episodeSS③:いい夫婦の日
十一月二十二日といえば、世間一般的には「いい夫婦の日」と言われている。
有名どころだと三重県の夫婦岩は、毎年のようにテレビでやっている気がする。
確か夫婦岩の前で「愛を叫ぶ」イベントなんかが開かれてたりするんだよな。
それだけじゃなく、全国各地で「いい夫婦」をネタにイベントが開かれていて、今僕らの目の前でやっている地域的なイベントでも「いい夫婦」イベントが繰り広げられていた。
「俺はお前を一生大切にするぞぉーっ!」
「私はあなたのそういうところが大好きーっ!」
…………いやいや。
こんな公園のど真ん中でやることか?
家でしなよ、家で。
わざわざみんなのいる前でせんでも。
地域活性化を目的としているのはわかるんだが、大の大人が大きな声で叫んでいるのはこう、なんか胸にくるものがある。
僕はこういうイベントを見るたびに思うことがあるのだ。
「みんなの前で愛を叫ぶってどうなの? 恥ずか死ぬの?」
「あら、素敵じゃない。チキ人君も叫んでみたらどうかしら?」
「僕の名前とチキンを上手く掛けてんじゃねーよ。……久々だな、それ」
「ふふっ、昔を思い出すわね。ロリ人君」
「ばっか、今は白雪も中学だから全然ロリじゃ……、いや、ギリギリアウトか」
「真剣な顔で何を言ってるのかしら、思いっきりアウトよ。相変わらずあなたは白雪ちゃんのことになるとあんぽんたんになるんだから」
「あんぽんたんって……、久しぶりに聞いたぞ」
「ね、私も使ってておかしくなったわ。あんぽんたん……、ゆうぽんたん……、ゆうとんたん……、ふふっ、今度から使ってみるわね」
「いや、ゆうとんたん……って、語呂が絶妙に微妙だな、それ……」
「響きが可愛いから、私的には採用ね。ゆうとんたん、ふふっ」
「楽しそうでなによりだよ……、ったく」
くすくすと笑う奏。
どうやらお気に召したらしく、カナペディアに新しく更新されたらしい。
今日の奏は白色のニットカーディガンに赤のブリーツスカート、白のベレー帽とぱっと見、清楚な美人奥様的な装いである。
何年経っても可愛くて綺麗な自慢の僕のお嫁さんだ。
青い空に白い雲。
梢の葉を揺らす爽やかな風に吹かれながら、僕と奏は近くの公園にいた。
いい夫婦だから、というわけではないが最近はお互いに忙しく、こういった休日を互いに過ごすことがあまりなかった。
かといって、白雪と過ごせなくなるようなことは絶対にしなかった。
互いのどちらかは一緒にご飯を食べるようにしていたし、時間の許す限りは「家族団らんの時間」は徹底していたのだが、奏と二人で過ごすことはあまりなかったのだ。
そんな僕たちを見かねて白雪は「パパもママも、私のために頑張ってくれるのはありがたいですが、夫婦の時間も大切にしてほしいので、今日は私抜きで楽しんできてください!」と、無理矢理弁当を持たされて、こうして家から追い出され今に至る。
僕らはそんな白雪の気遣いに苦笑いしながらも、せっかくだから言葉に甘えることにした。
とはいえ、互いに特別行きたいところもなく、近くに会った公園でまったり過ごしているというわけだ。
「もう十二月というのに今日はあったかいなぁ……。油断すると眠くなる」
「そうね……。白雪ちゃんが作ってくれた弁当、一緒に食べる?」
「だな、食べようぜ」
互いにベンチに腰掛けて、イベント観賞をしながら白雪の作ってくれたサンドイッチを頬張ることにする。
「にしても、娘の手作りか……。くっ、幸せかよ」
「……ゆうとんたん」
「頬膨らませながら使うんじゃねーよ、言うまでもなく奏の料理が一番だよ」
「…………そう、ならいいのだけれど」
「っ、顔真っ赤にして言われると、照れるんだが……」
「だって、嬉しいもの……。いつもありがとう」
可愛らしく微笑む奏。
「……(くっ、うちの嫁が世界一可愛すぎる件)」
「……あの、心の声が出てるのだけれど」
「え、あー……」
「……っ、録音するからもう一回言ってくれるかしら?」
「真剣な顔で何言ってんだ……」
そんなことを言いながら、僕らは「いい夫婦の日」をまったりとその一時を過ごしたのだった……。
###
「……それで、公園でお喋りして帰ってきたと」
「ああ、サンドイッチ美味しかったぞ」
「そうね、ありがとう」
夕方、二人でのんびり過ごしたあと家に帰ると、早速白雪に「デートは何をしたんですか?」と問われ答えたら、でこめかみに手を当て、あきれた様子でため息をつかれた。
「ほんとにこの夫婦は、もう……。仕方ないですね」
