物を買い取ってくれるって言うんだ、精々早く等級上げて料金分稼いでくれ」

「あざっす!」


 よ、良かった……こりゃあ、さっさと上の等級に行ってドラゴン狩りまくらんといかんな。あ、でもこんな金の使い方したらリーリエとアリアに怒られるんじゃねえか?

 ……出資と思って貰うしかないな、うん。


「あ、でも今回お前さんが用意した予算は頭金として置いて行ってもらうからな?」

「了解っす。出来るだけ早く残りも用意しますんで――」


 そう口にした時、不意に頭の中に警報アラートが鳴り響いた。それはすなわち、俺のレーダーが何か悪いモノを捉えたという事。


 そしてそれは、どうやら俺以外の人間……に関する事らしい。


「……すんません、ゴードンさん。ちょっと出てきます。戻ってくるんで」

「は? 何を言って――」


 返事を最後まで聞く前に、俺はフル装備のまま全力で地面を蹴って空へと舞い上がった。そのまま≪竜の尾ドラゴンテイル≫の建物を跳び越え、別の建物の上に屋根を壊さない様にしながら着地し、勘が指し示す方角に向かって、放たれた矢の如く体を疾駆させる。


「……あの二人に何かしようなんざ、随分と舐め腐ったマネしてくれやがるじゃねえか」


 そう呟き風を切る俺の中には、大地を揺るがすような憤怒の炎が燃え上がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る