第五話(最終話) さよならは言わない

 ポロは『オオカミ村』に帰り着きました。

 ポロの家を囲むようにたくさんの動物たちが集まっていました。ポロが伝説の白いオオカミ、大神さまだという噂が広まり一目見ようと集まったのです。

 白いオオカミの姿になったポロを見てみんな感嘆の声をあげました。

「大神さま」

「伝説の太陽の子だ…」

「動物国の平和をお守りください…」

「『いのちの水』をありがとうございます」

 みんなポロに手を合わせました。

「『いのちの水』は『シカ村』にお任せください」

「それはダメだ。祭祀を取り仕切る『サル村』に決まってます」

「是非とも『リス村』で…」

「いいえ、貴重な『いのちの水』は警備体制が万全なここ『オオカミ村』で保管します」

 ポロは黙ったまま家の門を潜りました。

 

 玄関先でポロを待っていた長老たちが真っ白なポロを見て深々と頭を下げました。

「大神さまにご挨拶申します。千年の時を経てここに現れし太陽の子…」

 リス長老が古文書を読み始めました。

 ポロは手を上げてそれを制止しました。

「挨拶は後でよろしいですか? まずは父さまに会いたいのです」

 長老たちはこくりと頷きポロのために後ろに下がりました。

 シカ長老がしゃしゃり出て言いました。

「大神さま、お急ぎくだされ。もう時間がありません。『いのちの水』の力を試すのだ!」

 ポロは家の中に駆け込みました。

 

 オオカミ長老は青白い顔でベッドに横たわっていました。ひどく弱っているようでしたがポロを見てにっこり微笑みました。

「ポロよ、無事に戻ったか…」

「父さま…」

 ポロの瞳に涙が盛り上がりました。

「すまなかったね。お前が諍いに巻き込まれないように隠すしかなかったんだよ。これからは白いオオカミとして堂々と生きなさい…」

 オオカミ長老は優しい目で真っ白なポロを見つめました。

「…『いのちの水』は見つけたのか?」

「ごめんなさい…」

 ポロは言葉に詰まってその先が言えませんでした。

 ポロの後ろで大きな体を縮めていたグレムリがのっそり顔を上げました。

「あの…」

 グレムリの後ろからフォンがしゃしゃり出ました。

「グレムリは『いのちの水』で助けてもらったんです。本当にありがとうございます。ぼくは『いのちの水』を飲んでないしそれにいつもポロに意地悪されるし…」

 そう言ってフォンはポロを横目でちらりと見ました。

「…だけどぼくはポロが大好きなんだ」

 フォンはにっこり微笑みました。

「そうか…」とオオカミ長老は目を細め嬉しそうに頷きました。

「ごめんなさい…」

 ルーナがドアの向こうから顔を覗かせました。ルーナは長い耳を後ろに畳んで申し訳なさそうに頭を下げました。

「…本当にごめんなさい」

 ルーナの目から大粒の涙がぽろぽろと落ちました。

 ポロは大きく首を横に振りました。

「ルーナは悪くない。オレが決めたことなんだ…」

 そう言ってポロは鞄から空の瓶を出しました。

「…父さまのために『いのちの水』を取りに行ったのに結局、全部なくなってしまった」 

 ポロの顔を涙が伝いました。

「『いのちの水』は伝説の通り素晴らしいものだったんだね。だけど『いのちの水』はなくなってよかったんだよ」

 オオカミ長老が弱々しく手を差し伸べました。

「父さま…」

 ポロはオオカミ長老の手をしっかり握りました。

「これからはお前の心にある『いのちの水』で困っている動物たちを助けてあげるんだ。それはいつかみんなの心の『いのちの水』になるだろう…」

 オオカミ長老は最後の力を振り絞りポロの手を握り返しました。

「ポロよ、さよならは言わないよ。父さまはお前の心の中に庭の花の中にそして森を吹き抜ける風の中に何処にでもいるのだから…」

「はい…」

 ポロは涙を堪えこくりと頷きました。

 



 今日は久々の休日でポロは庭の草むしりをしていました。花壇には色とりどりの夏の花が競うように咲いています。ついこの前まで新緑だった森の木々も濃い緑になり初夏の風に揺れていました。 

 オオカミ長老が亡くなって四十九日が経ちました。

 ポロは大神さまとして長老会議で決議したり各村の視察に出かけたりと忙しくしていました。そのお陰で悲しみや寂しさを感じることはありませんでした。

 ポロは手を休め庭を見渡しました。

「きれいな花、きらめく葉、確かに何処にでも美しい命が溢れてるんだな。だけど…」

 ポロは首にかけたタオルで汗と一緒に涙もそっと拭きました。それでも瞳から涙が溢れそうになりポロは慌てて真っ青な空を見上げました。と心地よいそよ風がポロの真っ白な体を優しく撫でて通り過ぎました。