そう言って、白雪は自室に戻ったかと思えば「パパはこれを弾いてください!」といって、楽譜を渡される。
「ママはこっちで私と作戦会議です。この前のことで……」といって、「え、ええ……」となすがままにされていた。
「それではパパ、私達が来たらその曲を弾いてくださいね」
「あ、ああ……。それはいいけどさ」
そう言って、二人は白雪の部屋にこもってしまった。
それにしても、この前のこと? とは一体、何を……。
僕は何が何だかわからなかったが、娘の頼みというなら引き受けないわけにはいかない。
楽譜を見ると、白雪が何を考えているのかわかった。
僕は苦笑いしながら「……かなわねぇな」と思いながら、着ていたシャツにジャケットを羽織って、ネクタイを締め、ピアノ椅子に座って二人を待った……。
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「お待たせしました」
「えっと……、優人君。その……」
「いや、僕の方こそ気が回らなくて悪かったよ。そこに座ってくれ」
そう言って、二人は椅子に座る。
「まずは白雪、今日は色々と手伝ってくれてありがとう。助かった」
「いえいえ」
「それから、奏」
「……はい」
「今から弾く曲は君だけに贈る曲だ。聞いてくれ」
―――――君を愛す。
「北欧のショパン」とまで呼ばれた作曲家、エドヴァルド・グリーグ。
その中でも「君を愛す」は、ゆったりとした音色が特徴的だ。
この曲は、グリーグが婚約者に捧げた曲。
白雪はせっかく「いい夫婦の日」なのだから、ただのデートで終わらせてどうするんですか、と叱咤を込めて、僕に楽譜を渡したのだ。
奏もそれに気づいたのか、互いに目を合わせながら「これからもよろしく」と互いに口許を綻ばせた。
三分にも満たない演奏を終えて、僕は奏に歌詞の一人称を変えて「僕は君を愛す、これまでも、そして、これからもずっと……」と伝えた。
すると、奏は微笑みながら「ありがとう」と言いいながら、椅子から立ち上がる。
そして、僕の前で少しだけ膝を下ろし……。
「優人君、私もあなたのことが大好きよ。これからもずっと……」
そう言って、彼女の僕の唇にキスをした。
「んっ……」
ふわりと唇に落ちる雪のような冷たさと甘い香り。
僅かに聞こえたその甘美な音と感触は、僕の思考を停止させた。
何秒か、何十秒か、何分か……。
感覚的には永遠にも感じた一瞬を終えた。
「「…………っ」」
互いに目が合う。
自分の顔が真っ赤になっているのがわかる。
一方の奏も顔が真っ赤だった。
「えっと……、これからもよろしくお願いします」
「あ、ああ……。こちらこそ」
「あのー……、パパ、ママ。私がいること忘れてませんよね?」
「「……っ!?!?」」
「あー、その様子、ほんとに忘れてましたね?」
「「……すみません」」
「ふふっ、それじゃあ私、これからしーちゃん家にお泊りしてくるので二人の時間をゆっくり過ごして下さいね!」
「あ、ちょ……白雪!?」
「白雪ちゃん……!?」
そう言って、颯爽と家から出ていく……。
なんて空気の読める子なんだ。
それはそうと、少し気になることがあった。
「……そういえば、白雪とは何を話してたんだ? この前ことって言ったからには、何か相談でもしてたんだろ?」
話題を変える為に言ったのだが、顔をさらに真っ赤にしてチラチラとこちらの様子を伺うように口を開く。
「え、ええ……、そうよね。気になるわよね」
「え、ああ……。まぁ、普通に」
「えっと、その……、そろそろ……ども、……わって、相談してて……」
「……悪い、なんて言ったのか聞き取れなかったから、もう一度」
「……っ、そろそろ優人君との子供が欲しいが欲しいのだけれど、白雪ちゃんはどう思うかしら? って相談していたのよ」
「お前、それって……っ」
「そしたら、白雪ちゃんが『そういうことでしたら、大歓迎です。いい夫婦の日なのですから、今日はバッチリ決めちゃって下さい』って……それで~~っっっ」
「子供に相談する親がどこにいるよ……。いや、気持ちはわかるんだけどさ……」
「それで、その……、優人君はどう思うかしら?」
不安そうに……。
それでいて、普段は見せない女の顔になっている奏の姿に、僕の理性も崩壊寸前だった。
「……~~っ、あのな」
―――――いいに決まってんだろ、バカ。
そう言って、僕は奏と二人で「いい夫婦の日」を過ごしたのだった……。
―――――to be continued?
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