「父さまなの?…。母さまが大切にしていた花壇をちゃんと守ってるよ。きれいだろう?」

「うん、きれいだぞ!」

 声が聞こえポロは驚いて振り返りました。

 そこにはグレムリとフォンが立っていました。傍らに大きな荷物と小さな荷物があります。

「その荷物はどうしたんだ?」

 ポロは顔をしかめました。

 フォンが慌てて言いました。

「反抗期の家出じゃないよ。今日からここに一緒に住むんだ」

「一緒に住む?…」とポロは大げさに驚きました。

 フォンが二枚の書類をポロに突きつけました。

「同居許可証…」とポロは声に出して読みました。

「動物国は異種動物の同居や交友は禁止でしょ? それで長老たちに直談判したんだよ」

「今日から家族だよ」

 グレムリが嬉しそうに言いました。

「ぼくたちは晴れて家族になったってこと!」

 フォンが胸を張りました。

「家族だって?…」

 ポロは目をまん丸にしました。

「うん、うん…」とグレムリが何度も頷きました。

 フォンが猫なで声で言いました。

「サル長老とクマ長老の認印はあるからその上の大神さまの欄に認印を押してくれるでしょ?」

 

 そこへルーナがぴょんと飛び込んで来ました。

「お待ちどうさま〜」

 そう言ってルーナはおしゃれなトランクの持ち手をバムッ!と片づけました。

「待ってない」

 ポロがぼそっと呟きました。

「何ですって!」

 ルーナが長い耳をぴんと立ててポロに近づきました。

「四十九日の間、オオカミ長老さまの御霊を手厚く供養していたわたくしに労いの言葉はないの?」

「あ、ありがとう。父さまの供養をしてくれたんだ…」

 ポロは恐縮して頭を下げました。

 ルーナがにっこり微笑み言いました。

「みんな、わたくしのことを耳を長くして待ってたでしょ?」

「いいや」とポロ。

「わたくしはここに来るために行かないでと泣いてすがるウサギたちと別れて来たのよ」

「帰れば」とポロはくるりと背中を向けました。

「ちょっと!」

 ルーナが目を三角にしてぷっとふくれっ面をしました。

「とにかく家に入ろうよ〜」とフォンが甘えて言いました。

「うふ…」

 グレムリが下手くそにウインクしました。

「はい、家族の証よ」

 ルーナが同居許可証をポロに差し出しました。

「こんな紙切れでそう簡単に家族になれるわけがないさ」

 ポロは面倒臭そうに同居許可証を振りながら家の中に入って行きました。


 玄関でポロを追い越したルーナが階段を駆け上がりました。

「わたくしは日当たりのいい二階がいいわ。もちろんお庭が見える部屋よ」

 グレムリとフォンも玄関に飛び込んで来ました。

「オイラは…」

「グレムリは台所の隣がいいよ。ぼくは木を伝って窓から出入りしたいから二階に決めた!」

 フォンは手すりをするするとよじ登り二階に行きました。

 ポロがグレムリの肩に手をかけました。

「グレムリ、よろしくな。お前の部屋はオレの隣らしいぞ」

 

 自室に入ったポロは同居許可証の大神欄に捺印しました。

「オレが知らないはずないだろう。オレの許可がなければ同居許可証の発行なんてできるわけがないのに…」

 ポロは同居許可証を封筒に入れると机の引き出しにしまいました。

 

 


「よし、次!」

 サル族のフォン隊長がピッー!と笛を吹きました。

 今日は警備隊の秋の合同練習です。凛々しい制服姿の隊員たちは並行に張られた二本のロープで向こう岸まで渡る競争をしていました。

「競争はお互いに切磋琢磨できるぞ。次!」

 フォンの笛がピッー!と谷間に木霊しました。

「そこ! もっと早くしろ! もたもたするな!」

 フォン隊長の激が飛びました。


 銀色のマントを羽織ったポロがグレムリとやって来ました。

 フォンはロープ台から飛び降りると敬礼しました。

「大神さま、ご機嫌麗しく」

 隊員たちも整列し敬礼しました。

「堅苦しい礼はいいよ」

「いいえ、家族とはいえ公私混同はいけません。大神さま、今は公の場の対応でお願いします」

 ポロはこくりと頷き威厳に満ちた態度で敬礼を返しました。

「みんなご苦労!」

「あの…」

「時間ですね? 承知しました!」

 フォンはグレムリの話も聞かずピッピッピッー!と訓練終了の笛を吹きました。


「やっほー!」

 ルーナが崖の上から上手に耳を使いロープを降りて来ました。

「食堂にお供えの準備ができているわよ」

 ルーナは宙返りでロープ台に着地し華麗なポーズを決めました。

「もう新月? よろずの神さま、お下がりをありがとう」 

 フォンは嬉しそうに小躍りしました。

 ルーナが水をさしました。

「フォン隊長、谷渡りのロープを低いロープ台に縛るなんてずる賢いわね。これなら木登りが下手なサル族でも簡単にロープに手が届くものね」

「木登りが下手なんて…」

 フォンが唇を尖らせました。

「それにあんなに泣き虫だったあんたが隊長とはね。これって詐欺じゃないの?」

 そう言ってルーナは素早くグレムリの後ろに隠れました。

「大神さま、ルーナが虐めます…」

「フォン、隊舎まで競争しよう。切磋琢磨の成果を見せてくれ!」

 ポロはマントを脱ぎ捨てロープ台に飛び乗りました。

「負けませんよ!」

 フォンはポロの隣に並びました。

「よーい、どん!」

 ルーナが耳をパシッ!と鳴らしました。


 ポロとフォンの競争は接戦です。ポロがほんの少しだけ早く向こう岸に着きました。いつもわーんと泣いていたフォンの短期間での成長には驚かされます。

「フォン、本当にすごいよ。さすが隊長を務めるだけあるな」

 ポロは嬉しそうにフォンを見つめました。

「ありがとう」

 フォンはポロに褒められてとてもいい気分でした。


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